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023 いちばん甘いこと

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あいつ(俺)×ぼく 雰囲気r-15 社会人CP 甘いもの、嫌がること、察すること、好きな



「ザラザラざらめ……」
 つぶやいて、ぼくはそのカステラの下の薄い紙をゆっくり、あまりカステラの底がいっしょにこそげていかないように注意して剥がした。
 それからひとくち、ふたくちと口に入れた。底に何粒かざらめが敷いてあるやつで、それを噛み砕く。

 あいつは甘いものが嫌いだ。
 甘いものを食べたあとのキスを嫌がる。
 だから、意図的にぼくは甘いものを食べるときがある。喧嘩したときとか。
 今日はキスをしたくないととびきり甘そうなケーキを買って帰ったりする。
 だからもうあいつも、甘いものを、そういう合図というかぼくからのしたくないサインだと思っている節がある。
 それは、正しい日もあれば、正しくない日もある。意図して、合図として機能させてる日もあるが、そうじゃない日もある。

 今日はそうじゃない日だ。
 たんにカステラが食べたかった。
 この店のやつを。
 今日が最後だったから。寄ることができてよかったポップアップショップ。

 なのに、あいつは何を勘違いしたのか、ぼくが買ってきたカステラの箱を取り出したらちょっとシュンとした顔になった。
 外では冷静沈着できりっとして、たぶん職場では人をまあまあ威圧しているだろういかつさの背丈の、あいつが、一瞬で落ちこんだ様子の、肩を落とした大型犬みたいになって、目をそらして自分の部屋に行くのを、ぼくはキッチンでカステラの箱をぺりぺり開けながら見送った。

 ちがうのに、とカステラを味わい終えて、明日の分として残した何切れかを箱にしまう。

 ドアをノックする。
 顔を出す。険しく眉を寄せた、探る表情だ。
「コーヒーは?」
 ぼくは言った。
 まだ何か考えるように、こちらを睨んだまま、黙っている。

 しょうがない奴、とぼくは手をつかみ、指を絡めた。
 ぐぃっと部屋から引きずり出した。

 コーヒーを淹れる姿を見ていた。
 こいつの好きなコーヒーの、芳醇な匂い。
 ブラックで飲んでいる。
 ぼくには想像もできない味。ぼくはミルクも砂糖もたっぷり入れる。
 じっと見つめると、まだほんのわずかに疑っている目で見下ろしてくる。
 ぼくの今の機嫌を推し測っている。
 まだ、そこにカステラの箱があるからかもしれない。

 ためいきをついて、ぼくはマグカップを持つ大きな手に、手を伸ばして添えて少しこちらに寄せて、身を乗り出してブラックをひとくちだけもらう。苦い。
 そうしてやっと、わかったらしく、大型犬の落ちこんだ目つきが活気を取り戻す。

 しかし……甘いものじゃなくて、甘いものを買ってきたぼくの表情と様子と空気で、判断してほしい。

 それを、やや鈍くて、ぼくについては冷静に察そうとしないこいつに言うのは酷だけど……。

◇◇◇

 風呂上がりに、乾かすまえにぼくの髪に長い指をむぎゅと差し入れてくるのが気持ち良い。
 よくわからないけど、こいつはそうするのが好きみたい。
 無造作な指。
 こんなことされて、気持ち良いのは、こいつ限定。

 ベッドでゆるくキスした後、これからは甘いものではない、言葉でちゃんと訊くこと、と言いつけると、なんとなく釈然としない顔でいちおうといったかんじで「わかった」と言う。

 抱っこさせて、その首元にぼくは顔をくっつける。
 鎖骨さえ太いような骨を感じる肌がふれる。
 ここが落ち着くのだとくっついていると、頭ごと掴み直されて、離されて、抱きしめられる。
 今日はまだ何かさびしがっている、とぼくは抱きしめ返した。すると

「……俺にとっては、おまえとの、……いちばん甘いからな」

 ぼそっといきなり、しごく真面目なトーンでささやくから、ぼくはまばたいた。
 だから、身体を押して離れて、「ん、んなこと、ない」と変なふうに答えてしまった。
 ぼくの反応に「……?」と首を傾げる様子で、腕がぼくをあらためて捕まえる。
 そして、甘いものと言うみたいに首筋を噛まれて、力が抜ける。

 もういちど、「そんなことはない」と言い渡したいのに、言えなくなってしまった。
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