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エピローグ掌篇その一(R-18) からだひとつ
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多田くんの部屋に行っても、紘鳴が泊まっていくことはこれまでなかった。
帰らなくてはだめだと思っていたからだ。
部屋でお湯を沸かしてコーヒーをいれる多田くんに毎度の如く紘鳴がくっつくと、最初のころは身体が戸惑ったかんじで傾いでいた多田くんも今は平気で目立った反応もない。紘鳴はくっつくだけで、いつもぼけっと多田くんの手元を見つめて、ふたつのマグにコーヒーが注がれるのを待っている。
大きな手がキャニスターを開ける。コーヒーの粉のいい匂いが香って、紘鳴は訊くことを思い出して、スケジュール上では多田くんが二日連続で休みをとれるのはあと一回か、訊いた。
「……それは、そうです」
ヤカンの口からすうっと消えていく湯気に「この部屋でしてもいい」と言った。
コーヒーの粉をそれ用のスプーンから調理台にこぼした多田くんはしばらく動かず、紘鳴は「こぼしてるぞ」と顔を上げた。
それからお湯もこぼしそうになる多田くんに、紘鳴はおもわず多田くんの大きな手をおさえた。
「いったん置く」
「……すみません」
紘鳴がそばに立っていると、よくないかと多田くんから離れた。
コーヒーの割合が少ないカフェオレになった。飲み干して、マグをローテーブルにつまんだ指と置いた。
「でも、ベッドとか……準備がいるというか」
うちのふとんは洗えるやつだろう。
多田くんがいつになくのっそりとあぐらをかいて、紘鳴の話をそこまで聞いてから自分のマグに口をつけ、きっといくぶんか冷めたコーヒーを一気にあおった。
「金はこっちでもつから、タオルとか……防水のとか勝手に買ってしまっても」
勝手と買ってがシャレになってしまった。にじり寄って多田くんのあぐらの膝をまたいだ。
先日は油断していた。もうちょっと構えるべきだった。もともと紘鳴は体力があるというかタフである。あんなふうに抱き潰されることはまずない。にもかかわらず気持ちがぐずぐずに、構えてなかったせいで、最後のほうは力が入らなくなって
「多田さんがこの部屋でしたくないんだったら、しません、ん」
いきなり腰をきつく抱き締められて、首筋を嗅がれる。かまえてなかったから嗅がれるのに腰が落ちる。
「……持ち堪えるつもりでいるので、少し、待ってください」
鎖骨を舐めるような声に、おもわず肩を持ち上げて離れようとしたけど腕の中から逃がしてもらえず、多田くんの息が落ち着くまで紘鳴はじっとしていた。
汗をかいて、紘鳴の身体はむだに柔らかくなっていたが、持ち堪えた多田くんは表情がきちっと静まってマグ二つをキッチンのほうに持っていった。洗う水音が聞こえる。
「ぼくが、買っておいてもいいですか」
毎度のように後ろから抱えこもうとしないで多田くんは紘鳴のとなりに腰をおろした。ローテーブルにどうぞと水の入ったグラスを置く。
「……金はぼくが払います」
両瞼を開いて瞳を多田くんのほうに動かした。
「ベッドの他にも、ちょっと気になることがあるんですが」
水を飲んで、紘鳴は四方の壁を見まわす。
「……なんでしょうか。……あの、どうしてまた敬語に」
「ヤる声がお隣に聞こえそうで」
紘鳴がのぞくように垂らした首を反らすと多田くんは黙った後、合わせた目を外さないままどうともないという調子で「その心配は全然……」と言った。そんなにこのマンションは造りがしっかりしているのか。しかしどれほど壁が厚くても、そういうのは聞こえてしまう
「紘鳴さんは声が小さいので」
「……」
過去、声についてはいろいろ言われた。それを「小さい」の一言で済まされるとは思わなかった紘鳴は反応に困った。たしかに紘鳴は声が小さいようで、本人の感覚の上では我慢もしていないが喘いでも、声は目立って大きくならないらしく、そのせいでわざとなんでも口にさせられた。
