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異世界
湯花
しおりを挟む楽しい時間はあっという間に過ぎて行くものだ。ここには温泉だけではなく、少し温度の低い温水プールのような場所だったり、ミストサウナのように暖かい蒸気を溜めた小屋があったり、マリーちゃんも温泉という物を大いに満喫していた。
「つぎはプールに行こう!リザおねえちゃん!」
「うん!行こう、痛っ…ん?コレなんだろ?」
「どーしたの?リザおねえちゃん」
温泉を楽しんでいたのだが、当然私の足の裏に何かが刺さるような痛みに襲われる。
何かを踏んづけたようで足元確認すると、とても小さいが透明でキラキラしたガラス細工の花ようなものが石畳みの石と石の隙間から覗いていた。
「あら、珍しいですね!」
「珍しい?」
「はい!少々小さ目ですが、湯花って言うんです。温泉が結晶化したもので温度の高い場所でしかなかなか出来ないのです!如何してこんなところに…」
案内人の女の子が少々興奮気味に説明を挟みつつ、何やらうんうんと唸っている。
「リザおねえちゃん、これきれいね?持って帰る?ママに見せよ?」
「あの…これ取って帰っても良いんですか…?」
「あぁ!構いませんよ!上の方でも毎日一つあるか、ないか、なので争奪戦なんです。小さいとは言えこんなところで見つけるなんてお客さんは運がいいですよ!」
指先で優しく摘むと、踏んだ時によく壊れなかったな、と思う程難なく根本からポキッと綺麗に取れた。
湯花を太陽にかざすと、キラキラと乱反射して七色の光を周囲にばら撒いた。
「あら、湯花ね。こんなところにあったの?」
「そうなんです!珍しいですよね?本当に羨ましい!」
二人からの熱い視線が突き刺さる。珍しい物と言うことはよく分かったが、二人からはそれ以上の熱量を感じる。
「懐かしいわ…。私も若い頃旦那に送ってもらってね…」
「素敵ですね~。私そういうのは憧れますぅ」
「もしかして湯花って何か謂れがあったりするんですか?」
「お嬢さんはこの辺の出身じゃないんですね!湯花はフローネ周辺では“幸福の花”と呼ばれていて、この神秘的な七色を見ると幸せになれると言われています。大変貴重なものですが、だからこそ男性から送られると“お前を幸せにする”という意味になるんです!」
「な、なるほど…」
これ自体が欲しいというよりは送られたい、という願望の視線だったのだと分かり少し安心する。
「それ、売ると金貨2枚になるんです」
「え、」
「この地方の男性はプロポーズに使いますから!買うともっと高いですよ~!大きさにもよりますが、平均サイズで金貨4枚はかかります!」
やはりかなり恐ろしい代物だったらしい。
こちらの世界の平均月収は分からないが、仮に元の世界と同じだとすると、金貨2枚=20万は新卒社会人の平均月収ぐらい。更に買取金額よりも売値が倍ぐらい高いとなると40万…。
もし、平均月収がそれ以下だったとしたら、本当に高価な物なのだろう。
結婚指輪は給料の3ヶ月分とかよく言った物だなぁ、と思いつつも自身の手元に目を向ける。
私、結婚指輪どころかプレゼントすら貰えなかったな…なんて事を思い出して傷心に浸っていたが、今更ながら私が作ったベルトにそれ以上の値をつけて買い取ったシュナは相当金持ちなのだと思い直した。
その後も“幸福の花”について語る女の子の話しを愛想笑いで対応し続けた。
「みなさ~ん!そろそろ馬車に戻りますよ~!準備は宜しいですか??」
元気よく声かけをする案内人の女の子はまたテキパキと人数を数えながら馬車へと誘導する。
「リザおねえちゃん…」
「マリーちゃん、また来ようね?」
「…うん」
マリーちゃんはまだいたかった、と悲しげに温泉への未練を呟いていたが、相当はしゃいでいたからか、着替えが終わった頃には疲れ切っていてウトウトと舟を漕いでいた。
お陰で浴場出入り口にあった石造りの何かわからない石像が全身用のドライヤーである事も知らず、誰にも説明を求めることも出来ず、見様見真似で使う羽目になった。
かなり焦ったのは言うまでもない。
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