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お嬢様の軌跡〜sideジャミール
清廉なお嬢様
しおりを挟む「チュチュアンナ様はこれももう見てらっしゃる?」
「あ!これは…その…まだ見てない、です。実はこの小説は絶版で…手に入らなかったのです…」
「そうだったの。貴方にも是非見て欲しいわ。宜しかったらお貸ししますわ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!ミリアーナ様!…嬉しいです」
噛み締めるように言う彼女は全身で嬉しさを訴えている。それに目元を緩めて微笑むお嬢様はまるで聖母のように慈愛の御心が滲み出ている。
なんだかんだ言って公子には感謝せざるを得ない。
こんなに嬉しそうなお嬢様は中々見れない。
「きょ、今日は…その王子殿下がいらっしゃるとか…」
「そうですの。チュチュアンナ様には申し訳無いのだけれども、お父様のお仕事の都合らしくて…私も良く知らないのだけれども」
普段より少し砕けた言葉で話すのも彼女を友人と認めているからなのだろう。
「ミリアーナ様は…その…王子殿下とな、仲が宜しいのでしょうか?」
「仲…。どうなのでしょう。お父様のお仕事の都合で陛下ともお付き合いが御座いますから、幼い時よりお誕生日会などにはいらしてくださってましたの」
「では、幼馴染…という事なのですね」
お嬢様はそのようには思っていなかった様で小首を傾げて何か考えている。
人差し指を顎に当てる仕草すらお美しいのだからもうどうしようも無い。
「その、幼馴染ではないように思いますわ。チュチュアンナ様のように遊んだり、お話ししたり、お茶をしたりはした事無いですもの」
「そうだったのですか…。…という事は…私が…その…あの…」
「えぇ。初めてのお友達ですわ」
目を輝かせて喜ぶチュチュアンナの頭を優しく撫でてあげるミリアーナお嬢様は何度も言うようだが、聖母、いや。女神のように慈愛に満ち溢れている。
ーーーコンコンッ
噂をすればなんとやら。
早速お出ましのようですね。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
「も、申し上げます!」
「いいよ、そんな堅苦しくしないで。まだ僕らは子供だろう?」
図々しくも子供同士でお相手を、と先触れを出してきた国王に一発かましたいところだ。最も15歳で成人式を間近に迎えた王子が子供だと言い張るのは些か無理があるようにも思うが、まぁ成人式は終わってないのだからギリギリ子供なのだろうか。
まぁそれを堂々と言い張るのだから食えない男だ。
お嬢様とは2歳差。
お嬢様がお産まれになられる前までは、彼が“特別”だと言われていた。それ程に優秀でたった4歳で公用語をマスターし、6歳の時には剣術でも才を現し、魔術も10歳の頃には貴族学院ではもう学ぶ事は無いと学長に言わせたほどに優秀な王子だ。
正直第二王子である事が勿体無いくらいの才能を持っている。
ただ、ファオルド様とは年が離れていてよかったな、と思ってしまう。何故なら年が離れていたから一瞬でも“特別”に慣れたのだから。
そう、そのすぐ後にはお嬢様がお産まれになって“特別”はお嬢様となってしまったのだから同情してしまう。
まぁファオルド様とは比べる事すら烏滸がましいのだが。ファオルド様は既に宮廷魔導士の頂点、魔導士長よりも優れていると言われているのだから。
「王子殿下がそうおっしゃられるのなら」
「はい…宜しくお願いします」
「それで君たちは何をしていたのかな?」
物静かなチュチュアンナに合わせに来たか。上手いな。
お嬢様はご自身よりも周りを大切にする。好きになった者に対してはとことん尽くされるお方だ。だから好きな者に優しくしてくれる者にはとても友好的になり、貴族のそれではなく、清廉な笑顔もお見せになる。
そして何より、この会話はお嬢様も好きな分野だ。チュチュアンナに合わせ、更にお嬢様を蔑ろにはしない今一番最適な方法を選んでいる。
彼も完璧か。
「今は小説のお話をさせて貰っていたのですわ」
「あ、それはサイモンの本だね。僕も好きで良く読んでるよ」
「王子殿下も『ファボとカナリア』はお読みになってまして?」
「あぁ、あれも面白かったね。ファボが鉱山に行ってカナリアのお陰で助かったけど、そのせいで親友のカナリアは死んでしまう…。あそこは本当に胸が苦しくなったよ」
「分かります!まだ雛だったカナリアが巣から落ちてしまって…拾って育ててくれたファボへの恩返しのように…」
サイモンの小説は割と子供向けだった筈だが、それすらも抑えているとは流石だ。まぁ、大方ウチと付き合いのある商人にでも聞いたのだろうが。
抜け目のない奴だ。
それから解散になったのは夕食を食べた後だった。話が盛り上がり随分と遅くなってしまったので夕食をご馳走することになったのだ。
多分これも上手く話を盛り上げてこうなるように王子が仕向けたのだろうが。
何はともあれ今日一日観察していたが、やはり抜け目のない奴だった。何より会話から人を誘導することに長けている。王子自身の思い通りに話しを進めているのに全く嫌な感じがしない。
公子とはまた違うタイプだ。
そして見事に次の約束も取り付けやがった。明日お忍びで街に学院で必要な物を一緒に買いに行くとか。
先輩だからと上手く話を持って行った様だ。それに如何やらお嬢様は“お忍び”という言葉に惹かれてしまっている。
私には止める手立てはない。
「お気を付けてお帰りくださいませ」
「あぁ、そうだ。ジャミール卿に伝言。チョコレートを作り始めたのは向こうのほうが後だったって」
「…そうなのですか」
「なんだ。もう其処まで掴んでたんだ」
「えぇ」
ふーん、と何を考えているのかわからない表情でじっと此方に目を向ける。
彼は本当に15歳なのだろうか。
此方のちょっとした仕草や会話の間、視線などの少ない情報だけでその情報は元々知っていたと勘付くなんて。末恐ろしい王子だ。
…もし、お嬢様がお生まれになっていなかったら、確かに私は彼の為に尽くしていたかもしれないな…。
「じゃあ、もう一つだけ。これは僕の方の陰からの情報。その男爵令嬢さんは新しく“ここあ”って言うのを作ってるみたいだよ」
「…」
あ、これはまだ知らなかったね、と愉快そうに笑いながら、優雅に手を振って馬車に乗り込んだ。
まさか…また…。
なんだか背筋に凍るものを感じた。
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