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015 OUTSIDER ENCOUNTER(アウトサイダー・エンカウンター)

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俺×彼 高校時代、荒れていた俺と、世話係みたいになった同級生の意外な場面



 乱闘、殴り合いの喧嘩というのは嫌な現実を忘れさせてくれた。その「瞬間」に「何も無くなる」ような爽快な感覚。俺はそれを求めていた。
 今となっては、苦い記憶だ。
 俺が喧嘩をほぼやめられるようになった転機点は、とある奴……同級生の意外な場面を見た日である。

 高校時代、俺は荒れていた。
 家庭環境も良くなかったし、学校は面白いことが何もなかった。そして誰とも親しくする気は無いのが、一匹狼的に悪目立ちして、浮いていた。どいつもこいつも、こっちを見てひそひそ話して、睨んだら、怖がりやがる。
 それにひきかえ、喧嘩は楽しかった。
 殴り合いの感覚は、爽快で、全身に有り余る何かを発散させられて、しかも相手をぶん殴り倒した後にはたたきのめしたという大きな達成感も得られた。俺はそれらがないと生きていけないくらいになっていた。

 荒れて、高校に入ったものの、面白くなくて行く気にならないからサボりを重ね、登校日数ぎりぎりで二年に進級した。が、もう中退するかと思っていた。
 そんな俺に、世話係のような役を担わされたらしい同級生が居た。注意したら暴れだしそうな生徒を教師たちも直接扱いたくなかったのだろう。
 その同級生は見るからに優等生ぽくて、学級委員ではなかったが見た目が学級委員のようだった(たぶん学級委員にならなかったから、俺の世話係を任されたのだ)。
 しかし、この優等生は俺に対して、まったく怖がる表情を見せずに平気で話しかけてくるのが不思議だった。
 ふわりとした髪の、ひょろっとした優男の眼鏡でおとなしそうなかんじなのに、俺に話しかけてくるときにいちいちキョドキョドとしない。機嫌の悪そうな声にビクついたりしなかった。「くん付け」で呼んで、ふつうに接してくる。
 みんなが恐れる、素行が悪い大きなクマに、小さく細いリスが、まるで同類に話すように態度を変えない、みたいな構図だ。
 見かけのわりに度胸がある、ということかと俺はなんとなくこの優等生には、苛つきや「おもしろくねえ」という気分の悪さをあまり抱かなくなって、さらさらとあっさりとした日常的な会話をするくらいにはなった。
 授業ノートもプリントも、学校行事についても、この優等生が渡してきたり、持ってきたり、教えたりしてくる。

 そしてよくよく見ると、この優等生は、俺とは別のかたちでクラスで浮いていた。
 誰にでも親切そうで柔和で、学級委員ぽいのに、特別、仲が良い友人などがいないようだった。上面の付き合いはうまくやっているようだが、いつもいっしょにいる仲間というのがクラスの内に存在していない。
 つけ加えて、誰もが怖がる不良の俺に平然と話しかけていく姿も、他の連中からは奇異に見られているようであった。
 見かけのわりに、変わり者なのかもしれないと俺は優等生と話しながら、周りからの視線にいちいちガンをつけて、震え上がらせていた。

 喧嘩明けで登校したら、いつもどおりリスがくるみを持ってくるみたいに、寄ってきて一学期期末考査期間について、赤点だった場合の追試についてを伝えにきた優等生の言うことを右から左へ聞き流した日の帰りだった。
 駅前から、人の喧騒を、俺は殴り合いできそうな、喧嘩できそうな場面を求めて歩いていた。
 すると、下卑げびた笑いと恫喝が聞こえてきた。
 そっちに行くと予備校や塾が並ぶ通りの端で、不良がひとりを囲んでいるのが見えた。
 違う制服の、弱々しい男子生徒を、肩組みするように囲み、どこかに連れていこうとしている柄の悪い奴らをどうするか俺は眺めた。とりあえず、と考えて、その通りからまたさらに一本奥まった路地に入っていくのを追っていった。
 角を曲がるまえに、そちらから聞こえていた恫喝が、あわれな悲鳴と苦しげな呻き声に変わったので、俺は怪訝に思ってのぞいた。
 路地の、神社の手前で、違う制服の弱々しい男子生徒はカバンを頭の上に、ふるえて地面にうずくまっていた。その近くに柄の悪い奴ら数人は痛みに呻き、のたうつように転がっていた。

 そして、俺にいつもリスみたいに寄ってくる優等生が、残った柄の悪い二人を、素早く掴み背負い落とし、蹴り飛ばして、「ラスト!」と言わんばかりにおもいきり殴って飛ばす光景を見た。

 ひと息つくようにブレザーの砂を払って優等生は、地面にうずくまっている違う制服の弱々しい男子生徒にかがみ、声をかけて首を伸ばして、何事か囁いて、笑った。
 怯えた顔で違う制服の弱々しい男子生徒はうなずくような素振りでばたばた立ち上がって逃げる体勢で、通りの角から見ている俺の横を通り過ぎてどんくさく走っていった。
 のたうち倒れている柄の悪い奴らをまたいで、神社の前のカバンを拾って、優等生は振り返るように、こちらに視線をやった。
 その表情は、「変なところ見られちゃったな」と言ってどこか仕方なさそうでなにか愉快そうな笑みで、近づいてくる。

「さっきのは予備校で、ちょっと話したことがある子」並んで歩くあいだ、言った。
「喧嘩なんて……」
 駅前で、最後に優等生は俺を見て、つぶやいた。
「強いに越したことは無い。――だからといって……しないに越したことは無い」
 俺は目の前の同級生の正体を見極められないで、ただ「しないに越したことは無い? そうだろうか?」と思っていた。

 意外な場面を目撃して以来、彼とは、親しくなった。
 言われたことをさらさらと聞き流す会話じゃない、喧嘩の感覚について、家庭環境について、俺は自分のなかのもやもやしたものを言葉にした。
 俺の話に、彼はとくに自説をぶったりしなかった。ふん、ふんと聞いているだけだった。くるみを差し入れに来て、ついでにとなりに座って、クマの身の上話を聞くリスみたいに。

 そのころから俺は喧嘩への依存から脱け出していった。ほぼ彼のおかげである。そして高校を卒業できた。
 卒業した後も交流は、続いて、彼の家庭環境の話を聞くこともあった。二十歳を過ぎ、彼の部屋に行って酒を飲んで酔っぱらった夜、沈黙とともになぜか、顔を寄せてきた彼と唇を重ねてしまった。
 しばらく経って、俺のほうから言い出して、恋人として付き合いが始まった。
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