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第一章
白騎士
しおりを挟む後を追う足取りが重い。
敵が攻め込んでくるというのに何もできないからではない。何故か盗賊団の様子がおかしいのだ。
「おーい、おおかみさーん!」
「おーい、騎士のあんちゃんいるかー!」
「ボス。声おっきいね」
「おうよ!おりゃー、大昔に船のボスもしてたからな」
「そうなの?お魚取ってたの?」
「おう!」
「カッコいいね」
何でかとても和やかな雰囲気だからだ。
それだけじゃない。特に周りを警戒するような素振りもなく大きな声で会話をしていて、いつ何に襲われてもおかしくない状況なのだ。
「ねぇ、どういうことよ」
「さぁ…?」
「さぁ?じゃないわよ」
「2人とも静かにしなさい」
「それより、あの子何者なんだろ?」
「本当、信じられないくらい綺麗な子ね」
此処まで混乱していたから気づかなかったが、あの少年は何という美しさなのだろう。遠くから見ていても光り輝いているかのよう。まるで神秘的なものを見ている感覚だ。
見た事のない晴天の空を思わせる水色の髪に、ビー玉のように丸い目は青に見える灰色でそれが常にうるうる揺れている。森の中を歩いていたのに傷一つない白玉のようなつるりとした白肌。身なりも整っているし、良家の出身かもしれない。
「…あれ?あそこ、狼さんだ」
「ん?何処だ?」
「ほら。あそこに白い毛がふわふわしてるでしょ?」
「なんじゃーい!近くにいたのか!」
「よかった~、見つかって」
そして少年はボスと呼ばれる男に優しく大事そうに抱き抱えられていて本人もとても嬉しそうなのだ。
そしてあの凶悪な集団がニコニコと笑顔でお散歩気分なのもおかしい。寧ろ腹が立つ。
「オオカミ?わたしがですか?」
「あれ?オオカミじゃなかった。男の人だ」
「ほらな、俺の言った通りだったろ?こいつは騎士だ。それもとーーっても偉い、な」
「…あ、騎士さん。あのね?やっぱり皆んな良い人だったよ?」
「君は彼らが何をしてきたのかを知らないのですか」
「う~ん、知ってるけど。でもね、自首だから少し罪も軽くなると思うんだ。だからボスは10年。皆んなは7年。これで手を打って貰えませんか?」
「それは厳しい事です。捕まるのも時間の問題だったから君を利用して出てきただけかもしれません」
「そっか…」
何故かいつの間にか交渉に移っていた。
ふと、気がついた時には既に、だ。
「彼らフィオーネ盗賊団は長年この森を寝ぐらにして自分が生きる為なら他人は関係ないと数々の人を殺して来た犯罪集団だ。死して償うしかない」
いつにもまして冷たい表情の男に後ろから尾行していた彼らはピクリと身体を強張らせる。
「あ、じゃあ交換条件で如何ですか?」
「何を差し出しますか」
「危険な魔物の情報です!本で読んだんですが、魔物の目撃情報はお金になるって書いてありました」
「確かにお金にはなりますが、減刑にはなんの関係ありません」
途端に黙り込む少年。
もう手立てがなく諦めたのか、とホッと胸を撫で下ろす。相手が子供だったから大人しいだけで普段ならこんな状況になる前に相手をぶん殴っているだろう、と三人はお互いに目で話していた。
手招きをする少年。
少年に合わせてしゃがみ込み耳を寄せる。
直ぐに目を見開いた騎士を少年は見つめたまま黙る。騎士が頷いたのを確認すると両手を前に出した。目を瞬いた途端に少年の掌には何かが書かれた紙が現れて、盗賊達も皆それを覗き込もうと身を乗り出す。
「…何処から出したのです…か」
「何処?マジックポーチだよ?」
2人の間でどんな交渉があったのかは分からないが、その紙を見た途端、騎士は大きなため息をついて直ぐに胸の内ポケットに仕舞い込んだ。
「分かりました。全て君が言った通りにしましょう」
「ありがとう!良かったね!ボス!」
「え、あ、あぁ。話が纏まって良かった」
「盗賊の輸送は任せたぞ」
「「「…」」」
「減給になりたいのか」
「「「直ぐ行って参ります!」」」
突如意見を変えた騎士は彼らに何も説明しない。
一瞬自分達ではないことを祈って黙っていたが、やはり騎士には彼らの存在はバレていたようだ。立ち上がった瞬間に目が遭い、思わず全力で目を瞑り返事をする。
盗賊達は無理矢理に連れて行くつもりだったのだか、盗賊達は全員何故か意を決した後の穏やかな表情で少年に手を振り別れを告げたり、口々にお礼や感謝を伝えている。まるで彼との別れを惜しむかのように。
ほんの少しの間で彼らに一体何があったのだろうか。大きな疑問が残る。
「…」
「だ、団長。早めに合流して下さいよ?盗賊達の後処理もあるんですから…どうか、遊ばないで下さい…」
