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俺とフィーは調理場を探すことにした。
フィーの後を俺がついていく。調理場には何か食事の用意をした形跡もない。
じゃあ、この騎士はここで何をしていたんだ?
やはりというべきか、騎士は普段から調理場を使っているものではないらしく、手当たり次第に棚の扉を開けていた。
「ありました! こっちに来てください」
そういって騎士は中央の棚の傍から、フィーを呼び付けた。
「何かあっ……」
そう言ってフィーが騎士に近づいた瞬間、騎士は棚から包丁を取り出した。鋭い刃を持つ大きめの包丁をそのままフィーの胸へと突き刺す。
まさかの光景だった。
「おい! 大丈夫かフィー?」
俺は急いで手に小石をいくつか召喚する。
それから、銀硝鉱石をこの部屋に展開して攻撃性の動き一切を把握することに努めた。
だが、騎士の腕をよく見てみると、フィーが騎士の二の腕を掴んで包丁の動きを止めていた。
そのままフィーは反対の手で包丁を持つ騎士の手首をひねり上げた。
「いたたたた……」
騎士は包丁を床に落とした。
フィーは騎士の腕を握ったまま俺の方を向く。
「コウセイさん、さっきのロープあるっスか?」
「ああ、待ってくれ。転移させる」
そう言って、手元にさっきの部屋から鉄のロープを転移させた。
それを受け取ったフィーが目の前の騎士をあっという間にロープで締めあげて拘束する。
「一丁上(いっちょうあ)がりっス。メアリスちゃんたちのところへ持っていくほうがいいっスよね」
「そうだ……」
俺が言い終わる前に、攻撃性の何かを探知した俺は、小石を使ってその何かを撃ち落とした。
フィーの背後で何かが粉々に砕け散った。
「痛っ!」
その破片がフィーの背中へと突き刺さった。
どうやら地面に落ちていた包丁が操作されたのを、俺の小石が砕いたようだ。
あの騎士の遅効性の魔法か何かかもしれない。
「おい、お前何をした?」
俺は拘束されている騎士を睨みつけて脅す。
「……精霊だ」
「なに?」
それにフィーが答えた。
「たぶん土の精霊を使って包丁を操作したんだと思う……っス」
精霊を使うとそんなことができるのか……。
いや、いまはそれよりもフィーだ。
「血が出ているが大丈夫か?」
フィーのドレスに少し血がにじんでいた。
「これくらい、ただの掠り傷っス」
俺は拘束された騎士をモキュのいた物置部屋へと放り込んだ。
捕まえた後は、けらけら笑うばかりで会話にならないと言うのもあった。
それからさっきの医務室へと戻って包帯を取ってきた。
しかし、これどうやって使うんだ?
グルグル巻けばいいのか?
「血が出ているんだ。一応手当を……」
さっき俺がやらかした色々なことを思い出すと過剰に心配している自分に気づいた。
首を撥ねてしまったのだから、その罪悪感からというのが正確かもしれない。
これ以上怪我をさせるのは自分としては許せないものがある。
と、そこで、服の上からはさすがに巻かないだろうことに気づいた。
「その、ドレスのファスナーを開けるけど……いいか?」
そう聞くと、フィーは意外にもあっさりオッケーした。
「いいっスよ。いや~、私もうかつだったっス」
ドレスの上部をはだけると、きめの細かい白い肌が俺の前にさらされる。
ちょっとドキッとしてしまった。
背中は普通に水着とかを着れば見える部分であるはずなのだが、思った以上に異性に免疫がないせいか、間近で見ると刺激が強すぎる感じがする。
変な気持を振り払い、治療のためだと自分に言い聞かせて破片を物質操作・転移で完全に取り除く。
跡が残るといけないからな。
それから水を召喚して、水流操作で傷口をきれいに洗う。
こういうときには、治癒魔法が便利だと改めて気づく。
まあ、使えないのだから仕方ない。
肌をきれいにすると、そこには小さな傷がある。
だが、それとは別に変な模様が背中の至る所に描かれていた。
なんだこれ?
円の中に読めない文字がたくさん書かれている。
最初、背中を見た時は血のせいかと思ったが、何かが違う。
「これは……」
その呟きを聞いてフィーが返す。
俺が何に疑問を持ったのか、すぐわかったらしい。
「それは魔法陣っス」
「なぜこんところに?」
魔法を使う際は、皆が地面に魔法陣を展開させていた。
しかも魔法を使えないはずのフィーになぜそんなものが身体に描かれているのか……。
「それは人体実験の結果……ていえばわかるっスか? 正式には『後付け』の魔法陣って言うっス。これで魔法の使えない私にも魔法が使えるのか実験をしていたんスよ」
「実験……じゃあ、家庭の事情と言っていたのはこれのことか?」
「あ~、それとは違うっスけど、無関係でもないっスね」
「そうか……」
それ以上、俺には聞く権利がないようにも思えたから、深く聞くのはやめておいた。
あくまでもこの子はモニカの友達としてここまで付いてきただけなのだ。
「……これがどういうものか聞かないんスか?」
フィーは少しだけ間をおいて呟いた。
俺は一度だけ頷く。
「ああ、聞いてもどうにもできないこともあるからな」
俺は包帯を巻き終わるとフィーはドレスを着直した。
最後にファスナーを締めて背中をトントンと叩いてやる。
そして、俺は改めてこう切り出す。
「でも……もしフィーが、俺に何とかして欲しいと思ったのなら言ってくれ。他にもお願いがあれば何でも聞くから」
俺はたぶんフィーのして欲しいお願い事を一つか二つくらいは聞いてもいいと思っている。
父親を殺してほしいなら今すぐその首を撥ねるくらいだってする。
今日起こったフィーの首を切り落としてしまった事件は、誰でもない俺の責任だ。
それにこの身体を見たら、自然と家庭内暴力を受けた女の子みたいに見えた。
俺がそれを悲しく思ったのはそれが一番の理由だったのかもしれない。
これを見ていると暴力で何度も怪我をしたまま学校へと通ったことを思い出させるのだ。
それに対してフィーは何かを考え込む。
