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第一章
ギルド カバロ支店
しおりを挟む中は殺伐としていて、賑やかなようで賑やかではない。彼らは初めて見る新人を値踏みするようなその視線を隠す気などない。
此処ではこれが当たり前で、こんな事すら耐えられないような者には此処にいる資格など与えられない。
「こんにちは。登録ですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「あらあら、だめだよ?冒険者になるなら敬語なんて使っちゃ」
「うん、分かった」
コクコクと言われたことに素直に頷く朝日を見てズキューンと、そんな音でも聞こえてきそうな程に心臓を押さえて大袈裟に椅子に倒れ込む女性を心配するように身を乗り出し声をかける。
しかしカウンターが高いせいと彼女が椅子の背にもたれかかっているので手が届かず、ぴょんぴょんと跳ねる朝日の身体が突然宙に浮く。
彼は本当に16歳なのか、甚だ疑問だ。
「大丈夫か?」
「ありがとう!」
「…貴様、その汚い手でその子に触れるな」
「…お前なぁ」
受付に居たはずの女性が次の瞬間には朝日を抱えてくれた男性の胸ぐらを掴んでいて、鬼の形相だった。無言の圧力で男性を睨み続ける。
「…降ろせばいんだろ」
「分かれば良いのよ」
「お姉さん大丈夫だったんだね!良かった。熱中症かと思った」
「ふふふ!ありがとう!お姉さんか弱いからまた何かあったら助けてね?」
「…か弱いってたまかよ」
「あぁん?なんか言ったか?」
「やめたやめた」
ボソッと呟いただけでも彼女には聞こえていたらしい。こらぁ、と下から突き上げるような鋭い視線が見えるのはその男性だけだ。男性は逃げるようにして何も言わずヒラヒラと手を振ってギルド横に併設されている酒場へ逃げて行った。朝日はその背中にもう一度お礼を言ったが彼が席につく方が早かった。
「あの、冒険者登録お願いします」
「冒険者は12歳から何だけど大丈夫かしら?」
「はい!僕昨日成人したんです!」
「…嘘ね」
「本当だよ?」
「ご、合…合法…」
「ごごうごう?」
口に出ていたか、と慌てて口を押さえる受付の女性、それを見て笑っている子供、という図はとても愉快なものだ。
ニコニコと誤魔化すように笑うアイラに同じく素直に笑顔を見せる朝日に周りからは生温かい視線が送られている。
「冒険者登録だったわよね!実は登録には審査が必要でね。ちょっと難しいのだけれども、街に入る前にあった森でとれるこのマーテル草を10本セットで5束。集めたらまた此処に来れるかしら」
「これがマーテル草?」
「そうよ」
「僕、これなら持ってるよ。もっとあるけど」
「あるだけ出してもいいわ。その分も買取するからね」
これはポーションの材料なのよ、とアイラは教えてくれた。確かに昔、貰った本にそんな感じの内容の物語もあった気がする。
何でも冒険者には怪我が付き物だから、常設依頼として常に依頼掲示板に張り出されてるそう。でもこの街は王都なのでランクの高い冒険者ばかり集まっており、こう言う依頼を受ける人は少ない。
それでも冒険者達もないと困るので他の依頼のついでに見かけたら取るくらいの分しか集まらない。それなのに別の依頼のついでで取るので地面からもぎ取ってしまう。だから根が付いたままだったり、葉がボロボロだったりと使えない物も多いらしい。
なので常に足りてないのが現状で在庫確保のために新人のテスト依頼にしているのだそうだ。
「んーと、そしたらもしもの時用に自分の分も残しておきたいからこれくらいで」
「…え?」
「おぉー!一人でこんなに採取して来たのかい?」
「マジックポーチか?良くそんな高価なもん持ってたな坊主」
「こりゃ、ありがてぇな」
近くで飲んでいた冒険者たちがアイラの驚く声に釣られて寄ってきた。
目を疑うほどの薬草の量にただ彼らは朝日を褒めた。単純に有難いという気持ちとこれからは彼さえいれば自分達が取ってこなくてもポーションにありつけるのではという淡い期待。当然ここに繋ぎ止めておきたい人材だ。
「束にはなってないけど、どれも綺麗に刈り取られてるわね!千切れや破れも無く状態も完璧ね。これなら高く買い取るわよ!」
「本当?」
「でかしたな!」
「おー?やるな坊主。これからも俺らの為に頑張れよ?」
「うん!僕戦うのは苦手だから、こっちで頑張るね」
先程までの息苦しいような雰囲気は一転して大盛り上がりのギルド。少年の発言で更に盛り上がる。立ったり座ったりの薬草採取を面倒くさがる人は多い。
それがなんだ、今はそれ専門で頑張ると言う少年が現れたのだ。
当然大歓迎を受け、少年冒険者誕生のお祝いなのか、はたまた小さい子をあやすためなのか、彼を何処にも行かせないように引き留めるためなのか、冒険者達が次々にお菓子やらジュースやら併設されている酒場で奢ってくれた。