頬を固まらせて唇を曲げると多田くんは慌てたかんじになって
「え、あの、心配しなくていいという意味で、他意はない」
「わかっています。それではもう気になることは特にありません」
顎を引いて紘鳴は立ち上がった。多田くんもつられたように立って、紘鳴は向き合うように睨む。
「この部屋に泊まって、ヤッていいんだな」
焦った素振りで紘鳴の両手をなだめるように握った多田くんが、おもむろに苦しげな顔になった。
「ずっと」
低くて、掠れた声だった。
「ずっと帰したくなかった」
「……」
玄関先ではまだ習慣は直らず帰り際多田くんに屈ませて偉そうにふんぞり返って唇を押しつけた。
でもいつもより長く押しつけて、多田くんの指先が顎と喉のつけねにふれそうになったのを感じて離れた。
多田くんの部屋を出て、夜気に火照った顔を当てて冷やした。
泊まるとなると、いちおう着替えなど持ってこないといけない。そう考えると紘鳴は持ちこんだ私物は、絶対すべて持ち帰るように、それだけは気をつけなくてはと顔を引き締めた。
それから、知り合いの仕事の呼び出しにも予定のない日はおもむいて、多田くんの予定に合わせて週三で夜、多田くんの部屋に行った。ホワイトデーも過ぎていった。一応は何かする気で、しかしそういう行事に仕事でしかタッチしてこなかった紘鳴はバレンタインにチョコをもらったお返しに何を渡すのが正しいかわからなくて、消え物を、量の少なめで渡すことにした。
多田くんの手元に残らない、すぐになくなってしまう、渡したこともすぐに失われる物を。
巷の流行りを参考にビターが売りの菓子を多田くんが喜んでくれたか、まるで読み取れなかった。
なぜなら一個つまんだ多田くんは残りの少ない量のあらかたを紘鳴に食べさせたからだ。複雑な気持ちで食べて、多田くんに何をどうして欲しいか訊いてみた。
「……来年の春も、ぼくと過ごしてく」
紘鳴は続きを言わせまいと眼鏡を取り上げて多田くんの頭を平らな胸にぎゅっとした。
多田くんの部屋に泊まりに行った。いつもより荷物が多い紘鳴に、待ち合わせの場所で多田くんが微妙に目をそらした。
せっかくの休みだ、とゆっくりさせられないのかと紘鳴は、淡い色の端々がだんだん濃く、暗くなる空を見上げて、星が見えるなと歩みが遅くなった。その途端、多田くんに強い力で手を引かれた。
「……」
口を薄く開いた紘鳴のほの白い息が、声になって立ち昇った。
部屋でも、多田くんはいつにもまして黙っていた。だが、訊くと洗濯もしてあるし冷蔵庫には作り置きの種類も多いというスキルの高さを見せつけ、ばっちりかと紘鳴はコーヒーなしで風呂に先に入るのは自分か、とぼんやり坐りつくのをやめた。
紘鳴は苦い思いで、多田くんに寝間着としてウエストゴムのきついハーフパンツとTシャツを借りる。
身体の手入れも準備も平生と変わりなくしてきた。そういえば多田くんは中出ししたいのかと思った。まだ一度もさせてない。正直言えば、紘鳴は中出しされるのが苦手だった。
浴槽に問答無用で湯を入れる多田くんに、紘鳴はほかほかになるまでお湯に浸かった。
「お風呂、先にいただきました」
交代で多田くんが風呂に向かって、寝室で紘鳴は多田くんが買ったとおぼしき重装備のタオルなどがたたまれている。出費はやはり払わねばと指の節に顎をのせた。
買った品の封を切り、タオル類は広げて、ごわつく感触に試しに寝転がっていると寝室の戸が開いた。
勢いもつけない起き上がり方でベッドからおりた。
コンビニに行けないラフな格好の多田くんは厳しい目つきで眼鏡のフレームをずれてもいないだろうに押し上げた。
インナーを残して腰骨にときどきひっかからないハーフパンツは脱いでしまっていたし、丈は腿まであるゆるゆるのTシャツ姿で紘鳴は出迎えた。
「……その、湯冷めをしそうな」
戸を後ろ手で閉めたくせに、まだ言う多田くんに伸び上がって紘鳴は腕を回し、首をホールドして唇の端を上げた。多田くんがため息をついて武骨に紘鳴を腰から胸を抱えた。大きな手が抱き上げてくれるのに紘鳴は瞼をおろして力を抜いた。
ベッドに腰かけた多田くんの下半身に紘鳴がまたがると、多田くんは悲愴な手つきで顔をいったんおおってしまった。
「脚が、白い……」
つぶやきの情けない響きに紘鳴はなんとなく多田くんの背をさすった。
蛍光灯を点けっぱなしで紘鳴は問題ないけれど、こう明るいとどうなんだと頭を傾けて、いましがたも外さなかった眼鏡を差し出させようとした。
襟ぐりから鎖骨も肩ものぞけていた。多田くんの指が髪を耳によけた。紘鳴は身を引いた。
「……ッ」
執拗に舐られて、吸われて痕をつけられる。
本当に、手始めに痕をつける男だ。
食まれて肌を嗅がれると途端に全身汗ばんできて、見るからに脚が柔らかくなる。
大きな手が太腿を撫ぜて一瞬、そちらに凄まじく剣呑な視線を落とした。
「……ぽかぽかするくらいには浸かりました」
「ぽかぽか……」
気むずかしい声で繰り返す多田くんの足をおりて、となりに乗り上げる。
紘鳴はベッドの真ん中でくるりと多田くんに向き、ぺたんと尻をつけた。
「多田さん。どうぞ」
開いた膝の間を手のひらでたたいて示す。膝を立てて、もう片方は伸ばす。多田くんは不満そうに紘鳴を見返して、腰を上げた。
「……ぼくはいつまで、たださん、なんですか」
のけぞり気味に後ろに手をついた紘鳴はつまらなそうに押し倒されると、きゅうっと曲げた脚を多田くんに巻きつけた。
「いちばん言いやすい。でも、そうだな」
脱がされないTシャツの裾から大きな手が入って、空いている手は髪をよけた。眉をひそめた紘鳴の呼吸が深くなる。
「優哉だから、ゆうくん、んっ、ぁ」
「いやです」
胸に指先がふれ、身体をくねらせた紘鳴はTシャツの下の多田くんの手を押さえた。押さえた大きな手の上から、紘鳴は己の薄い腹をさする。
「ゴムも何も用意してもらって悪いが、今夜はそうしたかったらなかに出してもいい。……あとで掻き出すのが手間だけど」
多田くんの手を離した。ゆったりねそべった。
「優哉」
こわばった顔を見つめていると自然にこぼれた紘鳴は唇に笑いを浮かべた。
抱き起こして首筋を咬みながらTシャツをめくり脱がしてくる耳元に、紘鳴は息をふくらまし、せがむように男の名前を流しこんだ。
腰をつかまれ、奥へ深く擦り当てられる。潤んだ目がまばたくと、顔を伏せたほうへ滴が流れる。
入れた動きよりも長くかけてゆっくり引き抜くのに合わせて、しごく手の指がとろとろと濡れそぼった性器の先端をぬるぬる撫で回す。
「ゆう、やっ、でない、のっ、ゆび、さわった、ら」
感覚でもう射精ではいかないとわかるのを告げる途中も、指を沿わせて、曖昧に揺すって、また少しずつ入れてくる。
性器からぐちゃりと大きな手が惜しそうに離れていったら、肩に担がれた脚のくるぶしを口に持っていって歯を立ててかじられる。無言なのに口を大きく開く気配に、一気に噛み砕かれるような怯えに襲われ手元の布地を握って身体をずり上げようとした。
気づいた手が足首を肩に戻し、紘鳴の逃げる腰を両手でつかみ、しばらく思案するように黙ったのち、身体を折るように持ち上げた。つま先をぐらぐら振って、紘鳴の声は悲鳴に近くなった。
どうにかして手を伸ばすと首に齧り付かせてくれる。
紘鳴の目がなにも映さなくなって、奥に欲しいと内壁が収縮する。
短い呻きとともに、なすりつけるみたいに細かく揺さぶって、ようやく体勢を戻して横たえる。すがりつく紘鳴の手を、背から取って甲をきつく吸い、指の関節をかじって、すべての指の股を順に舐った。自分の指をぬぐって、紘鳴の額に張りついた髪をよけ、反応が返ってくると休ませ、緩んだところで抜いた。
紘鳴はくったりと見上げて、下半身は小さくがくがくふるえていた。また中に出されなかった。するとしたら最後にします、と始めにしかつめらしく考えこんで言ったのだ。つまり中出ししたら寝かせてくれると思う。
