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第一章
【自動回収】
しおりを挟む彼の朝は早い。
この森に来た初日に沢山“回収”しておいたなんとかと言う魔獣の真っ白でふわふわの毛で作った他では想像し得ない素敵なベッドもと言い、毛玉から木々の騒めきか、もしくは小鳥の囀りで目を覚ます。自然に目が覚めるまで寝るのが彼の主義である。
此処で一度大きな伸びをして、大きな欠伸をして、起き上がる。
快適すぎる自作の毛玉を“回収”すると、魔法のかかった鞄から何かしらの朝食を選んで食べる。
今日はこの森で“回収”した名前もよく知らない果物のようだ。
そして食事を済ませるとたべこぼしが“回収”されて、散歩に繰り出す。散歩中は野うさぎと戯れたり、掌より少し大きな蜘蛛にちょっかいを出したり。
その間人間に会う事はない。
毎日少しずつ移動している彼が徒歩で独歩した範囲はとても広いのにも関わらずだ。
彼がこの森へ来てそれなりになっただろうか。こんな小さな子供が来る場所ではないのだが、そんな事はお構いなしに色々見て回っても傷一つないのだから神に愛された存在なのだろう。
それは見た目からもよくわかる。
天は二物を与えずとは誰の言葉だったのだろうか。これだけの祝福を受け、尚且つこの容姿なのだから二物も三物も与えているに違いない。
ただそれを知っている人はいない。彼はずっとこの森で過ごしていたからだ。
人と出会えばきっと…。
「おうおうおう!ちびっ子、此処が何処だか分かっているのか?」
これまた典型的な人もいるものだ。
ボロボロでツギハギだらけの服から見え隠れしている肌は薄汚く、傷だらけ。森で数ヶ月過ごしてきたこの少年と見比べれば雲泥の差だ。
もっとも今重要なのはそんな事ではない。
「ふ~ん。お前は女か?男か?」
「男だよ?」
「そのなりでか?空色の毛なんて見た事ねぇ。高く売れそうだなぁ」
「僕を売るの?」
「お頭にバレる前に売ってしまおうか…それなら早い方がいいな」
クックックっと声を殺して笑う男はきっとしめた、と思った事だろう。
「そこを動くなよ坊主。…ん?俺の得物は…何処だ?」
「何探してるの?」
「おうよ。俺の得物だ。これくらいの長さの片手剣。中々の上物でこの前商人から奪ってやったやつだ」
手振り身振りを加えながら、辺りを見渡し楽しそうに言う男。
「おじさんは悪い人?」
「ん~、おじさんは悪い人じゃないぞ。お前を街まで送り届けるんだからな」
「そうなんだ。ありがとう」
まだ得物を探している男を無視して彼は近くの岩に腰掛ける。
長らく森で過ごしてきたから街にはとても憧れがある。流行る気持ちを抑えきれず思わず顔が緩む。
(まだかなぁ。早く街に行きたいのに)
「クソッ、ねぇーな。一体何処に行きやがったんだ」
「おじさんまだなの?」
「ちょっと待てっろ」
カサカサと茂みを掻き分ける音が聞こえる。その音は少しずつ移動していて、少しずつ近づいてくる。
この辺りは背丈の高い草が多い。この自称優しい男が作ったであろう細い獣道を通ってきたから、草の高さなんて気にならなかった。彼は視線を其方に向ける。
「こんにちは?」
「はい。こんにちはです。君はあの男と知り合いですか」
「知り合い…そうなのかな?そうかも。さっき会ったんです。街まで連れてってくれるって言ってました」
「あの男はとても悪い奴で私は捕まえに来たのです。今君を助けるとアジトが分からないからもう少し我慢出来ますか」
「…あの人悪い人じゃないですよ?」
「…?分かりました。私は少し野営の本部に戻って報告をしてきます。絶対助けます。近くに私の仲間も居ますので安心してください」
そう言って来た道を戻っていく。
手を振ってお見送りする彼はにっこり笑顔だ。
「何してる」
「あのね、真っ白な狼さんがいたんだけど帰っちゃった」
「…白い狼って…フェンリルか…?ハハッそんなまさかな…あれは滅多に山から降りてこない…いや、その滅多にが…今だったら…?」
少し焦った様に口に手を当てながら乾いた笑いをこぼしていたかと思えば途端に顔が曇り始める。
かなり用心深い人物のようだ。
「…予定変更だ。ボスの所に行くぞ」
「ボス、さんも良い人?」
「あぁ、良い人だぞ?でもな、怒るととぉーーーても怖いんだ。大人しくしてろよ?」
「分かった」
ブツブツと小さな呟きを漏らしながら男は彼を抱えて歩き出す。同時に茂みもカサカサと小さな音を立て始めた。