「う~ん、そうっスね。その前に聞かせて欲しいんスけど、これからどこに行く予定なんスか? 帝国に帰ってそのまま滞在するっスか?」
「ああ、それをまだ話してなかったな。モニカの家を取り戻し次第、帝国をすぐにでも出発するつもりだ。中央大陸に行くことになるだろうな」
「モニカちゃんたちも一緒っスか?」
「一応、二人について来るか聞いて、『来る』と言ったら連れて行くつもりだ。役割もあるし、俺としても来てもらわないと困るしな」
「そうっスか。じゃあ……」
フィーは深呼吸して、再び言葉を続ける。
「二つのお願いを聞いてもらってもいいっスか?」
「二つ?」
「一つは、私をその中央大陸に一緒に連れてって欲しいっス」
「え……、まだモニカが行くかも決まっていないのにか?」
「そうっス」
「それは……」
俺は迷った。
というよりも本当にいいのか? という気持だった。
俺なんかについてきたって、何も良いことはないはずなのだ。
モニカは妹だし、ディビナは餌係、モキュはペットという立場だから、行きたいと言っても不思議には思わないが、フィーが付いてきたい理由がいまいちわからないのだ。
「やっぱりダメ……っスか?」
「ダメではないんだが……なぜかと思って」
「それは一言で言うと、コウセイさんをオモシロイと思ったから……て理由ではダメっスか?」
それを聞いて、やっぱりその答えを疑問に思ってしまったのだ。
あと、妖刀に見せられた幻を思い出してしまった。
俺は彼女たちからどんな容姿や内面に見られているのか……と。
「なんか変なこと聞くけどさ、俺ってその……見た目が気持ち悪くなかったり、中身が変だったりしないか?」
「ふふっ、このタイミングで本当におかしなことっスね。別に気持ち悪くないっスよ?」
「そ、そうか?」
なぜかフィーに元気づけられている気がする。
「そうっスよ。さっき私を助けようとしてくれた時もっスけど、かっこよかったっス。ただ……私は男の人の容姿の好みがあまり分かんないっス。だから、他の女性がどう思っているかはちょっと分かんないっスよ?」
「いや、いいんだそれは。気持ち悪くないと言ってもらっただけでも十分だ」
そうか。フィーのように容姿に頓着しない女の子もいるのか。
俺はてっきり、女子は異性に対してイケメンしか興味がないのかと思っていた。
恋愛や付き合うと言ったことを全くしたことのない貧相な発想だったと言うわけか。
「なら、よかったっス」
俺の目には、女の子の容姿をどう感じるだろうか?
とりあえず、フィーやディビナみたいに美人と可愛い要素がバランス取れている子が自分としては可愛いと思うのだ。
モデルの美人を見てもあまりいいと思わないし、ただ幼い可愛さだけでも物足りない。
経験もないのに、美観だけは贅沢なのは自分でも不思議には思っていたりする。
いかんな。贅沢を言っていられる立場ではないのだが。
せっかくだから自分の美醜感覚についても伝えた。
「ちなみに、俺から見ると、フィーはかなり可愛い方だと思う……」
「……え、あ、そうっスか?」
言葉に詰まるフィーは珍しかった。
「ああ、そうだ。それで二つ目は?」
フィーはそれを聞いて慌てて少しだけ驚いた表情を元に戻した。
「そうだったっスね。もう一つのお願いは私のわがままなんス。その、これからしなくちゃいけない用事が済んだらでいいんスけど、コウセイさんに私と……」
しばらく間を空けたと思ったら、やさしく俺の握り拳を包み込む。
「――私と結婚してもらえないっスか?」
「……は?」
俺はそれを聞いて思考が固まってしまった。
いまなんて言った?
けっこん……血痕? なわけないよな。意味がわからんし。
じゃあ、結婚……て言ったのか??
誰と? そりゃ、いまここには俺しかいない。
「……どうっスか?」
少しだけ恥ずかしそうに顔が紅潮していた。
いや、さすがにぶっ飛び過ぎだろ。
いきなり結婚してくださいって言われて、はいそうですかって答えられる奴は稀だ。
「それはちょっと……」
やんわりとお断りをする方向へと持っていくことにした。
こちらからお願いを聞くとは言ったが、さすがに想定外だ。俺でいいのか?というのもある。
『何でも』といった場合にもちゃんと暗黙の了解はあるものだ。結婚はタブーの一つだと思う。
少しだけ残念そうにするもまだ諦められないのか、俺の右手首をフィーの左手が掴んで持ち上げた。
「じゃあ、こ、これでどう……っスか?」
ゆっくりと手が懐へと運ばれて……、
俺の右手の先がフィーの左胸の膨らみに触れた。
「あ……」
柔らかくて、意外と大きい……じゃなくてだ。
「ディビナって子よりも大きいっスよ?」
「そ、それは……」
ドレス姿ではあまり大きく見えなかったのだが、触って初めて分かる。
かなり大きい。
そう言うことじゃなくて、早く手をどけなければならないのだが……。
フィーの手を振り払うことは容易のはずなのに、俺はなぜか抵抗できなかった。
脳の奥からあふれてくる感情がこの状態を維持しようとするのだ。
確かに俺も男だからこういう感情があふれてくるのも仕方ない。まるで自分の意思で触っているような感覚だった。
それに全く抵抗できない? それはあり得ないことのはずだ。
これは……なるほど。そういうことか。
この胸の感触は名残惜しいが、茶番を終わらせなければ。
俺は電気パルスを操作して、自分の精神系統を支配・掌握した。
これによって、外から一切の魔法・能力による干渉はできなくなる。
俺はようやくフィーの手を振り払うことができた。
そして俺はカラクリがバレてまずそうな顔をするフィーを正面から見つめて問うた。
「これは【魅了(チャーム)】のスキルだな。どういうつもりだ?」
「あ~、やっぱバレちゃったみたいっスね」
そういってフィーはゆっくりと立ち上がった。
俺は魅了(チャーム)使ってきたフィーの目を正面から見つめる。
フィーは目を泳がせた。
「なんていうかこれは……そう! コウセイさんを試したんすよ」
なぜフィーは動揺しているんだ?
