上 下
126 / 244
商会開業

フィルーローネ大橋

しおりを挟む



「いえ、村の者にも兵士たちにも確認をしたのですが、この数日この近辺で雨が降っていた事実はないそうです」

「じゃあ、なんで…」

 この川はフローネ唯一の交通の生命線でもあるので此処がダメになるとフローネは完全に孤立する。その為に雨や土砂崩れなどの災害が起こらないように常に厳重に管理されている。その為の関所だ。
 そんな川が雨が降っていた訳でもないのに、魔物が逃げ出すくらいに氾濫するなんてことがあり得るのだろうか。
 そもそも、フィルーローネ川の川幅は3キロにも及ぶほどでそうそう氾濫するような川ではない。

「原因は分かっていない」

「…」

 アークさんはそう言ったけどその表情は何処か確信めいたものを秘めていて。だけど、そのハッキリした口調に私は何も聞けなかった。

「俺たちは川の様子を見に行ってくる」

「わ、私も行きます」

「…分かった。一緒に行こう」

 アークさんは少し迷うような表情を一瞬見せたけど、すぐに表情を引き締めて頷いてくれた。
 正直私が役に立ち場面なんてないのは分かっているが、ただ、さっきからノアの様子がおかしい。
 何処か殺気立っているような、焦っているような…言葉はいつも通り聞こえてこないけど、そんな感情のようなものが伝わってくる。
 多分、ノアがこんなにも興奮しているのは森で何かが起こっているという事なのだろう。もしかしたら、それはこの川の氾濫にも関係があるのかもしれないし、もし関係があるのならダンジョンにも関係のあることなのかもしれない。それにノアが此処最近ずっと何処かに出かけていたのも何か関係があるのかもしれない。


「…これは…」

「何が起こっているんだ…?」

 だけど、川にたどり着いた私達は目の前で起きていることの状況が全く分からない。

 橋は完全に落ちてしまっていて、とても渡れるような状況ではない。しかも橋が架かっていたであろう場所まで水位が上がっているので新たに橋を架けれるような状態でもない。
 …なのに。

「…流れていない…?」

「氾濫だと言うから濁流を想像していたんだがな…」

 秋風が吹いているのに川の水はまるで凪いだ湖のように波ひとつ、波紋一つ立っていない。
 一体誰がこんな状況を想像していただろう。確かに異様な光景だが、水は凪いでいるのに何故魔物達はわざわざ逃げ出したのだろうか。
 でも、その理由はすぐに分かった。

「…この匂いは…」

「海の匂い…?」

 冷たい秋風に混ざってほんのりと香ってくる磯の香り。

「…深海ダンジョンから海水が逆流して森の飲み水が無くなった…?」

 だから魔物達が森から逃げ出してきた理由は容易に想像出来た。
 飲み水が無くなれば魔物に限らず縄張りを離れるだろう。それに海水が逆流したと言うことは川周辺に生えていた植物達にも影響を与えたに違いない。
 植物を主食としている動物達は忽ち縄張りを去り、その動物達を主食としていた動物達もいなくなる。
 魔物達は飢えに耐えられなくなれば人里を襲う。

「しかし、何故…?」

 皆んなには原因は分からないだろうけど、私には思い当たる節がある。
 深海ダンジョンはまだダンジョン攻略がすすんでいないからだ。しかし、それをどう説明すれば良いのだろうか。
 ノアから聞きました、なんて言う訳にはいかない。

「取り敢えずこの様子なら渡ることは出来そうだな」

「シュナ」

「大丈夫、任せて」

 何と伝えれば良いのか、と不安げにしていた私にシュナさんは短く笑って言う。
 そして、甲高い詩の羅列を並べ、屈み込み増水ギリギリの水にそっと触れる。

 シュナさんが水に触れると忽ち当たりに蒸気の様なものが立ち込めて、パキパキと言う音に併せて水が凍る。

「大丈夫そうだな」

 アークさんがその氷の強度を確かめる為にその上で数回大きくジャンプをする。

「当たり前」

「フローネが今どうにゃってるのか心配だにゃ」

「カルロスとジンクス達がいるからすぐにどうなるって事もないだろうが…」

 確かにフローネには優秀な冒険者が沢山いるから魔物が来ても多少の事では問題ないだろうし、きっとこういう事態を想定して予めそれなりに備えているはずだから数日孤立したからと言ってすぐに何もかもが不足することはなかっただろう。

「リザ、気をつける」

「ツルツルにゃ!」

「は、はい!」

 シュナさんとミャールに手を繋がれて私は3キロ先に見えるフローネの門を目指した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

処理中です...