7 / 157
第一章
黄金色の瞳
しおりを挟む朝日は1匹目の蛹海老を目の前に捉えるまでに近づく。
木に張り付いて赤い斑点をつけている蛹海老を指先でちょんと触る。思ってた以上に硬く、蛹と言うよりはまるで甲羅のようだった。
当然初めて見る『蛹海老』に感動し、その大きなビー玉の目をキラキラと輝かせる。
本人はもっとじっくりと観察していたい気持ちもあったが、“回収”した後でも問題ない、と取り敢えず“回収”を始める。
朝日はアイラに渡された『蛹海老の簡単処理方法』と書かれた紙を木と木の間を歩きながら確認する。
シュンッシュンッと一瞬で木から赤い斑点が消えて行く。本当なら森に響き渡る筈の木の皮を剥ぐ音は無く、朝日が地面を踏む音と木々の間を風が通り過ぎる音だけだった。
依然朝日の目は紙に書かれた文字を捉えて離さなず、ただただ木の横を通り過ぎる。多分もう100匹くらいは“回収”出来ているだろうと宙を見上げる。
出来れば後もう100匹くらいは取って、買取に出したいところだ。あの宿は3日分しか取ってないし、お金があるなら他の宿も見てみたいと思っているからだ。
歩き回る事10分。
朝日は見つけたばかりの切り株に腰を下ろして、鞄の中から今取ったばかりの蛹海老を取り出す。
「まずは木の皮を剥ぐ…はやる必要ないから、次が断面を綺麗に削る…も大丈夫。触角を折って、暗いところで保管…」
如何やらやる事は少ないようだ。
これ幸いと先程出来なかった観察に移る。そのついでに触角もポキポキ折っていく。
「これがオスでこれがメス…どうして木から離れたら動かなくなるんだろう」
硬いと思っていた外殻は時間が経つと少しだけ柔らかくなり、樹皮が剥ぎにくくなる。同時に赤みが落ち着き、中が透けて見えるようになり、中で蛹海老が渦を巻いて収まっている姿を確認出来る。
オスメスの判別方法や特徴ぐらいは書いてあったが、その生態について紙には詳しく書いていなかった。1匹ずつ何か違いは無いかと観察に余念は無い朝日の目は真剣だ。
見た事も聞いた事もないものへの興味は絶える事はないが、依頼があると言う事は依頼者がいると言う事。当然向こうは依頼達成の報告を今か今かと心待ちにしている事だろう。
朝日は観察を切り上げて目印を探す。与える衝撃の強さによって七色に変わるその綿はとても奇抜な発色で冒険者達の間では良く腕試しに使われる。
本来の使い方としては森の中の危険度を表す指針、警告の意味で使われている。危険な魔物を見つけた時に進むな、逃げろ、隠れろ、と言う警告を色で示したりする。
ただ朝日の非力な腕力、握力では白から淡い黄色と淡いピンクくらいにしか変色せず、目印としてしか使えない。
行きと違い、帰り道はただ綿を辿るだけだったので然程迷わず、直ぐに門まで辿り着く事が出来た。
後は納品さえ出来れば依頼達成だ。
「お戻りですね」
「はい、カードです」
日が傾く前に門まで戻って来れたので、入国に並ぶ列も少し落ち着いていて、すぐに順番が回って来た。
そこには行きと同じ門番がまだそこに座っていて、如何やら朝日の事を覚えてくれていたらしく、然程何処かを調べる事もなく直ぐに通された。
後ろに並んでいた他の冒険者も同じくカードを見せただけで通れたところを見ると冒険者の扱いは割と緩そうだ。
門から続く大通りに立ち並んでいた市場や露店は既に店仕舞いを初めていて、もう朝や昼のような活気はなく、ゆったりとした時間が流れていた。
「よう」
突然頭に降って来た大きな手で頭を掻き混ぜられて、かけられた声の方に嬉しそうな視線を送る。
「ゼノさん!」
「う、おぉ。そうだが」
余りに嬉しそうに見つめてくる朝日にゼノは思わずたじろぐ。こんなに人懐っこく、警戒心が無くて大丈夫なのか、と少し心配になるが一応冒険者になったのだからと敢えて何も言わない。
「ゼノさんも依頼終わり?」
「まぁな、お前は初依頼は何にしたんだ」
「蛹海老!」
「あぁ、もうそんな時期か。今日の夜は【大鷹亭】で飲むか!」
夜が今から楽しみだなぁ、と少し顔が綻ぶゼノに朝日も思わず頬が緩む。
「それにしたって帰ってくるの早いな。蛹海老は鑿で木から皮ごと剥いで、1匹づつ皮やら触角やら処理しないといけないだろ?」
「?うん、やったよ?」
朝日は1匹だけ、ポシェットから取り出し表皮まできちんと剥がしている事を見せる。
なら良いか、とそれ以上何も追求する事なく歩き出したゼノの後を追う。
ゆるりとした歩調は朝日を意識したものなのだろう。
「蛹海老、納品しに行くんだろ?」
「うん、そうだ地図!」
忘れてた、と言わんばかりに慌てて地図をポシェットから取り出そうとする朝日にゼノはクイクイッと親指を立てて指を刺す。