朝日を囲っている彼らも当然酒盛りしていて楽しそうだ。
「はいはい、その辺にして!登録は終わってないんだから。朝日君、このプレートに血液を…って痛いの大丈夫?」
「…痛いのは、多分大丈夫…」
「…そうよね、ごめんなさいね。戦うのも怖いのにこんな陶器のように美しくて綺麗な白い柔肌を傷つけるなんて…もっと怖いわよね」
「ゼノさん…痛くなく…ね?」
少年は態々少し離れた所にいたゼノに近寄り、椅子に全身を預けて座っている彼の膝の間にさも当然のようにちょこんと座った。
「はぁ?俺か?」
コクコク、と頷きながら上目遣いで訴え、見つめてくる朝日に困ったと頭をかくゼノ。
腰にあった革で出来たポーチから小さめのナイフを取り出し朝日の手を取る。
その手があまりに優しくて朝日はほんの少しの恐怖すら感じなくなっていた。
ゼノのお陰で痛みもないその小さな切り口から漏れ出した血はそのままゼノによって薄い金属プレートに軽く押しつけられる。
「チッ。ゼノ調子にならないことね」
「お前は何言ってやがる」
「朝日君は近かったからアンタに言っただけよ。…っていうかいい加減離れなさいよ」
どう見てたら、そう言う話になるんだ、と呆れた様な、引いたような表情を見せる。
「このチビが勝手に座ったの見てただろ」
「チッ。本当に今日だけよ」
「はいはい」
とりあえず冒険者登録が出来たことに満足な朝日には二人のやり取りは聞こえていなかった。
そんなやり取りよりも貰ったばかりの銅で出来たカードをキラキラした目で見つめている。
今日はそれだけで辺りは陽が傾き始めていた。
夕日が沈み始め、赤く染まる街並み。昼間の活気は何処はやら。少しずつ街はその表情を変えてしっとりとした雰囲気を醸し出す。
朝日は一人宿を探していた。アイラかゼノにオススメを聞いておけば良かったと今更ながら後悔していた。
何処が良いのか分からない。看板に値段は書いてあるがピンキリで部屋がどの程度のものなのかは書いていなかった。
それにセシル達から貰ったお金はあるが、このお金は余り使いたくないと言うのが本音。革のポシェットをさすりながら物思いに耽る。何せ貰った事に本人はまだ納得していなかったからだ。
先程薬草で稼いだお金だけをポシェットから取り出して看板に書いてある金額と見比べる。沢山売ったがただの薬草。収入としてはあまり割りの良いものではない。
それに明日も稼げるか分からない。何ヶ月も森で寝食をしていたので、出来れば宿に泊まってみたいと言う好奇心もある。
そうしてふと、目に留まったのは王都一の格安宿屋を謳う看板だった。
これなら3日は泊まれる、そう確信した朝日は迷わずその宿に飛び込んだ。
「…いらっしゃい」
愛想のない店主がやる気のなさそうに言う。
当然いつもなら挨拶すらしない。今回彼が挨拶したのは相手が子供なら話は別だとかそう言うことではなく、身なりが整っていたからだ。
ただ、止めて良いものか。と一瞬頭をよぎる。
泊まってくれた方が良いのは勿論だが、鍵もなく、雑魚寝するだけの宿屋にこんな身なりのいい子供がいては標的にされるのは間違いない。
後から何か言われ、面倒ごとになるのは流石の店主も御免なのだ。
「本当に泊まるのか?」
「はい!」
一様確認してみる。本人は乗り気のようだ。それなら後は勝手にしろとすぐ横の扉に指を指す。
朝日は手に握りしめていた銀貨と銅貨をカウンターに全て置くと意気揚々と店主が指を刺した扉を開けた。
「わぁ!」
「…」
「ごめんなさい」
「…早く退け」
朝日は直ぐに言われた通りに筋骨隆々の男の前から退く。男はそのまま扉に手を掛けようと前のめりになる。
「凄い筋肉!僕もマッチョになれるかな?」
「…」
男は無言で朝日を睨みつける。しかし、朝日の視線はその肉体に奪われており、彼の人でも殺しそうな目を見る事はなかった。
結局男はそのまま何も言わずに部屋を出て行った。
勿論朝日もそれ程気にせず何処か横になれるところは空いているか、と見て回る。
色んな人種の人間が居て、ギルドで受けたあの視線を思い出す。跨ぐのは忍びないと何とか人を避けながら進む。
大部屋と言ってもそれ程広いわけではない。ただここが一間であるという意味だ。ここは王都で土地はとても高く、それに比例していろんな物価が底上げされている。
雑魚寝で許容範囲よりも多く人を入れることが出来、新たに部屋を作るなどの改装をせずにいる事でここはこんなにも破格の料金なのだ。
部屋の中央部にほんの少しの隙間を見つけて腰を下ろす。相当疲れていたらしい。座った瞬間から早速気が抜けたのか眠気に襲われた。
(明日は初冒険だ、頑張ろう)
その寝顔には笑みが溢れていた。
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