髪を耳によけられ、キスすると舌が絡まって、腿を別けた手が、あてがった。ひたっと柔くて、どろどろに熱い。
いつでも、硬く張りつめてえぐいと感じていた。押しひらかれて、腿の内側を下生えと陰嚢がびたびたうち、絞めているふちを数本の指がなぞった。含んだ下腹をねっとりと撫ぜられ、内壁がきゅうと窄まって、まだ重みを増して抉られる。性器を伝う指と
「ふ、ひゃ……やぁっ」
耳たぶを這う舌先に、暴れる声を上げても、頭を動かす力が入らない。つつんだ粘膜がえぐいかたちに引き摺られる。つらく疼く奥に何度も入ってくる。
紘鳴は思い通りに動かない腕をむりやり持ち上げ、多田くんの頬をはたいてキスを命じ、胸の奥底が全部打ち割られるみたいな瞬間に、多田くんが身体の内に深く沈みこんだ。
さざなみのようなふるえが走って、紘鳴は粘膜を満たされた。
目が動かない紘鳴のなかは収縮がおさまらなくて、多田くんは留まっていられなくて自ずから動いて、引き抜き、外気にふれた。
血色で薄く色づいた白い脚の間を溢れ出てくる体液に多田くんは唾液を飲みこんだ。
春秋用のコートに袖を通して、合わせのボタンはとめなかった。
初めて泊まった連休、多田くんは自身も寝てないのに明け方に紘鳴を風呂に運び、洗濯までしていた。そして休み中何かにうろたえ続け、紘鳴と距離を取った。怪訝な顔をするも、紘鳴は問いたださなかった。
新年度が始まる直前に、英気を養ってほしかった。あの様子だと、そんな為にならなかったかもしれない。
紘鳴は暇だと呼び出しに応じ、知り合いたちに「扱いづらくなった」と言われるようになった。
もうすぐに四月だ。
会う時間が減ると思う。
どこへ多田くんが去って行っても、紘鳴の身体はひとつで欠ける部分もない。
欠けはしないが、泊まった夜に割られて、どうやっても繋ぎ合わせることはできなくなった。
事務所の物件の複数の鍵を締め、エントランスの戸を開けた。
春の夜に待ち合わせている。
帰らなくてはだめだと思っていたからだ。
部屋でお湯を沸かしてコーヒーをいれる多田くんに毎度の如く紘鳴がくっつくと、最初のころは身体が戸惑ったかんじで傾いでいた多田くんも今は平気で目立った反応もない。紘鳴はくっつくだけで、いつもぼけっと多田くんの手元を見つめて、ふたつのマグにコーヒーが注がれるのを待っている。
大きな手がキャニスターを開ける。コーヒーの粉のいい匂いが香って、紘鳴は訊くことを思い出して、スケジュール上では多田くんが二日連続で休みをとれるのはあと一回か、訊いた。
「……それは、そうです」
ヤカンの口からすうっと消えていく湯気に「この部屋でしてもいい」と言った。
コーヒーの粉をそれ用のスプーンから調理台にこぼした多田くんはしばらく動かず、紘鳴は「こぼしてるぞ」と顔を上げた。
それからお湯もこぼしそうになる多田くんに、紘鳴はおもわず多田くんの大きな手をおさえた。
「いったん置く」
「……すみません」
紘鳴がそばに立っていると、よくないかと多田くんから離れた。
コーヒーの割合が少ないカフェオレになった。飲み干して、マグをローテーブルにつまんだ指と置いた。
「でも、ベッドとか……準備がいるというか」
うちのふとんは洗えるやつだろう。
多田くんがいつになくのっそりとあぐらをかいて、紘鳴の話をそこまで聞いてから自分のマグに口をつけ、きっといくぶんか冷めたコーヒーを一気にあおった。
「金はこっちでもつから、タオルとか……防水のとか勝手に買ってしまっても」
勝手と買ってがシャレになってしまった。にじり寄って多田くんのあぐらの膝をまたいだ。
先日は油断していた。もうちょっと構えるべきだった。もともと紘鳴は体力があるというかタフである。あんなふうに抱き潰されることはまずない。にもかかわらず気持ちがぐずぐずに、構えてなかったせいで、最後のほうは力が入らなくなって
「多田さんがこの部屋でしたくないんだったら、しません、ん」