「大鷲、亭」
「大通りだから迷わずに済みそうか?」
「…うん!」
多分、ゼノは昼のアイラとの会話を聞いていたのだろう。朝日が並んでた列には前にも後ろにもゼノの姿はなかったし、声をかけられた時もゼノは前から現れた。
嘘がヘタだなぁ、朝日は思いながらも頬の緩みを止められない。ホクホク顔の朝日はゼノのそういう優しさを汲んでお礼は敢えて言わなかった。
「御免くださーい!」
「まだ店は開店してないんだけどねぇ、お客さん」
誰だ、と男が面倒そうにエプロンで手を拭きながら裏から出てきた。
朝日は依頼書と麻布のような粗末な作りの袋を10個程次々とポシェットから取り出して、店のカウンターに乗せていく。
依頼書を受け取って、漸く朝日が来た理由を理解した男は一度依頼書から目を離し、かけていた眼鏡を少し下にずらして朝日を見る。
「蛹海老の依頼ね。君見た事ないけど新人さんかい?」
「うん、今日が初依頼だった」
「…そう」
楽しかったぁ、と言わんばかりの笑みを浮かべる朝日に期待できないな、と心の中で呟く男。
カウンターに置かれた袋から1匹取り出して確認すると男は顔色を変える事なく直ぐに袋に仕舞って依頼書にサインを入れる。
「君、蛹海老の処理が甘いよ。これだと満額は払えないね。初依頼って言うからおまけして銀貨5枚ね。本当は本当は銀貨4枚ってところだけど」
「…そうですか。次はちゃんとして来ま…」
ーーースパーンッ
「ヒィ!!!」
「白日の騎士団団長ユリウス・エナミランの名において司法権を直ちに行使します」
「?騎士さんが如何してここに?」
状況を理解出来ないのは朝日だけではなく、男も同じ。ただ驚いた拍子に腰が抜けてしまったのか、相手が相手なだけに行動を取る事が出来ないのか、ガタガタと震えるだけで何も出来ない。
「…黙秘します」
「黙秘…?じゃあ、何故ナイフが飛んできたのでしょう?」
「君が彼に騙されているからです」
「僕?」
「…おーい!トレンサー!いねぇーのか!…って何だ?…え?エナミラン侯爵閣下!?」
少し年老いた白髪の老人が屈めた腰をトントンと叩きながら裏から現れた。しかし、お目当ての人物は腰を抜かしてガタガタと震えているし、見知らぬ少年とその後ろには黄金色の瞳で射抜くような視線の貴族様。
状況が見えない老人はガタガタと震える男に状況を説明させようと大きく揺さぶる。朝日は近づき落ち着くように促す。
「僕、蛹海老の依頼を受けた冒険者です。納品したものの状態が良くなかったみたいで…申し訳ないです」
「蛹海老の状態が悪いだって?光に当てちまったのか?坊主、処理の方法は見なかったのか?」
「んーと、」
「彼は完璧な処理を行っています。しかし、そこに転がっている男がこの少年を騙して依頼料を不当に下げました」
ユリウスの話を聞いた老人は転がったまま震える男を一瞥して、カウンターに乗ったままの袋から蛹海老を取り出す。
そして老人は一つ大きなため息をついて悲しそうな視線を男に送り、朝日を見る。
「…坊主、ウチのが悪いことしたなぁ。これは今まで見た中で一番綺麗に処理されておるわ。嫌じゃなければ依頼料は上乗せしとくから、また依頼受けてくれんか」
「…うん」
朝日がコクリと頷くと老人は嬉しそうに笑った。
今までの依頼は樹皮が残ったままだったり、そもそも処理してなかったりでかなり困っていたらしい。蛹海老は時間が経つと処理も出来ないので捨てるしかない。
だから依頼料は冒険者が依頼を受けるギリギリに設定して、出来が良ければ上乗せする形を取っていたらしい。
しかし今回は店主の老人がいない間に息子のトレンサーが処理の出来が良いのを見て、高くなる依頼料をちょろまかす為に朝日に少なく言ったのだ。
朝日が初依頼だと言った事で新人の冒険者なら上手く騙せると思ったのだろう。
結果、何故か居合わせたユリウスにその事がバレてガタガタと未だに震えている。
「ダンナ、コイツは焼くなり、煮るなり好きにしてかまいやせん」
「…焼いたら痛いよ?それよりも、おじいさん。僕ね、もっと取って来たんだけど…。ギルドより高く買ってくれる?」
「…はっはっ!なんじゃい。もっとがあるのか?あの完璧な処理した蛹海老がか!」
「うん。あるの!」
「おうおう、全部買ったる!出せい!」
「うん!」
朝日はポシェットから次々新たに袋を取り出しては積んでいく。
「こりゃ…何匹取って来たんじゃ…」
「300くらい!」
「こりゃ、参った!」
ニコニコと笑う朝日に負けて、釣られたように笑う老人は優しく朝日の頭を撫でた。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる