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018 この世へ、とその胸に
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彼×オレ けっこう不思議なかんじの、引き戻される話。暗い道を歩いている、どこだここは
暗い路地を、鴉が鳴いている。
こんな夜中でも、鴉が鳴くのだなと思った。
左右の塀からずっと、わさわさと葉の繁った枝が突き出ている。
車一台くらいは通れそうな、直線の路を歩いていた。
電柱にくくりつけられた灯りが高く、ひどく硬いような白さの光で浮かび、薄暗い路地には人気がなかった。
どこからか、自転車のタイヤが回転するような音が聞こえてきたが、何もそばを通らない。
誰ともすれ違わない。
ここまでの道のりがあやふやだったが、足をとめずに歩き続けた。いや、とめられなかった。ここでとまっても、というおかしな気持ちだった。
本当はそんなこと思っていないのに、その気持ちは強く、まるでなにか見えない手に背中をおされてでもいるみたいに歩みをいったんやめることができない。
立ち止まりたくて、後ろから押してくる手から気をそらすように空模様を見上げようとしても、頭がちょっと持ち上がるだけで、うまく上へ向けられなかった。
灯りを浴びてところどころ緑が艶っぽく光る枝葉の重なりの影が黒く濃く、それを辿ると、一点だけ赤い実があった。とても小さい、橙の色味が強い赤い実だった。
なんとなく、それに手を伸ばしたかった。
その実のしたを通り過ぎさま、手を伸ばせたのに、払うみたいに指で弾くだけで終わってしまった。
残念だった。
はて、どこだ、ここはと思った。
初めて、そう思い、開けた十字路に出たところで、立ち止まることができた。
塀に囲まれた十字路で、どっちに角を曲がればいいか、まっすぐ行けばいいか、わからない。
たちすくんだ格好で、見わたした。
渡った向こうは、路地はだんだん細くなっていくようで、暗く、先がよく見えない。
街灯もなくなっていくような、その方へ行きたくないのに、いいから渡ってしまえと何かの手にまた背中をおされるようで、足を踏み出そうとした。
悔いがあるとすれば――
ふいに『誰か』のことを思った。
急に左腕をつかまれた。
前へ進みたがって重たい身体を、後ろに引きずられるようにひっぱられる。
遠くから、おもいっきりスイングしたものが、破壊を繰り返すような、派手に落ちて崩れるような音がふたたび耳を劈く。
◇◇◇
瞼がむずと動く。髪がなんだかべたついている。顔にはりついている。
全身が、痛いなと目をあけた。
彼の顔が見えた。
見ているこっちが、可哀相に思うくらい、切羽詰まった表情をしていた。
その表情に、大丈夫だと答えて安心させてやりたいのに、うまく声が出ない。
背中に彼の腕がまわって、ゆるく抱えてくれる。なんだかとても安心した。
彼がこちらの首元で何か小声でつぶやいたようだったが、聞きとれなかった。
事故に遭いかけた人を……昼間の駅に近いビル街で再開発中の建設現場から頭上に落ちてくる大量の金属のパイプや柱などから……助けて、自分が死にかけたことを病院で治療を受けているあいだに知ったというか、そうだったかとオレはなんとなく思い出した。
生死をさまよってしまったわけだ、とオレはぼんやりと思った。どうも意識はまだぼんやりしているのに暗い路地はどうしてか、はっきりと覚えていて、あのままあっちへ渡ってしまわなくてよかったと思う。
駅で、合流するのを待っていた友人の彼は、人を助けに、オレがとてもヤバい瞬間にためらいなくつっこんでいくのを見ていたようで、そのあとに駆けてきていろいろ下敷きになっていた狭い場所からオレを助け出してくれたらしい。
彼から聞いた話。
あの十字路で、オレは「悔いがある、なら」と思った。『誰か』を思った。
彼のことを想った。
オレは彼に片想いしていた。
まだ彼に何にも言えてないし、これからも言えないかもしれない。そして、彼が他の人と付き合うような未来がある、としても……。
いや、治ったら、退院したら、もう当たって砕けてもいいから言いたいな、と今日も見舞いに来てくれた彼を見上げた。
当たって砕けても、と瞼を閉じた。
あの暗い路地の光景からして、たぶん一回、オレは人としては砕けたのだろう。
でも、彼を想って、それに引きずられて、この世にまた来れた。
これから告白するとしても――そのことは、胸にずっと秘密にしておこうと思った。
暗い路地を、鴉が鳴いている。
こんな夜中でも、鴉が鳴くのだなと思った。
左右の塀からずっと、わさわさと葉の繁った枝が突き出ている。
車一台くらいは通れそうな、直線の路を歩いていた。
電柱にくくりつけられた灯りが高く、ひどく硬いような白さの光で浮かび、薄暗い路地には人気がなかった。
どこからか、自転車のタイヤが回転するような音が聞こえてきたが、何もそばを通らない。
誰ともすれ違わない。
ここまでの道のりがあやふやだったが、足をとめずに歩き続けた。いや、とめられなかった。ここでとまっても、というおかしな気持ちだった。
本当はそんなこと思っていないのに、その気持ちは強く、まるでなにか見えない手に背中をおされてでもいるみたいに歩みをいったんやめることができない。
立ち止まりたくて、後ろから押してくる手から気をそらすように空模様を見上げようとしても、頭がちょっと持ち上がるだけで、うまく上へ向けられなかった。
灯りを浴びてところどころ緑が艶っぽく光る枝葉の重なりの影が黒く濃く、それを辿ると、一点だけ赤い実があった。とても小さい、橙の色味が強い赤い実だった。
なんとなく、それに手を伸ばしたかった。
その実のしたを通り過ぎさま、手を伸ばせたのに、払うみたいに指で弾くだけで終わってしまった。
残念だった。
はて、どこだ、ここはと思った。
初めて、そう思い、開けた十字路に出たところで、立ち止まることができた。
塀に囲まれた十字路で、どっちに角を曲がればいいか、まっすぐ行けばいいか、わからない。
たちすくんだ格好で、見わたした。
渡った向こうは、路地はだんだん細くなっていくようで、暗く、先がよく見えない。
街灯もなくなっていくような、その方へ行きたくないのに、いいから渡ってしまえと何かの手にまた背中をおされるようで、足を踏み出そうとした。
悔いがあるとすれば――
ふいに『誰か』のことを思った。
急に左腕をつかまれた。
前へ進みたがって重たい身体を、後ろに引きずられるようにひっぱられる。
遠くから、おもいっきりスイングしたものが、破壊を繰り返すような、派手に落ちて崩れるような音がふたたび耳を劈く。
◇◇◇
瞼がむずと動く。髪がなんだかべたついている。顔にはりついている。
全身が、痛いなと目をあけた。
彼の顔が見えた。
見ているこっちが、可哀相に思うくらい、切羽詰まった表情をしていた。
その表情に、大丈夫だと答えて安心させてやりたいのに、うまく声が出ない。
背中に彼の腕がまわって、ゆるく抱えてくれる。なんだかとても安心した。
彼がこちらの首元で何か小声でつぶやいたようだったが、聞きとれなかった。
事故に遭いかけた人を……昼間の駅に近いビル街で再開発中の建設現場から頭上に落ちてくる大量の金属のパイプや柱などから……助けて、自分が死にかけたことを病院で治療を受けているあいだに知ったというか、そうだったかとオレはなんとなく思い出した。
生死をさまよってしまったわけだ、とオレはぼんやりと思った。どうも意識はまだぼんやりしているのに暗い路地はどうしてか、はっきりと覚えていて、あのままあっちへ渡ってしまわなくてよかったと思う。
駅で、合流するのを待っていた友人の彼は、人を助けに、オレがとてもヤバい瞬間にためらいなくつっこんでいくのを見ていたようで、そのあとに駆けてきていろいろ下敷きになっていた狭い場所からオレを助け出してくれたらしい。
彼から聞いた話。
あの十字路で、オレは「悔いがある、なら」と思った。『誰か』を思った。
彼のことを想った。
オレは彼に片想いしていた。
まだ彼に何にも言えてないし、これからも言えないかもしれない。そして、彼が他の人と付き合うような未来がある、としても……。
いや、治ったら、退院したら、もう当たって砕けてもいいから言いたいな、と今日も見舞いに来てくれた彼を見上げた。
当たって砕けても、と瞼を閉じた。
あの暗い路地の光景からして、たぶん一回、オレは人としては砕けたのだろう。
でも、彼を想って、それに引きずられて、この世にまた来れた。
これから告白するとしても――そのことは、胸にずっと秘密にしておこうと思った。
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