「いや……なんで俺が試されるんだ? このまま俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ……」
「それはその……。別に【魅了(チャーム)】をかけたままコウセイさんを馬車馬のように働かせて、私は一生ダラダラして生きる……とかじゃないっスよ? このまま【魅了(チャーム)】に気付かなかったらそれでもいいや、とも思ってないっス」
少し顔が焦っているのがわかり、どこか言葉のテンポも早い気がする。
「フィー、それ嘘だろ?」
それを聞いたフィーは表情をすぐさま切り替えて真剣な顔になる。
なんだ?
まさか……。
動揺していることさえも演技だった?
そのことに俺は気づかされて内心驚く。
「なるほど……このくらいじゃ騙されないっスか。でも半分くらいは本気だったっスよ?」
「冗談だった……のか?」
でも半分は本気だったってことは、ヒモ女になろうとしたことも本当ってことか?
「じゃあ本当のことを言うッス。もしこれから先、お付き合いや結婚を承諾してくれても、私が【魅了(チャーム)】のスキルを持っていると、後で分かったら、コウセイさんはどう思うっスか?」
「それは……」
そんなの決まっている。
この結婚は【魅了(チャーム)】で強制されたんじゃないかと思うだろうな。
「それが答えっス。コウセイさんは【魅了(チャーム)】にかかっていないか、結婚前に自分の意志を確かめることができるんスよ」
言い終えると、フィーは微笑んだ。
俺はさらなる驚きを得た。
まさかそこまで考えていたのか。
「なるほどな……。確かにそれなら自分の意志に言い訳ができないな」
ていうか、なんでこの子は俺と結婚することが前提になってるんだ?
だからこそ、どこかこの子の言っている「結婚したい」という気持ちが嘘臭く思えてしまう。
俺とどうしても結婚したいと思う女性がいるなんてありえない、そう思うのだ。
「それでここからが本題っス。私は運命の人と出会った時に、自分に惚れてもらうための秘策を用意しているんスよ。【魅了(チャーム)】も効かない人にだって有効なはずっス。これでコウセイさんも私と結婚したくなるはず……」
「……はあ。ちなみにそれは?」
俺は半ばため息交じりでそう返していた。
【魅了(チャーム)】がダメだとわかって、精神系のスキルは一切通用しないのだ。
この自信がどこから湧いて来るのかがわからない。
あと、俺のことを結婚するほど好きではないというのはもう理解できている。それでも結婚したいなにか理由があるのだろうが、その茶番に何の説明もなく付き合ってやれるわけではない。
しかも、まだ『お友達』にとか『お付き合い』をとかなら別だが、俺がこの場でこの子と『結婚』をする気になる方法があるだと?
そんな何かがあるとは到底思えないわけだ。
「一晩中練習して、ようやく習得したんス。よ~く見ててくださいっス。じゃあ、いくっすよ~?」
そういってゆっくりとベッドの方へと移動するフィー。
俺は少しだけ興味深げにフィーの様子を眺めた。
ベッドに向き合って一体何をするつもりなのかと。
フィーはその手でベッドの上の布団に手をかけると、それを両手でつかむ。
それから布団を持ちあげて宙へと投げ飛ばした。
「布団が~~~、吹っ飛んだぁぁぁ」
声はどこか冗談交じりだ。
そのまま宙へと飛ばされた布団は、天井を突き破り遥か空の彼方へと飛んで行った。
破壊された天井の破片が部屋にぼろぼろと落ちる。
「……」
俺は口をあけたまま言葉を返すことができなかった。
なんなんだこれ……。
「どうっすか? この一発ギャグ、面白かったっスか?」
一発ギャグ? いやただのダジャレじゃないかこれ。
しかもその内容が現実になっている。
まるで前の回で漫画などに出てくる『言霊』とか『事象強制』のような……。じゃあこの現象はスキルか?
確かに、俺の目の前で柔らかくて軽い羽の布団がはるか彼方へと吹っ飛んだのだ。
「なあ……、ちょっとわからないんだが、俺を笑わせたかったのか、それとも驚かせたかったのか、どっちだ?」
「え? 笑わせたかったんス。面白くなかったスか? 今の見て私に惚れないんスか?」
曇りのない瞳で、そう疑いなく信じている顔をしていた。
こいつの誰かを好きになる感性は、面白いことなのか?確かに面白い異性はモテると聞いたことはあるが、なんか違うぞ。
「いや、待て! どこからツッコめばいいのかわからないくらいだ!!」
ダジャレが実現しているのはすごいことなのだろう。
だけど、なぜこれを見たら俺が面白さのあまり笑い転げたとして、フィーと結婚したくなるのかが全く不明だった。
「そ、そんな……。せっかく練習したッスのに。はじめて自分で努力して手に入れたスキルなのに、それが全部無駄だったっていうんスか……?」
衝撃的な事実を聞いたという顔のフィーは数歩後ろへ下がる。
なにかブツブツと呟いていた。
どうやら、フィーの持つスキルというのは、他の人とは違って特殊な傾向にあるようだ。
それが今ならなんとなくわかる。
実験の影響を受けているのも間違いないだろう。
そして、『欲しいスキル』をついに手に入れることができたことも。
それが目的のために用意して、不発だった。
その尋常ではない驚き様からも察せられる。
だから俺はこう言ってやった。
「まあ今のは置いておこうか。それに俺はフィーが嫌いだと言っているわけではないんだ。俺のことをいいと言ってくれる人間はこの世界に一人いるだけでもう奇跡なんだ……」
「それって……」
フィーは俺が何を言うのかじっと見つめていた。
「だが、正直いまのフィーとは、結婚なんてしたいとは思わない」
「そうっスか……」
少し低い声で呟くフィーに、俺は一つ咳払いをして言葉を続ける。
「でも、だ。もしこれから俺がフィーをよく知って、心から信じることができると感じたら、改めて付き合い?の是非を話したいと思う。本当に俺と付き合いたいと心から思うなら。それでどうするか決めたい……」
「本当っスか?」
フィーは俺を見てわずかばかり驚く表情をした。
「だから、これからは素のままのフィーを出来る限り見せてくれないか?」
これは俺の正直な気持ちだった。
結婚という話はぶっ飛んでいたが、こんな俺と?って嬉しさもあった。
だが、俺を利用したいだけの人間(特に女性)が多いのも知っている。
今の俺はそういう力を持ってしまっているのだからなおさらだ。
だからこそ、フィーが本当はどんな人間なのかを知ってからが、全ての始まりになると思ったのだ。
結婚?いやお付き合いを前提とした仲間?みたいな感じになるのだ。歪かもしれないが、これ以上に当てはまる関係も他にない。
「そうっスか……。じゃあ、私がどんな人間かをこれから存分に見てくださいっス。ついでにこっちも素のままの姿になった方がいいっスか?」
そう言ってドレスのスカートの両端をつまんだ。
ひらひら。
どうやら服を脱いで素っ裸になった方がいいか? と聞いているらしい。
っておい!
「いや、服は着たままでいてくれ……」
ただでさえパンツを脱いで戦う妹がいるのに、そこに全裸で歩き周る女の子を連れていくのは色々な意味でヤバイからな。
てか、多分そのエッチな誘惑の役目はモニカのものだ。
パンツを脱いで戦っていたくらいだからな。
「了解っス。じゃあ、たまにでいいんで、水浴びを覗きに来てくださいっス」
スカートの端をぱたぱた仰ぎながら冗談ぽくそんなことを言う。
にこっと笑みを浮かべていた。
「はぁ、何言っているのやら……」
フィーは冗談なのか本気なのか分からないところがあるから困る。
さっきのやり取りはおそらく彼女なりの冗談だったのだろう。
そこでフィーは大事なことを思い出したという顔をする。
「あ、じゃあ、スキルのことは素のまま全部話しておくっスね」
「スキルか……さっきの布団が飛んでいったのは驚いたが、あれもスキルなんだよな?」
「そうっス。私のスキルは私が望めば使えるようになったものばかりなんで、すごく偏っているんスよ。特に拘束系スキルと【魅了(チャーム)】、他にも【契約履行(コントラクト ・フルフィル)】もあるっス。ついでにあと2~3種類のスキルと、さっきの言霊スキルでだいたい私の持っているスキル全部になるっス」
「あれはやっぱり言霊だったのか」
「そうっス。一発ギャグにしか使えない限定的なスキルっスけど」
「……そうか」
シュールだな。
「戦いには使うつもりじゃないスキルが多いのは、私って戦闘が苦手なんスよ。というよりも動き回るのがあまり好きじゃないんス。だからギャグ限定のスキルっスね」
なんて無駄なスキルなんだ。
戦闘で使えるように最初から調整していれば、『言霊』は強力な武器になるはずなのだ。それをギャグに使うとか……。
しかもギャグにしか使えないってのも逆にすごいな。
「しっかし偏っているな。もしかしてこの偏り方は……」
この子のスキルは、「1.縛って」「2.惚れさせて」「3.契約履行させる」といったように、まるで特定の何かに使うためのスキルに思えた。
これは……。
男を捕まえた後に、惚れさせて労働の契約をさせる。あとはそれが履行されて……馬車馬のように働き続けることになる。
まさにヒモ女になるための最強のコンボ?
最後の「言霊」のギャグ限定のスキルだけはちょっとなぜそのスキルになったのか不明だ。
そこはもっと何かなかったのか? と言いたくなるのが本音だった。
まあいい。それよりも言霊のスキルさえも一晩で身につけ、他のスキルもかなりレベルが高そうだった。
「フィーは、なぜスキルをそんなに簡単に身につけることができたんだ? やっぱり人体実験されていたのと何か関係しているのか?」
フィーは少し考え込む。
「それはちょっとよくわかんないっス。けどキャパシティーが実験で拡張されたということはあるらしいっス」
「キャパシティー?」
「スキルを持てる容量のことっスね。魔法もスキルもあらゆる属性のものを全部使える人はいないっス。それは数も同じことっス。でも私にその数を常人ではない容量があるのは、実験の副作用みたいなものっスね」
フィーの話によると、魔法もスキルも他のいかなる能力もそのキャパシティーを超えることはできないらしい。
俺の能力が『物質支配』だけなのにもそれが関係しているらしい。
「俺の能力が一つである理由もそれと同じなのか?」
「う~ん、コウセイさんの能力は破格だからかもしれないっス。その能力一つで勇者のキャパシティーを圧迫しているんスよきっと」
そもそも『勇者』であると言うことが、すでにこの世界での大きなキャパシティーを持っているってことなのかもしれない。
それすらもこの『物質支配』は容量を圧迫していると。
「覚えが早いのは?」
「それはちょっと不明っス。でも私は容量が大きいとそれに比例してスキル取得が早くなるのではないかと思っているっス」
「そうか、たしかにそれなら……」
あとこれらの話から推測できるのは、容量から溢れる分を生命(有機生命体と翻訳されている)への効果制限で容量をカットしていることだろう。
もしこれが『勇者』ではなく、『神』だったのだとしたら制限などなかったのだろう。容量は無限にあるだろうし。
人の身における最強が勇者みたいなものだからそれは仕方ないのだが。
「とにかく、これが私のスキルの根源っス。これでまた一つ私のことを知ってもらえたっスね」
「あ、ああ……」
「ちなみに、明日、帝国に戻ったら他に教えられることがあるっス」
フィーの後を俺がついていく。調理場には何か食事の用意をした形跡もない。
じゃあ、この騎士はここで何をしていたんだ?
やはりというべきか、騎士は普段から調理場を使っているものではないらしく、手当たり次第に棚の扉を開けていた。
「ありました! こっちに来てください」
そういって騎士は中央の棚の傍から、フィーを呼び付けた。
「何かあっ……」
そう言ってフィーが騎士に近づいた瞬間、騎士は棚から包丁を取り出した。鋭い刃を持つ大きめの包丁をそのままフィーの胸へと突き刺す。
まさかの光景だった。
「おい! 大丈夫かフィー?」
俺は急いで手に小石をいくつか召喚する。
それから、銀硝鉱石をこの部屋に展開して攻撃性の動き一切を把握することに努めた。
だが、騎士の腕をよく見てみると、フィーが騎士の二の腕を掴んで包丁の動きを止めていた。
そのままフィーは反対の手で包丁を持つ騎士の手首をひねり上げた。
「いたたたた……」
騎士は包丁を床に落とした。
フィーは騎士の腕を握ったまま俺の方を向く。
「コウセイさん、さっきのロープあるっスか?」
「ああ、待ってくれ。転移させる」
そう言って、手元にさっきの部屋から鉄のロープを転移させた。
それを受け取ったフィーが目の前の騎士をあっという間にロープで締めあげて拘束する。
「一丁上(いっちょうあ)がりっス。メアリスちゃんたちのところへ持っていくほうがいいっスよね」
「そうだ……」
俺が言い終わる前に、攻撃性の何かを探知した俺は、小石を使ってその何かを撃ち落とした。
フィーの背後で何かが粉々に砕け散った。
「痛っ!」
その破片がフィーの背中へと突き刺さった。
どうやら地面に落ちていた包丁が操作されたのを、俺の小石が砕いたようだ。
あの騎士の遅効性の魔法か何かかもしれない。
「おい、お前何をした?」
俺は拘束されている騎士を睨みつけて脅す。
「……精霊だ」
「なに?」
それにフィーが答えた。
「たぶん土の精霊を使って包丁を操作したんだと思う……っス」
精霊を使うとそんなことができるのか……。
いや、いまはそれよりもフィーだ。
「血が出ているが大丈夫か?」
フィーのドレスに少し血がにじんでいた。
「これくらい、ただの掠り傷っス」
俺は拘束された騎士をモキュのいた物置部屋へと放り込んだ。
捕まえた後は、けらけら笑うばかりで会話にならないと言うのもあった。
それからさっきの医務室へと戻って包帯を取ってきた。
しかし、これどうやって使うんだ?
グルグル巻けばいいのか?
「血が出ているんだ。一応手当を……」
さっき俺がやらかした色々なことを思い出すと過剰に心配している自分に気づいた。
首を撥ねてしまったのだから、その罪悪感からというのが正確かもしれない。
これ以上怪我をさせるのは自分としては許せないものがある。
と、そこで、服の上からはさすがに巻かないだろうことに気づいた。
「その、ドレスのファスナーを開けるけど……いいか?」
そう聞くと、フィーは意外にもあっさりオッケーした。
「いいっスよ。いや~、私もうかつだったっス」
ドレスの上部をはだけると、きめの細かい白い肌が俺の前にさらされる。
ちょっとドキッとしてしまった。
背中は普通に水着とかを着れば見える部分であるはずなのだが、思った以上に異性に免疫がないせいか、間近で見ると刺激が強すぎる感じがする。
変な気持を振り払い、治療のためだと自分に言い聞かせて破片を物質操作・転移で完全に取り除く。
跡が残るといけないからな。
それから水を召喚して、水流操作で傷口をきれいに洗う。
こういうときには、治癒魔法が便利だと改めて気づく。
まあ、使えないのだから仕方ない。
肌をきれいにすると、そこには小さな傷がある。
だが、それとは別に変な模様が背中の至る所に描かれていた。
なんだこれ?
円の中に読めない文字がたくさん書かれている。
最初、背中を見た時は血のせいかと思ったが、何かが違う。
「これは……」
その呟きを聞いてフィーが返す。
俺が何に疑問を持ったのか、すぐわかったらしい。
「それは魔法陣っス」
「なぜこんところに?」
魔法を使う際は、皆が地面に魔法陣を展開させていた。
しかも魔法を使えないはずのフィーになぜそんなものが身体に描かれているのか……。
「それは人体実験の結果……ていえばわかるっスか? 正式には『後付け』の魔法陣って言うっス。これで魔法の使えない私にも魔法が使えるのか実験をしていたんスよ」
「実験……じゃあ、家庭の事情と言っていたのはこれのことか?」
「あ~、それとは違うっスけど、無関係でもないっスね」
「そうか……」
それ以上、俺には聞く権利がないようにも思えたから、深く聞くのはやめておいた。
あくまでもこの子はモニカの友達としてここまで付いてきただけなのだ。
「……これがどういうものか聞かないんスか?」
フィーは少しだけ間をおいて呟いた。
俺は一度だけ頷く。
「ああ、聞いてもどうにもできないこともあるからな」
俺は包帯を巻き終わるとフィーはドレスを着直した。
最後にファスナーを締めて背中をトントンと叩いてやる。
そして、俺は改めてこう切り出す。
「でも……もしフィーが、俺に何とかして欲しいと思ったのなら言ってくれ。他にもお願いがあれば何でも聞くから」
俺はたぶんフィーのして欲しいお願い事を一つか二つくらいは聞いてもいいと思っている。
父親を殺してほしいなら今すぐその首を撥ねるくらいだってする。
今日起こったフィーの首を切り落としてしまった事件は、誰でもない俺の責任だ。
それにこの身体を見たら、自然と家庭内暴力を受けた女の子みたいに見えた。
俺がそれを悲しく思ったのはそれが一番の理由だったのかもしれない。
これを見ていると暴力で何度も怪我をしたまま学校へと通ったことを思い出させるのだ。
それに対してフィーは何かを考え込む。
「う~ん、そうっスね。その前に聞かせて欲しいんスけど、これからどこに行く予定なんスか? 帝国に帰ってそのまま滞在するっスか?」