「子供がいるのにそんな事はしない」
涙を流しながら懇願する男を振り払って邪険そうに眉根を寄せる。重そうな甲冑?みたいな物を着ている他の騎士達と違って団長と呼ばれる彼はただただ普通に騎士団服みたいなものを着ていて特別白い。
少年は縄に繋がれた盗賊達に目元を緩めて送り出す。
彼らが見えなくなる最後まで。
「…それでトロルは何処にいるのですか?」
「あれがとろるだったんだ」
「恐らくですが」
「んーと、騎士さんとろる倒せますか?」
「もちろんです」
「じゃあ、ご案内します!」
少年は走り出した。普通に見ればただの元気な男の子のそれだが、これから向かう先を考えれば可笑しな状況だ。大の大人でも尻込みするはずの大型魔物。それをさも楽しみかのように鼻歌まで歌い出す始末。
何てったってトロルなのだ。
その動きの遅さで油断してはならない。異常に強い腕力と防御力。鼻をつんざく様な匂い。醜い顔。何よりその大きさ。大きいもので体長5メートルはくだらない。
そこにいくと言うのにどうしてそんなに楽しそうなのか。
暫く森を進むと大きな木に大きな印があった。
少年はそれを見つけるともうすぐだよ?と笑いかけて来た。
もうすぐだよ、と呑気に言ってる場合じゃないのは明らかなほどに、先ほどまでとは空気の重さが違う。微かに香ってくるあの独特な刺激臭がトロルに近づいている事を知らせてくる。
「とろるをお願いします」
「…」
トロルは当然男に気が付き近くにあった大きな棍棒を持ち開けるが直ぐに地面に落とす。大きな音を立てて落ちた棍棒は一体どれほどの重さだったのだろうか。地面の揺れに耐えきれず尻餅をつく。
「終わりました。差出人は?」
細めの刀身についた何かを振り払いながら鞘に収め、頭だけ振り返りながら彼に問いかける。
「あの穴の中に」
「…穴」
「とろるは大人の人達をお友達みたいに大切にしてました」
「大切に…ですか…」
「信じてません?」
少年はコテン、と首を傾げる。
「いえ、私は生きていた事に驚いています」
「…?分かるんですか?」
「洞窟の中を確認して来るので此処にいて下さい。生存者の確認と救出が出来次第、戻りましょう」
断崖絶壁の岩肌に出来た亀裂。そこに穴と言うには烏滸がましいくらいの割れ目があった。
身を屈めながらその割れ目に手を掛ける。
ーー実はこれ、騎士さん達の為の提案なんです 彼らは人を殺してません このまま連れていって死刑になった後に生存者が帰ってきたらどうなりますか?
彼に言われた言葉が頭の中を反芻している。幼い顔立ち、まだ下がり切ってない高めの声、小さな手足、まだ低い目線、どこをどうとってもただの少年だ。育ちも良さそうだし、綺麗で、頭も良さそうだが、本当に普通の少年。
それがなんだ、急にその高い声のまま平然と脅してくる。
彼は多分死刑がどうの、と言う話をしているのではない。騎士の誇りについて問いかけてきたのだ。
盗賊達が間違えで死刑になったところで罪は罪。大した批判も無いだろう。
しかし騎士の仕事は人を守るものであって、決して殺すものではない。特に我々の団はそれを最も尊重している。知らずにそのまま捕らえていれば自身の誇りを傷付ける事にはなっていただろう。
「…」
だからそれが例え提案、とは名ばかりの脅しだったとしても、かれのそれは騎士にとって大切な誇りを汚さない為の温情に違いない。
「あっれー?なんでいんの?」
「…それはこっちのセリフだ」
穴の中から這い出し、眩しさに目を細めていた騎士に場違いなほどに明るい声が降ってきた。
「いや、トロル退治さぁ?俺たちの仕事だったわけね。で、これ。君がやっちゃったって少年から聞いてたところ」
「…それはすまなかったな。こっちの仕事にも少々絡んでいたようだ。トロルは其方で持ってってもらって構わない」
「ん~、まぁ。いっか、貸しにしておいてよ」
2人が話している横で一人でせっせと割れ目から出てきた人達に水やら、果物やら配りながら世話をしている少年に目を向ける。
「で、何者?貰っていい?」
「駄目だ。私が保護した少年だ」
「え~、いいじゃん。お前、子供嫌いじゃん!」
「嫌いではない。苦手なだけだ」
「おんなじだって、それ」
「とにかく駄目だ」
「俺、気に入っちゃったんだよね」
「お前がか?」
普段見せない興味の色を隠しもせずに見せてくる同僚に顔を顰める。
またか、と先程までの盗賊達とのやり取りを思い出しながら心の中で呟く。あの少年の何がそうするのか、ただそれだけが気になってしまう。
「で、貰っていいの?」
「駄目だ。保護したと言っただろ」
二人の言い争いが少年に届く事は無い。
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