でも、この男には聞こえていないみたいだ。
小さく手を振って見たが、向こうから反応はない。
どんどん深くなっていく森の中。
普段なら歩けないほどに足が取られる泥地には見た事のない生き物や花、何かの実などがある。
かなり体格の良いこの男でも目の高さまで草で隠れてしまっている。それが身を隠すのにとても良いのだろう。この男にも勿論動植物達にも。
意外にも太陽の日差しは多く降り注いでいて進行方向の突き当たりまで木はない。
でも突き当たるととても薄暗く一気に雰囲気は暗くなる。
「…草原の最奥」
「100歩」
「…太陽の日差し」
「1つ」
「…木の実の収穫は」
「10個だ」
「…よし。入れ」
合言葉だろうか。
ゆっくりと開いてた扉の向こうから泥臭い匂いが漂ってくる。
「ボス。俺の監視地域にフェンリルらしき白い狼が出やがりました。…それとこれは拾いものです。中々の上物でしょう?」
「ほう。女とは中々良い貢物だな」
「いえ、すいやせん。これは男です…が、売れば中々になるのでは?この髪の色珍しいですし」
「チッ、男のガキか。やっぱりおめぇーは気が利かねぇ。まぁ良い。今は騎士達も彷徨いてやがる。フェンリルが居るなら監視はいい。此処は絶対にバレねぇ。奴らが来ても戦闘になるのは奴らの方だ。ここまで音も聞こえてくるだろうしな」
「へい、ボス」
中々まずい事になった様だ。
少年は囚われて人質となってしまった。
「…合言葉…聞こえた?」
「ごめん、全然聞こえなかった」
「もう!使えないわね!」
「しょうがないじゃん!お前が《遮音》かけろって言ったんだぞ!俺は《気配遮断》と《隠密》だけで良いって言ったのに!」
「アイツは用心深いで有名なの。現に何回かワザと足を止めて周りの音を聞いてたじゃない!」
「それでもバレないくらいの距離を保ってただろ!」
「じゃあ、どうするのよ」
「知らないよ!」
喧嘩してる場合ではないのだが、それ以外にする事もないようだ。お互いの髪や頬を引っ張り合い、涙目になりながら罵倒を続ける。
「…お前ら…何をしているんだ」
「ぶ、部隊長!」
「こいつがちゃんと合言葉聞いてなかったんです!」
「では、アリーナも聞いてなかったんだな」
「…すみません」
どうしたものか、と男達はしゃがみ込んだままで、相変わらず合言葉は分からない。助けると約束?した少年は囚われた。相手の数も把握できていない。
「戻るしかないか」
「…アジトが分かっただけでも任務に進展があったんですから…団長に…お、こられませんよね?」
「怒られるに決まってんじゃない!あの少年に助けるって伝えたって言ってたのよ!」
「…そんなぁ…」
ガッカリと肩を落とした赤毛の彼は本当に涙をポロポロと溢す。他の2人も絶望という言葉がお似合いだ。
「待て、なんかぞろぞろと出て来たぞ」
「もしかして…バレたの…?」
「クソ…あの人数相手に俺らに何出来るって言うんだよ…」
揉めていた声で尾行に気付かれたのかもしれない。正直周りが高い草で助かった。お陰でこちらの位置を直ぐには悟られないだろう。
「こんにちはです、の狼さん居ますかー!」
「…突然どうしたんだ?」
「まさか、あの子に俺ら売られたんじゃ…」
「まぁ、あの子は私達が尾行してたこと知ってたしね」
「…団長がそんなミス犯すわけないだろ?」
「だって何回か目があったし、手も振ってたでしょ?」
え?と顔を見合わせる二人は相当間抜けな表情だ。
「あれ、居ないのかな?本部?に戻ったのかも」
そこそこと隠れながら話し合いをする。実際に彼に声をかけたのは隊長で彼らではない。だから彼が呼ぼうとしているのは団長であって自分達ではない、と言い訳をする。
助けたくないわけではない。ただ今出て行っても勝算はゼロ。犬死して本部に奇襲でも掛けられればかなりの被害が出る事だろう。
それなら彼らの尾行を継続して本部を襲おうとした時に不意を突いて後ろから叩くほうが賢明である、という判断だ。
「ごめんね、ボスさん。さっきの白い狼さん居ないみたい」
「何の話?…白い狼?」
「団長じゃないのか?」
「いや、挨拶したのは団長で間違いないはず…」
「そうだよ、団長本人が言ってたんだから」
「じゃあ、あれはどういう意味だ?」
「「分かりません…」」
混乱は混乱を呼び、ボスは盗賊達を連れてまた歩き出したのだ。
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