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お嬢様の軌跡〜sideジャミール
鈍感なお嬢様
しおりを挟む本日はお嬢様の為に揃えた入学祝いの品を寮に搬入する日。
そう、明後日いよいよお嬢様が貴族学院へのご入学式を迎えられる。搬入日がこんなにギリギリになったのは予想通りと言えばその通りで、旦那様と奥様が凝り過ぎたからだ。
ただやはり貴族学院の入学式は一生に一度のこと。毎年あるお誕生日よりもやはり力が入ってしまう。
とは言っても私はいつも通りお嬢様の護衛が仕事なので、これといって何か準備の手伝いをするわけではないが、勿論プレゼントは用意している。
護衛という役職をフルに活かしてお嬢様の趣味趣向や欲しがっていた物、喜びそうな物はリサーチ済み。
完璧だ。
ただ今日は何故か朝から少し不安そうな表情でいらっしゃる。悩みがあるのかと心配になったが、如何やらそういう事ではないらしい。
「ミル、あの…」
「はい、お嬢様」
「いえ、やっぱり大丈夫」
こんな状態をもう一時間は繰り返している。流石にユーリもこれには少し困っているようで、解決案も出せないまま更に一時間程繰り返した。
「あのね」
「はい、お嬢様」
「私、忘れていたの…。入学式後の…準備を」
入学式後の準備。
多分交流会と言う名のお茶会の事だろうか。当然その準備はユーリがとっくに済ませているのだが、それはお嬢様も知っている筈。では、何の準備のことなのだろうか。
「お嬢様?私がお入学式後の茶会の準備はもう済ませておりますが…」
ユーリも同じ考えだったらしい。
お嬢様は苦笑いをしながら目を逸らす。
その悲壮な表情に此方まで心が痛くなる。
「そ、そうだったの?ありがとうユーリ」
「…はい」
何だろうか。
多分お嬢様がお話ししたかったのはこの事ではないと言うことだけは分かる。
お嬢様と殆どの時間を共に過ごしている私やユーリに分からないような悩みをお嬢様が抱えている…?
「…チュチュ達と、お泊まり会をしても良いかしら」
「お泊まり会…ですか?」
チュチュ達、達?
チュチュアンナ嬢以外の知り合いと言えば思い浮かぶのはあの二人ぐらいだが…流石に学院は男子寮、女子寮があり、お互いを行き来する事は禁じられている。
流石にあの二人はそんな事はしないだろう。仮にも王子と公子。最上級身分のお二人がそういった粗相をしたとバレればかなりの問題になる。
では…一体誰なのだろうか。
「チュチュのね、お友達を紹介してくださるの」
「何処のご令嬢なのでしょうか」
「え?どうして?」
「此方からご挨拶も必要なのです」
ご挨拶、良い言葉だ。上手くなったなユーリも。しかし、いつの間にそんな話をしていたのだろうか。
貴族学院はその名にも記されているように貴族の子息子女が通う学校だ。その為学院内でも同じく貴族社会と同じルールが適用されている。
そこで一番問題になって来るのが、御目通り。身分の低い者は基本的に上の者には声をかける事は出来ない。上の者は下の者をいないものとして扱う。話すとしても学校内での事務的な要件のみ。
だか、紹介されたり、上の者から挨拶した場合はその範疇ではない。
だから入学式後は上級貴族が主催するお茶会でお近づきになれるように、下級貴族の子息子女は周りを彷徨きお声がけかかるのを待つ。
だから、いくら友人のチュチュアンナ嬢の紹介だからと言って誰彼構わず簡単に御目通りを赦すことは出来ないのだ。
お嬢様もそれくらいのとこは分かっている筈なのだが…。
「その、チュチュの姉上を…」
「確か私の記憶ではチュチュアンナ嬢にはご姉妹はいらっしゃらない筈ですが」
「あ、言い間違えたわ…従姉妹の方よ…」
少し歯切れの悪い言い方をするお嬢様にユーリも不審がって突っ込む。お嬢様は嘘をつくのがとても下手くそだ。
いや、いつもは上手い。貴族になりきっている時は平然としている。
しかし、一度素に戻ればこうも可愛らしく目が泳いでしまう。どちらもお嬢様だが、やはりいつも通りの方が私は好きだ。
「お嬢様、残念ながらお相手も分からぬ状態では難しいと存じます」
「…そ、その…」
「お嬢様…」
「…本当にダメなのよね…?」
いつもは聞き分けの良いお嬢様だが、如何も様子がおかしい。
我々に話せないような相手、もしくはお泊まり会自体が嘘。
そんな事考えたくもないが、相引き…いや、あり得ない。お稽古や勉学でお忙しいお嬢様に一体いつそんな出会いがあると言うのだろうか。
…いや、待て。
一度だけ、我々二人がお嬢様から離れた日があったではないか。
ふと、ソファーに腰掛けているお嬢様の両手を握っていたユーリが身体をピクリと跳ねさせる。
ーーーチュチュアンナ嬢の家に遊びに行った日。
お前も気付いたか、ユーリ。
そうだ。多分あの日に何かあったのだろう。確かにあの日、お戻りになったお嬢様はほんの少しだが様子がおかしかった。
私達はお互い頷き合って、お嬢様には気付かれないように調査をする事にした。
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