「ああ、それをまだ話してなかったな。モニカの家を取り戻し次第、帝国をすぐにでも出発するつもりだ。中央大陸に行くことになるだろうな」
「モニカちゃんたちも一緒っスか?」
「一応、二人について来るか聞いて、『来る』と言ったら連れて行くつもりだ。役割もあるし、俺としても来てもらわないと困るしな」
「そうっスか。じゃあ……」
フィーは深呼吸して、再び言葉を続ける。
「二つのお願いを聞いてもらってもいいっスか?」
「二つ?」
「一つは、私をその中央大陸に一緒に連れてって欲しいっス」
「え……、まだモニカが行くかも決まっていないのにか?」
「そうっス」
「それは……」
俺は迷った。
というよりも本当にいいのか? という気持だった。
俺なんかについてきたって、何も良いことはないはずなのだ。
モニカは妹だし、ディビナは餌係、モキュはペットという立場だから、行きたいと言っても不思議には思わないが、フィーが付いてきたい理由がいまいちわからないのだ。
「やっぱりダメ……っスか?」
「ダメではないんだが……なぜかと思って」
「それは一言で言うと、コウセイさんをオモシロイと思ったから……て理由ではダメっスか?」
それを聞いて、やっぱりその答えを疑問に思ってしまったのだ。
あと、妖刀に見せられた幻を思い出してしまった。
俺は彼女たちからどんな容姿や内面に見られているのか……と。
「なんか変なこと聞くけどさ、俺ってその……見た目が気持ち悪くなかったり、中身が変だったりしないか?」
「ふふっ、このタイミングで本当におかしなことっスね。別に気持ち悪くないっスよ?」
「そ、そうか?」
なぜかフィーに元気づけられている気がする。
「そうっスよ。さっき私を助けようとしてくれた時もっスけど、かっこよかったっス。ただ……私は男の人の容姿の好みがあまり分かんないっス。だから、他の女性がどう思っているかはちょっと分かんないっスよ?」
「いや、いいんだそれは。気持ち悪くないと言ってもらっただけでも十分だ」
そうか。フィーのように容姿に頓着しない女の子もいるのか。
俺はてっきり、女子は異性に対してイケメンしか興味がないのかと思っていた。
恋愛や付き合うと言ったことを全くしたことのない貧相な発想だったと言うわけか。
「なら、よかったっス」
俺の目には、女の子の容姿をどう感じるだろうか?
とりあえず、フィーやディビナみたいに美人と可愛い要素がバランス取れている子が自分としては可愛いと思うのだ。
モデルの美人を見てもあまりいいと思わないし、ただ幼い可愛さだけでも物足りない。
経験もないのに、美観だけは贅沢なのは自分でも不思議には思っていたりする。
いかんな。贅沢を言っていられる立場ではないのだが。
せっかくだから自分の美醜感覚についても伝えた。
「ちなみに、俺から見ると、フィーはかなり可愛い方だと思う……」
「……え、あ、そうっスか?」
言葉に詰まるフィーは珍しかった。
「ああ、そうだ。それで二つ目は?」
フィーはそれを聞いて慌てて少しだけ驚いた表情を元に戻した。
「そうだったっスね。もう一つのお願いは私のわがままなんス。その、これからしなくちゃいけない用事が済んだらでいいんスけど、コウセイさんに私と……」
しばらく間を空けたと思ったら、やさしく俺の握り拳を包み込む。
「――私と結婚してもらえないっスか?」
「……は?」
俺はそれを聞いて思考が固まってしまった。
いまなんて言った?
けっこん……血痕? なわけないよな。意味がわからんし。
じゃあ、結婚……て言ったのか??
誰と? そりゃ、いまここには俺しかいない。
「……どうっスか?」
少しだけ恥ずかしそうに顔が紅潮していた。
いや、さすがにぶっ飛び過ぎだろ。
いきなり結婚してくださいって言われて、はいそうですかって答えられる奴は稀だ。
「それはちょっと……」
やんわりとお断りをする方向へと持っていくことにした。
こちらからお願いを聞くとは言ったが、さすがに想定外だ。俺でいいのか?というのもある。
『何でも』といった場合にもちゃんと暗黙の了解はあるものだ。結婚はタブーの一つだと思う。
少しだけ残念そうにするもまだ諦められないのか、俺の右手首をフィーの左手が掴んで持ち上げた。
「じゃあ、こ、これでどう……っスか?」
ゆっくりと手が懐へと運ばれて……、
俺の右手の先がフィーの左胸の膨らみに触れた。
「あ……」
柔らかくて、意外と大きい……じゃなくてだ。
「ディビナって子よりも大きいっスよ?」
「そ、それは……」
ドレス姿ではあまり大きく見えなかったのだが、触って初めて分かる。
かなり大きい。
そう言うことじゃなくて、早く手をどけなければならないのだが……。
フィーの手を振り払うことは容易のはずなのに、俺はなぜか抵抗できなかった。
脳の奥からあふれてくる感情がこの状態を維持しようとするのだ。
確かに俺も男だからこういう感情があふれてくるのも仕方ない。まるで自分の意思で触っているような感覚だった。
それに全く抵抗できない? それはあり得ないことのはずだ。
これは……なるほど。そういうことか。
この胸の感触は名残惜しいが、茶番を終わらせなければ。
俺は電気パルスを操作して、自分の精神系統を支配・掌握した。
これによって、外から一切の魔法・能力による干渉はできなくなる。
俺はようやくフィーの手を振り払うことができた。
そして俺はカラクリがバレてまずそうな顔をするフィーを正面から見つめて問うた。
「これは【魅了(チャーム)】のスキルだな。どういうつもりだ?」
「あ~、やっぱバレちゃったみたいっスね」
そういってフィーはゆっくりと立ち上がった。
俺は魅了(チャーム)使ってきたフィーの目を正面から見つめる。
フィーは目を泳がせた。
「なんていうかこれは……そう! コウセイさんを試したんすよ」
なぜフィーは動揺しているんだ?