いきなり腰をきつく抱き締められて、首筋を嗅がれる。かまえてなかったから嗅がれるのに腰が落ちる。
「……持ち堪えるつもりでいるので、少し、待ってください」
鎖骨を舐めるような声に、おもわず肩を持ち上げて離れようとしたけど腕の中から逃がしてもらえず、多田くんの息が落ち着くまで紘鳴はじっとしていた。
汗をかいて、紘鳴の身体はむだに柔らかくなっていたが、持ち堪えた多田くんは表情がきちっと静まってマグ二つをキッチンのほうに持っていった。洗う水音が聞こえる。
「ぼくが、買っておいてもいいですか」
毎度のように後ろから抱えこもうとしないで多田くんは紘鳴のとなりに腰をおろした。ローテーブルにどうぞと水の入ったグラスを置く。
「……金はぼくが払います」
両瞼を開いて瞳を多田くんのほうに動かした。
「ベッドの他にも、ちょっと気になることがあるんですが」
水を飲んで、紘鳴は四方の壁を見まわす。
「……なんでしょうか。……あの、どうしてまた敬語に」
「ヤる声がお隣に聞こえそうで」
紘鳴がのぞくように垂らした首を反らすと多田くんは黙った後、合わせた目を外さないままどうともないという調子で「その心配は全然……」と言った。そんなにこのマンションは造りがしっかりしているのか。しかしどれほど壁が厚くても、そういうのは聞こえてしまう
「紘鳴さんは声が小さいので」
「……」
過去、声についてはいろいろ言われた。それを「小さい」の一言で済まされるとは思わなかった紘鳴は反応に困った。たしかに紘鳴は声が小さいようで、本人の感覚の上では我慢もしていないが喘いでも、声は目立って大きくならないらしく、そのせいでわざとなんでも口にさせられた。
頬を固まらせて唇を曲げると多田くんは慌てたかんじになって
「え、あの、心配しなくていいという意味で、他意はない」
「わかっています。それではもう気になることは特にありません」
顎を引いて紘鳴は立ち上がった。多田くんもつられたように立って、紘鳴は向き合うように睨む。
「この部屋に泊まって、ヤッていいんだな」
焦った素振りで紘鳴の両手をなだめるように握った多田くんが、おもむろに苦しげな顔になった。
「ずっと」
低くて、掠れた声だった。
「ずっと帰したくなかった」
「……」
玄関先ではまだ習慣は直らず帰り際多田くんに屈ませて偉そうにふんぞり返って唇を押しつけた。
でもいつもより長く押しつけて、多田くんの指先が顎と喉のつけねにふれそうになったのを感じて離れた。
多田くんの部屋を出て、夜気に火照った顔を当てて冷やした。
泊まるとなると、いちおう着替えなど持ってこないといけない。そう考えると紘鳴は持ちこんだ私物は、絶対すべて持ち帰るように、それだけは気をつけなくてはと顔を引き締めた。
それから、知り合いの仕事の呼び出しにも予定のない日はおもむいて、多田くんの予定に合わせて週三で夜、多田くんの部屋に行った。ホワイトデーも過ぎていった。一応は何かする気で、しかしそういう行事に仕事でしかタッチしてこなかった紘鳴はバレンタインにチョコをもらったお返しに何を渡すのが正しいかわからなくて、消え物を、量の少なめで渡すことにした。
多田くんの手元に残らない、すぐになくなってしまう、渡したこともすぐに失われる物を。
巷の流行りを参考にビターが売りの菓子を多田くんが喜んでくれたか、まるで読み取れなかった。
なぜなら一個つまんだ多田くんは残りの少ない量のあらかたを紘鳴に食べさせたからだ。複雑な気持ちで食べて、多田くんに何をどうして欲しいか訊いてみた。
「……来年の春も、ぼくと過ごしてく」
紘鳴は続きを言わせまいと眼鏡を取り上げて多田くんの頭を平らな胸にぎゅっとした。
多田くんの部屋に泊まりに行った。いつもより荷物が多い紘鳴に、待ち合わせの場所で多田くんが微妙に目をそらした。
せっかくの休みだ、とゆっくりさせられないのかと紘鳴は、淡い色の端々がだんだん濃く、暗くなる空を見上げて、星が見えるなと歩みが遅くなった。その途端、多田くんに強い力で手を引かれた。
