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商会開業

深海ダンジョン(3)

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「気分が優れないのならここで待っていても良い」

「あ…」

 正直、気分が良くないとかの次元の話しではない。自分が立っている場所のすぐ真下に死体があると言われて冷静ではいられないのが普通じゃないだろうか。

「完全にダンジョンに吸収される前に火葬してやるのが決まりなのよ」

「…」

 彼らがこんなにも冷静なのはそれだけ彼らにとって死というものが私が考えるよりも身近なものだから。
 確かにこの世界で生きていく限りは乗り越えないといけない壁の一つなのかもしれない。

「…早いうちに片付けるか」

「そうだな」

「リザは私と一瞬にここにいましょう」

「…」

 休憩を終えて、ロキさんとカルロスさんが立ち上がるのを私はただ見ていることしか出来ない。
 乗り越えないといけないと言いながら、まだ乗り越えられる自信がないんだ。
 
 何やってんだろ、私。
 役に立てると思ってノコノコとついて来たのに結局は初めからずっと足手纏いで、戦うことも出来ず、守られ、気を遣われてる。
 何のためについて来たのか。
 マリーちゃんを助けるためだったでしょ!こんな所で足踏みして、皆んなに迷惑をかける訳に行かない。

「…大丈夫です。私も行きます」

「…そうか」

 カルロスさんはそれ以上何も言わず、下へと続く階段を降りる。
 私の勇気を讃えるかのように足元に擦り寄ってくれたノアを抱き抱えて、私もその後を追う。

 階段の下にはそれが何であるか分からないほどに積み重ねられた死体の山。
 幸いながら、私はそれを見ても吐くことも倒れる事もなかった。
 深海ダンジョンと言う特殊な場所でなかったら、白日の元にその山の正体が晒されて、鼻が曲がるくらいの死臭が漂っていたことだろう。

 ロキさんは休憩の時と同じ結界を張って、その山に火を灯す。匂いも音もしないけど、それが火葬だと言うことだけは分かる。

「…リザおねえちゃん?」

 突然聞こえて来た聴き逃しそうなほどに弱々しい声。私は直ぐに返事を返す事が出来なかった。
 必死にその声の持ち主を考える。
 私を『おねえちゃん』と呼ぶのは誰だっただろうか、と。

「……マリーちゃん?」

「どうした?」

「今、マリーちゃんの声が!」

「マリー?それは誰の事だ?」

「え?」

 ロキさんの言葉に一瞬言葉を無くすが、直ぐに私は何を言ってるんだろうと思い直す。

「俺たちは増水の原因を調査に…」

「そうよ……何で私達が組んでるの…?」

「…俺は何か大切なものを忘れているような…」

 自分の中にある記憶と現状の齟齬がより深い混乱を私達に招く。

「なぁ、マリーって誰の事なんだ…?」

「…マリー…マリーちゃん…誰だっけ…マリー」

 何か…私のとても大切なもののはずなのに思い出せない。
 思い出しそうになった途端に目の前に霧が掛かったかのように煙に巻かれて、振り出しに戻る。

「それより、それより先は大変よ。休憩を…あれ?」

「休憩はさっきした…ような…」

「なぁ、何で火が付いているんだ?」

「…何だったか…わざわざ魔力消費の多い結界まで張って…」

「先に進むか」

 そう、私達は増水の原因を確かめる為にここに来て、その結果がまだ分かってないから先に進まないといけない。
 何でそんな大事な事を忘れてだんだろう。

「先に…痛っ!」

 自分が抱えていた何かに思いっきり指に噛みつかれて、思わず手を離す。
 手から血が流れだしているのが指先にまで伝わって来る鼓動と若干の痛みの熱のお陰で分かるものの、水の中だからか感覚はない。

「魔物か!?」

「いえ…いや、魔物……ノア!」

「にゃあ!」

 え、何で私達ノアのこと忘れてたの?

「ノアって誰の事だ」

「ロキさん!ノアです!黒猫です!私が嫉妬するくらい仲良しじゃないですか!」

「俺がこの黒猫と?…仲良し?…ッ!」

 ノアは今度はロキさんの手首に噛みついて、ロキさんは思わず振り払う。うまく受身を取ったノアは今度はカルロスさんの肩に噛み付く。

「痛ってぇ!……」

「アンタ達、何してるの?早く…」

「ロマンチカ!その下は!」

「ロマンチカさん!」

「キャー!」

 宙吊り状態のロマンチカさんの腕を何とか掴む。さっきまでその先は階段があったように見えたのに今は床が崩れ落ちていて、肌を焼くほどの熱い黒い煙がその崩れ落ちた床の下から吹き出している。

 ロキさんとカルロスさんも加わって何とかロマンチカさんを救出して、私は息を整える。

「なんだ、正気に戻ったか」

「「「「…」」」」

 あれ?動けない…。

 私達の周りをまるで何事もなかったかのように平然と白いクラゲのようなクリオネのような影がふわふわと飛び回っていた。









 









 

 
 
 
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