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第一章

初冒険

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 目覚めの良い朝だった。
 遠くから聞こえてくる微かな喧騒とゴソゴソと布の擦れる音、顰められた会話、忍ばれた足音。
 彼らは決して気を遣ってそうしているのではない。冒険者の朝は早く、いい仕事は早い者勝ちなのでより良い仕事を手に入れる為に周りの人を起こさないようにしているのだ。
 多分朝日が受けれるような仕事はこんなに朝早く動き出さなくとも残っているだろう。それでも冴えてしまった目を擦り上げる。
 今日は初めての冒険の日。必然的に足取りは軽くなる。
 昨日は宿を探さなくてはと焦っていたのか、それとも腰を落ち着けてすぐに寝入ってしまうほどに疲れていたからなのか、よく周りを見ていなかったのだと分かった。
 朝なのに日がささず、薄暗いこの路地裏はそれこそ宿屋とは比べ物にならないくらいに色んな人種がいる。明らかに目の据わっている者、此方を伺いながら微笑する者、やせ細り上の空を向いている者、極悪ズラの集団、その他諸々だ。
 それなのに朝日の歩幅は変わらず緩やかで、足運びも落ち着いている。如何やら冒険が楽しみすぎて浮かれているようだ。それも本人も気がつく程に。
 良くこんなところを昨日は歩けたなぁ、と我ながら感心はしていた。それなりに危機感も持っている。ただそれだけだ。

 大通りに出る。此方は打って変わってとても明るく、暗がりに目を慣らしていたからこそとても眩しく感じる。
 行き交う人々はとても忙しなく、そう言う時間帯なのだと理解した。
 小鳥の囀りでも木々のざわめきでもないのに目覚められたのはこの喧騒のお陰だったようだ。
 だからか、途端に歩幅も広くなり、歩調も早くなりになり、どんどん朝日の気分を上昇させていく。
 

(ギルドに行く前に…)

 しかし朝日が居るのは白日の騎士団駐屯本部の門の前だった。
 ずっと気になっていた事があり、それを解消する為に来たのだが…。

「僕?ここはね真実を追求する正義の団、白日の騎士団の本部だよ?そう言うのは蒼血の担当だから」

「はい、分かりました」

 やっとたどり着いたと思った矢先、門番をしていた白い隊服に身を包んだ騎士にそう言われ門前払いを受けた。
 ついでにあの時のお礼もと思っていたのだが、それはまた今度になりそうだ。
 白騎士の駐屯本部は貴族街のさらに奥、王城の一歩手前ほどの場所にある。
 お陰で此処までは明らかにお金がかかっているであろう貴族街出入口まで来ると連絡用の馬車が出ているので昨日アイラに聞かされていたままそれに乗り込んだのだ。
 だが、流石に青騎士の駐屯本部の場所までは聞いていなかった。
 このままではただ彷徨うことになりそうだったので今日は一旦ギルドに行こうと踵を返そうとした、その時。

「朝日君!」

「セシルさん」

 あの優しそうな表情を慌てさせている。乱れた衣服が白く美しい首筋を露わにしていた。彼らしくない、そう思うのは門番も同じだったよう。
 いつもクールで事務連絡以外を無視し、笑った顔など一度も見たことが無いし、逆に怒った顔も見たとこがない、当然焦ったり、驚いたりするところも見たことが無い、そんな彼の謂れもない姿にドキッと鼓動を鳴らす心臓を疑わざるを得なかった。
 だか、そのトキメキは一瞬で散ることとなる。

「ちらりと君の姿が窓から見えてね。何かあったのかな?」

 朝日に向けられる笑顔は言うまでもなく美しく、優しいがその背中から発せられた“覚えてろよ”と言わんばかりの黒いオーラに門番をしていた騎士はたじろぐ。

「あの、実は預かってて欲しいものがあって…。でも今騎士さんから青騎士さん達の管轄だって聞きました。そっちに行きます。お礼はまた今度!」

「此処でも大丈夫だよ。私が預かっても良いかな?」

「…うん、良いんですか?」

 会話を重ねる毎にドス黒さが増していくセシルの背中越しにひょこっと顔を出して、冷や汗が止まらない騎士を見る。
 朝日のセシルがただ優しさからそう言っているのだろう、と申し訳なさそうにするその仕草に彼は再び鼓動が速くなるのを感じるが、同時にドス黒さも増したいくのだから汗が止まる事はない。

「ごめんなさい、お邪魔して。これで許して下さい」

「…え?俺?」

 朝日に差し出された手に思わず反射で手が出してしまい、再び引っ込める。
 それに物凄い形相をするセシルに脅えた情けない声を出す騎士。

(え、受け取れって事?それとも受け取るなって事?…どっちだ!?!?)