「……」
口を薄く開いた紘鳴のほの白い息が、声になって立ち昇った。
部屋でも、多田くんはいつにもまして黙っていた。だが、訊くと洗濯もしてあるし冷蔵庫には作り置きの種類も多いというスキルの高さを見せつけ、ばっちりかと紘鳴はコーヒーなしで風呂に先に入るのは自分か、とぼんやり坐りつくのをやめた。
紘鳴は苦い思いで、多田くんに寝間着としてウエストゴムのきついハーフパンツとTシャツを借りる。
身体の手入れも準備も平生と変わりなくしてきた。そういえば多田くんは中出ししたいのかと思った。まだ一度もさせてない。正直言えば、紘鳴は中出しされるのが苦手だった。
浴槽に問答無用で湯を入れる多田くんに、紘鳴はほかほかになるまでお湯に浸かった。
「お風呂、先にいただきました」
交代で多田くんが風呂に向かって、寝室で紘鳴は多田くんが買ったとおぼしき重装備のタオルなどがたたまれている。出費はやはり払わねばと指の節に顎をのせた。
買った品の封を切り、タオル類は広げて、ごわつく感触に試しに寝転がっていると寝室の戸が開いた。
勢いもつけない起き上がり方でベッドからおりた。
コンビニに行けないラフな格好の多田くんは厳しい目つきで眼鏡のフレームをずれてもいないだろうに押し上げた。
インナーを残して腰骨にときどきひっかからないハーフパンツは脱いでしまっていたし、丈は腿まであるゆるゆるのTシャツ姿で紘鳴は出迎えた。
「……その、湯冷めをしそうな」
戸を後ろ手で閉めたくせに、まだ言う多田くんに伸び上がって紘鳴は腕を回し、首をホールドして唇の端を上げた。多田くんがため息をついて武骨に紘鳴を腰から胸を抱えた。大きな手が抱き上げてくれるのに紘鳴は瞼をおろして力を抜いた。
ベッドに腰かけた多田くんの下半身に紘鳴がまたがると、多田くんは悲愴な手つきで顔をいったんおおってしまった。
「脚が、白い……」
つぶやきの情けない響きに紘鳴はなんとなく多田くんの背をさすった。
蛍光灯を点けっぱなしで紘鳴は問題ないけれど、こう明るいとどうなんだと頭を傾けて、いましがたも外さなかった眼鏡を差し出させようとした。
襟ぐりから鎖骨も肩ものぞけていた。多田くんの指が髪を耳によけた。紘鳴は身を引いた。
「……ッ」
執拗に舐られて、吸われて痕をつけられる。
本当に、手始めに痕をつける男だ。
食まれて肌を嗅がれると途端に全身汗ばんできて、見るからに脚が柔らかくなる。
大きな手が太腿を撫ぜて一瞬、そちらに凄まじく剣呑な視線を落とした。
「……ぽかぽかするくらいには浸かりました」
「ぽかぽか……」
気むずかしい声で繰り返す多田くんの足をおりて、となりに乗り上げる。
紘鳴はベッドの真ん中でくるりと多田くんに向き、ぺたんと尻をつけた。
「多田さん。どうぞ」
開いた膝の間を手のひらでたたいて示す。膝を立てて、もう片方は伸ばす。多田くんは不満そうに紘鳴を見返して、腰を上げた。
「……ぼくはいつまで、たださん、なんですか」
のけぞり気味に後ろに手をついた紘鳴はつまらなそうに押し倒されると、きゅうっと曲げた脚を多田くんに巻きつけた。
「いちばん言いやすい。でも、そうだな」
脱がされないTシャツの裾から大きな手が入って、空いている手は髪をよけた。眉をひそめた紘鳴の呼吸が深くなる。
「優哉だから、ゆうくん、んっ、ぁ」
「いやです」
胸に指先がふれ、身体をくねらせた紘鳴はTシャツの下の多田くんの手を押さえた。押さえた大きな手の上から、紘鳴は己の薄い腹をさする。
「ゴムも何も用意してもらって悪いが、今夜はそうしたかったらなかに出してもいい。……あとで掻き出すのが手間だけど」
多田くんの手を離した。ゆったりねそべった。
「優哉」
こわばった顔を見つめていると自然にこぼれた紘鳴は唇に笑いを浮かべた。
抱き起こして首筋を咬みながらTシャツをめくり脱がしてくる耳元に、紘鳴は息をふくらまし、せがむように男の名前を流しこんだ。
