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建国祭
品評会(3)
しおりを挟むそして毒味や検査を経て、漸く王達の前にウイスキーが入ったグラスが並ぶ。
その時に裏の方で軽い騒ぎになったようで、何事かと会場が騒めく。
エールよりも色が濃い琥珀色で泡が出ない不思議なお酒、ウイスキーが入ったロックグラスはその輝きと漂うモルトの香りで彼らを強く誘惑する。
「…これはどのような酒なのか説明して貰えるだろうか」
動揺を見せまいと取り繕う王。
「こちらは【ウイスキー】と言いまして、我々が9年という歳月をかけて新たに開発した酒で御座います。言葉で説明するよりもまずは一口飲んでみて頂きたいと存じます。とても度数が高い酒で御座いますので、口に含める程度に味わい下さい」
「父上、先に頂いて宜しいですか?」
「王子、恥ずかしい真似は御よしなさい」
「は、はい」
まだ年若い王子にはこのウイスキーから漏れ出す美しい琥珀色と芳醇な香りの魅力はまだ分からないのかも知れない。
「そのグラスから漂っているその香ばしい香りが鼻を突き抜ける感覚は体験して頂いて初めて実感出来るのです」
王と王妃は喉の奥を鳴らし、一口口に含める。
「もう、宜しいですか?」
「…王子、グラスを置きなさい」
「え?母上、何故ですか?」
「いいから、置きなさい」
王子は渋々と言った様子でグラスを机に置く。控えていた護衛達はこの王妃の対応に毒でも入っていたかと姿勢を変えるが、どれだけ待っても二人ともとても落ち着いた様子なので困惑する。
会場もこれまでにない二人の反応が一体どういう意味なのかと騒めき立つ。
「モンタナよ。このウイスキーとやらはどれだけの量を収めるのか。献上品なのだからまさか、これだけではあるまい」
「…申し訳ありません。本日お持ち出来たのは先程司会に預けた一瓶のみで御座います」
「何…!?お前!それを直ぐ此処に持って参れ!」
王は即座に給仕が持つ瓶に視線を向ける。
そして、給仕たちが参加者に下賜する分をグラスに注ごうとするのを止める。
給仕は困惑した様子でおずおずと瓶を王の元へ持って行く。
「こ、これだけなのか…?」
「申し訳ありません」
「何故もっと作らぬ」
「……こんな大切な日に申し上げるのは大変憚れるのですが…」
「よい、申してみろ」
「…実は数日前…王へ献上する予定のウイスキーを保管していた倉庫を襲撃され…」
「襲撃…?」
王は周りの視線など気にする事なく、堂々とオクタヴィアン侯爵に視線を送る。
その視線にここまで余裕たっぷりで他の参加者の様子など見ることなく部下達と関係のない話しで盛り上がっていた侯爵が何かまずい事になっているとようやく気付く。
「その時に私の管理不足で倉庫ごと…献上品も燃やされてしまいました…。直ぐに新しく作り直しておりましたが、何せ【ウイスキー】を作るには長い時間が必要でして、たまたま難を逃れたその一瓶のみお持ちしたのです」
「…では次、このお酒が手に入るのは…」
「…9年後となります」
「…」
「ようやく献上出来ると思った矢先に倉庫が燃やされて…何もかもを失ってしまいました」
言葉を無くす王と王妃。
そして、静かに瓶に残った僅かな琥珀色の液体を確認し、グラスに注がれているそれにも視線を向ける。
「か、下賜はなしだ。これは…渡せん」
「…?」
「参加者に下賜するのはなしと言ったの。分かったら下がりなさい」
「は、はい!」
王子がその口論の隙を見て一口飲もうとグラスに手を伸ばそうとすると、隣にいた王妃さその手を叩く。
「…王子のグラスに注がれた分も瓶に戻して置きなさい」
「母上!これは私の分です!」
「貴方にはアルコールが強すぎます。ギルネのエールを持って来させますからそれで我慢なさい」
王達のその反応にその酒がそれだけ美味しかったのだと察した王子は王妃の静止を押し切り、ウイスキーが入ったグラスを勢いよく煽る。
「な、何だこれは!これまで飲んできたエールがまるでドブのように感じる!もっと持ってきてくれ!」
「アレクシオス!味も何も分からないお前如きが飲むのは無駄よ!」
その一連の流れを見ていた客席は瞬く間に湧く。これはもしかしたら建国祭始まって以来の快挙なのではないかと。
「王子よ、静かにせい!…それよりもモンタナよ。我に望みが有れば何でも聞いてやる。何かあるかね」
「モンタナ。私の方でも便宜を図ることは可能です。何でも申してみなさい」
そして、会場がこれだけの騒ぎになっても王も王妃もウイスキーにしか関心がないようで、その証拠にオクタヴィアン侯爵が先程から大騒ぎしているのに二人とも完全に無視をしている。
先程の王の視線とこのオクタヴィアン侯爵の反応で一部の人達はオクタヴィアン侯爵の不正に気付いただろう。いや、この王の反応を見れば確信したと言った方がいいかもしれない。
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