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商会開業
深海ダンジョン(6)
しおりを挟む皆んなと別れてからどれくらい経ったのだろうか。
いくら人間らしい部屋だと言っても連れてこられたこの部屋も白い影は使わないであろうベッドや机、椅子があるだけで当然ながら光は入ってこない。
未だに時間の感覚が掴めなくて、今が昼なのか、夜なのか全く分からない。
あれから白い影はたまに何処かに出かけては何かを持ってきて、私に何かを作らせる。
私は私で眠たくなったら寝て、お腹が空いたら食べて、白い影に言われた通りにたまに何かを作って。
「今日の獲物は面白いものを持っていたぞ」
「面白いもの…」
「ふむ、また何か私の為に作ってみせよ」
「…はい」
言われた事をやらなくては。
手渡された物を見て考えを巡らせる。
あれ…これって何だっけ。
あぁ、果物だ…。
なんて名前だったっけ…。
あぁ、そうだ…リンゴだ…。
リンゴで作れるもの…。
前に何か作ってたような気がする。
「素材が足りないか?欲しいものがあったら言ってみろ」
「…いえ」
「じゃあ、なんだ。早く何か作れ」
何かを作らないと。
あぁ、リンゴならシードルがあるはず。
あれ…でもシードルは倉庫に…。
倉庫ってなんだっけ…。
「倉庫に行けばあるのか?」
「…倉庫…」
「倉庫は何処にある?」
「倉庫は……東門の…」
「うむ。仕方がない、少し赴いてみるか」
どうしてここに居るんだっけ?
私何してるんだっけ?
ここは、床?凄く冷たくて気持ちいい。
「うむ。人間は脆い生き物だったな…。仕方がない。今日は寝ろ、人間の娘よ」
「…はい」
言うことを聞かなくちゃ。
私は身体が勝手に宙に浮いてベッドに背中が付いた事が分かるとそのまま目を瞑る。
「…ふむ、この娘は魔法が効きにくいようだからと、頻繁に催眠をかけ過ぎた。注意しなければ直ぐに死ぬようだ。気をつけなければ」
催眠…。
魔法が効きにくいんだ…私。
誰だろう?
誰かが私の頭を撫でてくれてるみたい。
冷たくてなんだか気持ちがいい。
ずっとこのままが良いなぁ。
ーー
ーーー
ーーーー
ーーーーー
「…」
目を開けると、いつも通りに白い影が目の前に浮いている。
ただ、今日は何故かその白い影の輪郭が薄ぼんやりと見えていて、手を伸ばされているのが分かった。
「おはよう御座います?」
「あぁ、おはよう」
私は伸ばされていた手が未だに私の頭を撫でていて、その手が冷たくて心地よくて再び目を閉じようとする。
「これ、寝るな」
「…はい」
何とか重たい瞼を持ち上げると、今度は樽が二つほどふよふよと浮いていた。
「倉庫に行った」
「…はい」
「キャスパリーグと交渉した」
「ノアとですか?」
こくりと頷いているのが分かる。
「仕方がないから、お前と契約してやる」
「契約?」
「キャスパリーグが言うのだ。お前をここに閉じ込めていたら、もう一生これは飲めないと」
ふよふよと浮いている樽の中から拳大の薄ピンクの綺麗な液体が周辺の水と混ざり合う事なく白い影へ向かっていく。
「…シードルですか?」
「これはシードルと言うのか。何故これをもっと作らぬ。他の奴は好かんが、これはとても美味だった」
確かに、ウイスキーとワインばかりの作ってたからシードルはそんなに量はなかったと思うけど、それでも5樽くらいはあったはずだ。
「シードルはウイスキーやワインに比べると比較的簡単に出来るので、少し後回しにしてました。それにノアはワインの方が好きみたいで。積極的に手伝ってくれるんです」
「うむ、では私がシードル造りを手伝ってやる。光栄に思うんだな」
よく寝たからなのかな…?
何故かは分からないけど、頭も身体も凄くスッキリしている。
それにここに何しに来たのか、これまでここで何があったのか、何をしていたのかも思い出せるし、自分がどれだけ危険な状態だったのかも、マリーちゃんのグッタリした様子も鮮明に思い出した。
とにかく今は冷静になろう。
ノアと交渉したと言うことは皆んな無事なはずだし、それなら当然、マリーちゃんも無事なはず。
ますはここから出る手段を考えなくちゃ。
「…シードル造りはここでは出来ません」
「うむ、キャスパリーグから聞いてるぞ。リンゴがたくさん必要なのだろ?」
「はい、それに海水じゃない綺麗な水も必要です」
「ふむ、真水が必要だったのか。私が周辺の水を海水にしていたから造れなかったのか」
「…そうです」
本当は違うけど。
このまま勘違いしてくれたら川の水質問題も増水も何とかなるかもしれないし、ここは海水で満たされているから、私もここから出れるかもしれない。
「ふむ、ならば約束しろ。お前は週に1個私にこのシードルを樽で用意する。代わりに私はお前と契約してやる」
「契約したらシードルを造るのを手伝ってくれるんですよね」
「うむ。それから危険になったら助けてやるし、仕方がないからこれも返してやるし、鱗もやるぞ」
「私の腕輪!」
とても大切にしていたのに奪われていたことを忘れてしまうなんて。
本当にこの白い影の正体は何なのだろうか。
「…そんなに大切にしておったのか」
「はい…」
「その【守護者の加護】は…」
「…知っております」
「なら良い」
私は複雑な気持ちを抱えたまま、その問いに答えていた。
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