「いや……なんで俺が試されるんだ? このまま俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ……」
「それはその……。別に【魅了(チャーム)】をかけたままコウセイさんを馬車馬のように働かせて、私は一生ダラダラして生きる……とかじゃないっスよ? このまま【魅了(チャーム)】に気付かなかったらそれでもいいや、とも思ってないっス」
少し顔が焦っているのがわかり、どこか言葉のテンポも早い気がする。
「フィー、それ嘘だろ?」
それを聞いたフィーは表情をすぐさま切り替えて真剣な顔になる。
なんだ?
まさか……。
動揺していることさえも演技だった?
そのことに俺は気づかされて内心驚く。
「なるほど……このくらいじゃ騙されないっスか。でも半分くらいは本気だったっスよ?」
「冗談だった……のか?」
でも半分は本気だったってことは、ヒモ女になろうとしたことも本当ってことか?
「じゃあ本当のことを言うッス。もしこれから先、お付き合いや結婚を承諾してくれても、私が【魅了(チャーム)】のスキルを持っていると、後で分かったら、コウセイさんはどう思うっスか?」
「それは……」
そんなの決まっている。
この結婚は【魅了(チャーム)】で強制されたんじゃないかと思うだろうな。
「それが答えっス。コウセイさんは【魅了(チャーム)】にかかっていないか、結婚前に自分の意志を確かめることができるんスよ」
言い終えると、フィーは微笑んだ。
俺はさらなる驚きを得た。
まさかそこまで考えていたのか。
「なるほどな……。確かにそれなら自分の意志に言い訳ができないな」
ていうか、なんでこの子は俺と結婚することが前提になってるんだ?
だからこそ、どこかこの子の言っている「結婚したい」という気持ちが嘘臭く思えてしまう。
俺とどうしても結婚したいと思う女性がいるなんてありえない、そう思うのだ。
「それでここからが本題っス。私は運命の人と出会った時に、自分に惚れてもらうための秘策を用意しているんスよ。【魅了(チャーム)】も効かない人にだって有効なはずっス。これでコウセイさんも私と結婚したくなるはず……」
「……はあ。ちなみにそれは?」
俺は半ばため息交じりでそう返していた。
【魅了(チャーム)】がダメだとわかって、精神系のスキルは一切通用しないのだ。
この自信がどこから湧いて来るのかがわからない。
あと、俺のことを結婚するほど好きではないというのはもう理解できている。それでも結婚したいなにか理由があるのだろうが、その茶番に何の説明もなく付き合ってやれるわけではない。
しかも、まだ『お友達』にとか『お付き合い』をとかなら別だが、俺がこの場でこの子と『結婚』をする気になる方法があるだと?
そんな何かがあるとは到底思えないわけだ。
「一晩中練習して、ようやく習得したんス。よ~く見ててくださいっス。じゃあ、いくっすよ~?」
そういってゆっくりとベッドの方へと移動するフィー。
俺は少しだけ興味深げにフィーの様子を眺めた。
ベッドに向き合って一体何をするつもりなのかと。
フィーはその手でベッドの上の布団に手をかけると、それを両手でつかむ。
それから布団を持ちあげて宙へと投げ飛ばした。
「布団が~~~、吹っ飛んだぁぁぁ」
声はどこか冗談交じりだ。
そのまま宙へと飛ばされた布団は、天井を突き破り遥か空の彼方へと飛んで行った。
破壊された天井の破片が部屋にぼろぼろと落ちる。
「……」
俺は口をあけたまま言葉を返すことができなかった。
なんなんだこれ……。
「どうっすか? この一発ギャグ、面白かったっスか?」
一発ギャグ? いやただのダジャレじゃないかこれ。
しかもその内容が現実になっている。
まるで前の回で漫画などに出てくる『言霊』とか『事象強制』のような……。じゃあこの現象はスキルか?
確かに、俺の目の前で柔らかくて軽い羽の布団がはるか彼方へと吹っ飛んだのだ。
「なあ……、ちょっとわからないんだが、俺を笑わせたかったのか、それとも驚かせたかったのか、どっちだ?」
「え? 笑わせたかったんス。面白くなかったスか? 今の見て私に惚れないんスか?」
曇りのない瞳で、そう疑いなく信じている顔をしていた。
こいつの誰かを好きになる感性は、面白いことなのか?確かに面白い異性はモテると聞いたことはあるが、なんか違うぞ。
「いや、待て! どこからツッコめばいいのかわからないくらいだ!!」
ダジャレが実現しているのはすごいことなのだろう。
だけど、なぜこれを見たら俺が面白さのあまり笑い転げたとして、フィーと結婚したくなるのかが全く不明だった。
「そ、そんな……。せっかく練習したッスのに。はじめて自分で努力して手に入れたスキルなのに、それが全部無駄だったっていうんスか……?」
衝撃的な事実を聞いたという顔のフィーは数歩後ろへ下がる。
なにかブツブツと呟いていた。
どうやら、フィーの持つスキルというのは、他の人とは違って特殊な傾向にあるようだ。
それが今ならなんとなくわかる。
実験の影響を受けているのも間違いないだろう。
そして、『欲しいスキル』をついに手に入れることができたことも。
それが目的のために用意して、不発だった。
その尋常ではない驚き様からも察せられる。
だから俺はこう言ってやった。
「まあ今のは置いておこうか。それに俺はフィーが嫌いだと言っているわけではないんだ。俺のことをいいと言ってくれる人間はこの世界に一人いるだけでもう奇跡なんだ……」
「それって……」
フィーは俺が何を言うのかじっと見つめていた。
「だが、正直いまのフィーとは、結婚なんてしたいとは思わない」
「そうっスか……」
少し低い声で呟くフィーに、俺は一つ咳払いをして言葉を続ける。
「でも、だ。もしこれから俺がフィーをよく知って、心から信じることができると感じたら、改めて付き合い?の是非を話したいと思う。本当に俺と付き合いたいと心から思うなら。それでどうするか決めたい……」
「本当っスか?」
フィーは俺を見てわずかばかり驚く表情をした。
「だから、これからは素のままのフィーを出来る限り見せてくれないか?」
これは俺の正直な気持ちだった。
結婚という話はぶっ飛んでいたが、こんな俺と?って嬉しさもあった。
だが、俺を利用したいだけの人間(特に女性)が多いのも知っている。
今の俺はそういう力を持ってしまっているのだからなおさらだ。
だからこそ、フィーが本当はどんな人間なのかを知ってからが、全ての始まりになると思ったのだ。
結婚?いやお付き合いを前提とした仲間?みたいな感じになるのだ。歪かもしれないが、これ以上に当てはまる関係も他にない。
「そうっスか……。じゃあ、私がどんな人間かをこれから存分に見てくださいっス。ついでにこっちも素のままの姿になった方がいいっスか?」
そう言ってドレスのスカートの両端をつまんだ。
ひらひら。
どうやら服を脱いで素っ裸になった方がいいか? と聞いているらしい。
っておい!