 恐る恐る前に出した手に少しずつ黒さが緩まるのを感じ手を開く。朝日はその掌に小さくキラキラ光る物をそっと載せた。

「え、これって…」

「これは良い物を貰いましたね」

「セシルさんも欲しい?」

「いいえ、とても貴重な物です。大切になさって下さい」

(それどっちに言ってるの…!?!?)

朝日の肩を抱いて門を潜るセシルの背中に投げかける。当然その返事は帰っては来ない。
 こんな高価な物ホイホイと渡してしまうのか、と朝日に貰った“ボールストーン”と言う精密な程に完璧な球体の高価な鉱石を登ったばかりの太陽に照らしながら見つめ呟く。朝日を勝手に貴族の令息だな、と思い込みながらもあんな子居たかな、と自身の記憶も辿る。

「てか…これウチの家宝になるんじゃね?」

 自身の手に余る程に高価なそれを慌ててポケットに仕舞い、誰かに見られてないか、と彼は辺りを見渡した。
 
 


 駐屯本部の中は意外にも質素だった。
 殺風景と言っても良いだろう。全身真っ白で華やかな出立ちの彼らだけを見ると信じられないが、駐屯本部は何処もこんな感じだとセシルは言った。
 花や緑などは皆無だし、当然絵画や壺などの調度品もない。あるのは壁と床、天井、窓、扉だけ。
 そのうちの一つの扉を開けたセシルに促されて入る。そこは多分彼の執務室らしき部屋で、先程までそこに居たのだと分かるくらいに机の上は乱れたままだ。
 長椅子に座らせられるとセシルはその目の前にゆっくりと腰を下ろしたが、忙しいのか直ぐに本題に移る。

「それで騎士団で預かってもいて欲しいものとは?」

「あ、これとー、これとか、これも…」

 次々と鞄から出していく朝日。その取り出された物を無言で見ていたセシルは朝日の手が止まるなり立ち上がり、朝日に少し此処で待つようにと言って出て行った。
 十数分後部屋に戻ってきたセシルは一人ではなかった。数人の部下だろうか。神妙な面持ちの彼らは机の上に乗せられたままのそれを見て一人は崩れ落ち、また一人は顔を伏せ、一人は涙を流した。

「…皆んな、おかえり…」

「…帰ってきてくれたのね…マーク…」

 突然の事に驚いて言葉が出ない。
 名前が書いてあったので落とし物だと“回収”していた。朝日はそれが落ちていたのがそう言う意味だと結びつけていなかった。

「…ありがとう。君のお陰で沢山の仲間達が此処に戻ってこれた」

「…い、いえ」

 そう言うと中年ぐらいの彼は朝日に笑いかけ、机の上に乗せられていたネームタグを数枚、手に取り切なそうに下を向く。

「これを何処で…?」

「ご、ごめんなさい。何処だったかまでは…覚えてないんです。色んなところで“回収”して…。本当にごめんなさい」

「いや、すまない。これがあるだけで十分だ」

 そう言って彼はそのタグを持ったまま部屋を出て行った。部屋を出る時に一瞬だが、その肩が揺れていて、彼が泣いているように見えた朝日は返事をしかけて口を噤んだ。

「あれは彼の部下達のタグなんだ。此処にあるタグは我々の仲間だったり、他の騎士団の仲間だったり。その他にも冒険者達のギルドカード。あの森で亡くなった者達の…遺品なんだ」

 詳しい事情は分からなかったが、多分そう遠くない過去にあの森で何かがあった。その事だけはよく分かった。

「朝日君、ありがとう」

「はい、また見つけたら持ってきます」

「そうしてくれると嬉しい」

 苦しそうでありながらも、目元を緩ませた優しい笑顔に安心して朝日はギルドまで送る、と言うセシルの申し出を丁重に断って再び門を潜った。









 
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