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異世界
領主様
しおりを挟む窓の外を見下ろす後ろ姿。
表情を見なくても分かるくらいにその後ろ姿がドス黒い何かを感じさせる。
「分かっているな、ルーペリオ」
「はい、旦那様」
「明日までだ。本来なら今日中と言いたいところだが、確実にヤる為だ。それ以上は待てない」
「承知しました」
リザ様へこれまでの経緯をお伝えの間、珍しく一言も話さなかったと思えば、実はこんなにも怒り心頭だったらしい。
表情こそ見えないが、こめかみには青筋が色濃く浮かび上がり、怒りのあまり拳がワナワナと震えている。
彼女の為に旦那様がここまで我慢されるなんて思いもしなかった。
確かに彼女は優秀で、私が言うのも何ですが、その辺にいる一介の下級貴族すら社交界の華にできるほど素晴らしい技術者で術師です。その有用性を考慮すれば彼女を囲っておきたいのも頷ける。
しかし、たったそれだけのことでここまで彼女に旦那様が肩入れするとも思えない。
いつもなら私の時の様にご自身に取って邪魔だったり、煩わしいかったりすれば後先考えずに処理している筈。それが貴族相手なら尚のこと。なのにわざわざ彼女が目を覚ますまで待っていた。
これではただ見守っているだけで、囲ってすらいない。
これにはきっと他にも何か理由があるのでは…?と老骨精神で勘ぐっては見たものの、如何やら怒りに震えているのは旦那様だけでなく、お仲間の方々も同じだったようで…。
「ルーさん、そのバカな孫娘。上手いこと攫って来てくれにゃい?」
「心配しなくていい、私、後処理、上手い」
「そういうのは息子の方が得意かと存じますが…」
「そうにゃ!フィオに…」
「ダメ、フィオ、先に始末しちゃう」
「それは、ダメにゃ…」
二人の過激な発言に苦笑いを隠せない。とても領主付き護衛と侍女の台詞とは思えない様な発言だ。これではまるで暗殺者ではないか。
貴族を処理するのは何かと手がかかるもの。特に今回のように注目が集まっている時はより面倒だ。それでも彼女らならやり兼ねない。まるで始めからそんな人間は存在していなかったかのように証拠を残すこともなく処理してしまう。
ただ、今回はあまり話しが飛躍せずに纏まりそうだ、と再び主人に目を向ける。
「お前ら、まさかジローネ家だけ潰せば良いとでも思っているのか?」
「にゃ、にゃにゃにゃ…」
「も、勿論、母親も…」
「それから、手を出して来たアンバー家とパルプキン家もだ。あそこは昔からいけ好かなかった」
「…シュナ…もう絶対にアークを怒らせるのはやめるにゃ」
「ミャール、同意」
(まさか、本当に?)
苦笑いを浮かべるルーペリオにアークは有無を言わせぬ視線が向ける。
ーーーコンコンッ
「リザは?」
「お部屋でごゆっくりして貰ってる」
「じゃあ、私が行くにゃ」
「あぁ、頼む」
「はいにゃー!」
部屋を出て行くミャールを見送ることなくアークは話しを進める。
「期限は明日だ。徹底的にヤれ」
私の経験上、このままだと旦那様は何をしでかすか分からない。一度キレたら手が付けられないのは昔からだ。
旦那様は光り輝くプラチナブロンドにサファイアの瞳の均整のとれたお顔立ちで貴族界でも観賞用としても需要がある。
年頃の無邪気な笑顔は一見とても優しそうで呑気そうに見えるのだが、その中身は全くの別物だ。
身分を隠し、敢えて貴族達に嫌われている冒険者になってみたり、この街の領主であられるのに税金には手を付けず、冒険者として稼いだお金のみで生活をしてみたり、こうして誰とでも自然体で接したり…。
本当に変わったお方だ。
だが、そう言う全く貴族然としていないのが旦那様のとても素敵なところだとは思う。そのお陰で私も、息子のフィオデナルドも振り回させているのだが…。
ただ中身はやはり貴族で、普段なら怒りなどの感情は他人には絶対に見せない。
なのに、今日はそんな顔すら保てないほどにお怒りなのだ。
「そのことだけど、期限は一週間後にして欲しいんだ。リザさんに嫌われたくないから」
「…嫌われるのか?」
「リザ、私達、嫌う?」
「リザさんは殺気で倒れちゃう人だからね」
「そう、だったな。…処理の仕方はお前に任せる」
「徹底的にやるよ」
上手く旦那様を嗜めた息子に関心しつつも、その時に見せた笑顔に我が息子ながら恐怖した。
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