腰をつかまれ、奥へ深く擦り当てられる。潤んだ目がまばたくと、顔を伏せたほうへ滴が流れる。
入れた動きよりも長くかけてゆっくり引き抜くのに合わせて、しごく手の指がとろとろと濡れそぼった性器の先端をぬるぬる撫で回す。
「ゆう、やっ、でない、のっ、ゆび、さわった、ら」
感覚でもう射精ではいかないとわかるのを告げる途中も、指を沿わせて、曖昧に揺すって、また少しずつ入れてくる。
性器からぐちゃりと大きな手が惜しそうに離れていったら、肩に担がれた脚のくるぶしを口に持っていって歯を立ててかじられる。無言なのに口を大きく開く気配に、一気に噛み砕かれるような怯えに襲われ手元の布地を握って身体をずり上げようとした。
気づいた手が足首を肩に戻し、紘鳴の逃げる腰を両手でつかみ、しばらく思案するように黙ったのち、身体を折るように持ち上げた。つま先をぐらぐら振って、紘鳴の声は悲鳴に近くなった。
どうにかして手を伸ばすと首に齧り付かせてくれる。
紘鳴の目がなにも映さなくなって、奥に欲しいと内壁が収縮する。
短い呻きとともに、なすりつけるみたいに細かく揺さぶって、ようやく体勢を戻して横たえる。すがりつく紘鳴の手を、背から取って甲をきつく吸い、指の関節をかじって、すべての指の股を順に舐った。自分の指をぬぐって、紘鳴の額に張りついた髪をよけ、反応が返ってくると休ませ、緩んだところで抜いた。
紘鳴はくったりと見上げて、下半身は小さくがくがくふるえていた。また中に出されなかった。するとしたら最後にします、と始めにしかつめらしく考えこんで言ったのだ。つまり中出ししたら寝かせてくれると思う。
髪を耳によけられ、キスすると舌が絡まって、腿を別けた手が、あてがった。ひたっと柔くて、どろどろに熱い。
いつでも、硬く張りつめてえぐいと感じていた。押しひらかれて、腿の内側を下生えと陰嚢がびたびたうち、絞めているふちを数本の指がなぞった。含んだ下腹をねっとりと撫ぜられ、内壁がきゅうと窄まって、まだ重みを増して抉られる。性器を伝う指と
「ふ、ひゃ……やぁっ」
耳たぶを這う舌先に、暴れる声を上げても、頭を動かす力が入らない。つつんだ粘膜がえぐいかたちに引き摺られる。つらく疼く奥に何度も入ってくる。
紘鳴は思い通りに動かない腕をむりやり持ち上げ、多田くんの頬をはたいてキスを命じ、胸の奥底が全部打ち割られるみたいな瞬間に、多田くんが身体の内に深く沈みこんだ。
さざなみのようなふるえが走って、紘鳴は粘膜を満たされた。
目が動かない紘鳴のなかは収縮がおさまらなくて、多田くんは留まっていられなくて自ずから動いて、引き抜き、外気にふれた。
血色で薄く色づいた白い脚の間を溢れ出てくる体液に多田くんは唾液を飲みこんだ。
春秋用のコートに袖を通して、合わせのボタンはとめなかった。
初めて泊まった連休、多田くんは自身も寝てないのに明け方に紘鳴を風呂に運び、洗濯までしていた。そして休み中何かにうろたえ続け、紘鳴と距離を取った。怪訝な顔をするも、紘鳴は問いたださなかった。
新年度が始まる直前に、英気を養ってほしかった。あの様子だと、そんな為にならなかったかもしれない。
紘鳴は暇だと呼び出しに応じ、知り合いたちに「扱いづらくなった」と言われるようになった。
もうすぐに四月だ。
会う時間が減ると思う。
どこへ多田くんが去って行っても、紘鳴の身体はひとつで欠ける部分もない。
欠けはしないが、泊まった夜に割られて、どうやっても繋ぎ合わせることはできなくなった。
事務所の物件の複数の鍵を締め、エントランスの戸を開けた。
春の夜に待ち合わせている。
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ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
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