左右どっちもネームレスなSS

1st

001 溶けるもの 触れるもの

わたし×彼 相手への身体感覚は人それぞれだなというような（？）



　匂い。
　微かな匂い。
　柔らかい匂い。
　彼の匂いをそう感じるのはわたしが、彼の傍にいるからで、離れたら、その柔らかな匂いを感じることはできない。

　伸ばした手の、指のあいだをすり抜ける花びらのようだ。
　つかむことはできない。
　のどかな光といっしょで、実体のない、彼の一部を、今のところ、胸こころは確かに記憶している。

　その肩に顔を寄せてから、すぐ離れる。
「どうした？」と彼が微笑む。綿菓子みたいだ。

　ほのかに、シャーベットみたいに溶けていく。胸こころが、微かな、柔らかい匂いに浸っていたいと言う。

　誰よりも、きっと、彼の傍にいられるように。
　失いたくない。
　失えない。

　わたしの肩に、彼が笑って顎をのせてくる。
「なんか……わかんねえの」拗ねたように言い、指が確かめるみたいにわたしの首元に触れて、ゆっくりと、満足したように離れていった。