「いや、服は着たままでいてくれ……」
ただでさえパンツを脱いで戦う妹がいるのに、そこに全裸で歩き周る女の子を連れていくのは色々な意味でヤバイからな。
てか、多分そのエッチな誘惑の役目はモニカのものだ。
パンツを脱いで戦っていたくらいだからな。
「了解っス。じゃあ、たまにでいいんで、水浴びを覗きに来てくださいっス」
スカートの端をぱたぱた仰ぎながら冗談ぽくそんなことを言う。
にこっと笑みを浮かべていた。
「はぁ、何言っているのやら……」
フィーは冗談なのか本気なのか分からないところがあるから困る。
さっきのやり取りはおそらく彼女なりの冗談だったのだろう。
そこでフィーは大事なことを思い出したという顔をする。
「あ、じゃあ、スキルのことは素のまま全部話しておくっスね」
「スキルか……さっきの布団が飛んでいったのは驚いたが、あれもスキルなんだよな?」
「そうっス。私のスキルは私が望めば使えるようになったものばかりなんで、すごく偏っているんスよ。特に拘束系スキルと【魅了(チャーム)】、他にも【契約履行(コントラクト ・フルフィル)】もあるっス。ついでにあと2~3種類のスキルと、さっきの言霊スキルでだいたい私の持っているスキル全部になるっス」
「あれはやっぱり言霊だったのか」
「そうっス。一発ギャグにしか使えない限定的なスキルっスけど」
「……そうか」
シュールだな。
「戦いには使うつもりじゃないスキルが多いのは、私って戦闘が苦手なんスよ。というよりも動き回るのがあまり好きじゃないんス。だからギャグ限定のスキルっスね」
なんて無駄なスキルなんだ。
戦闘で使えるように最初から調整していれば、『言霊』は強力な武器になるはずなのだ。それをギャグに使うとか……。
しかもギャグにしか使えないってのも逆にすごいな。
「しっかし偏っているな。もしかしてこの偏り方は……」
この子のスキルは、「1.縛って」「2.惚れさせて」「3.契約履行させる」といったように、まるで特定の何かに使うためのスキルに思えた。
これは……。
男を捕まえた後に、惚れさせて労働の契約をさせる。あとはそれが履行されて……馬車馬のように働き続けることになる。
まさにヒモ女になるための最強のコンボ?
最後の「言霊」のギャグ限定のスキルだけはちょっとなぜそのスキルになったのか不明だ。
そこはもっと何かなかったのか? と言いたくなるのが本音だった。
まあいい。それよりも言霊のスキルさえも一晩で身につけ、他のスキルもかなりレベルが高そうだった。
「フィーは、なぜスキルをそんなに簡単に身につけることができたんだ? やっぱり人体実験されていたのと何か関係しているのか?」
フィーは少し考え込む。
「それはちょっとよくわかんないっス。けどキャパシティーが実験で拡張されたということはあるらしいっス」
「キャパシティー?」
「スキルを持てる容量のことっスね。魔法もスキルもあらゆる属性のものを全部使える人はいないっス。それは数も同じことっス。でも私にその数を常人ではない容量があるのは、実験の副作用みたいなものっスね」
フィーの話によると、魔法もスキルも他のいかなる能力もそのキャパシティーを超えることはできないらしい。
俺の能力が『物質支配』だけなのにもそれが関係しているらしい。
「俺の能力が一つである理由もそれと同じなのか?」
「う~ん、コウセイさんの能力は破格だからかもしれないっス。その能力一つで勇者のキャパシティーを圧迫しているんスよきっと」
そもそも『勇者』であると言うことが、すでにこの世界での大きなキャパシティーを持っているってことなのかもしれない。
それすらもこの『物質支配』は容量を圧迫していると。
「覚えが早いのは?」
「それはちょっと不明っス。でも私は容量が大きいとそれに比例してスキル取得が早くなるのではないかと思っているっス」
「そうか、たしかにそれなら……」
あとこれらの話から推測できるのは、容量から溢れる分を生命(有機生命体と翻訳されている)への効果制限で容量をカットしていることだろう。
もしこれが『勇者』ではなく、『神』だったのだとしたら制限などなかったのだろう。容量は無限にあるだろうし。
人の身における最強が勇者みたいなものだからそれは仕方ないのだが。
「とにかく、これが私のスキルの根源っス。これでまた一つ私のことを知ってもらえたっスね」
「あ、ああ……」
「ちなみに、明日、帝国に戻ったら他に教えられることがあるっス」
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