これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉

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 俺は堂々とそこに立っていた。

 広場に降り立った俺を周囲の兵士は驚きの表情で見ていた。
 誰も声を発しようとしない中、一人の若い兵士が大声をあげた。

「な、何者だ!」

 腰の長剣を抜いて、こちらへと構える。
 それが硬直した空気を壊す契機となり、一斉に俺へと武器を構えた。
 ほとんどの奴が剣で、数名は槍を構えていた。
 作業兵はというと、ピストルのような形をした黒い何かをこちらへと向けている。一応武器なのだろう。

 俺のすぐそばにいた兵士は後ずさりながら槍を俺の首元に構えた。

「何が目的だ。ここは立ち入り禁止区域になっているはずだ。どうやって入ってきた!?」

 俺はあきれた声でそのセリフを返してやった。

「何をいまさら。お前たちの打ち上げた花火の被害者だよ。いや、ケガはしてないが。善良な旅人を襲っておいて、そんな馬鹿なことを聞けるお前の脳味噌には感心するよ」

 俺のわざと馬鹿にしたような言葉に少し怒りをあらわにする。

「それに言ったはずだ。お礼に来たって」

 その瞬間だった。
 兵士は構えて、下から槍を俺の喉元へと突き刺した。
 しかし、槍の先端は皮膚の上でピタリと止まった。
 兵士は驚嘆した。

「なんだこれは!?」

 俺は冷めた目でその兵士を見下ろす。

「話は最後まで聞けよ」

 俺は槍を手で掴むと、それに抵抗しようと兵士は柄を引っ張るがちっとも動かないことに動揺し始める。

「おい、離せよ。何だこの馬鹿力は……」

 力じゃないんだなこれが。槍の支配権を奪いとっただけだ。
 俺がふれている限りその槍をお前が使うことはできない。

「気が早い奴だ。男は早いのが一番嫌われるらしいぞ? せっかくサプライズを用意してやったのに」

 上空を見上げた俺は、ここに降り立つ前に、空に置いてきたものを見上げた。
 そこにあるのは、視認はできないが電柱の10倍くらいある太さの鉄柱だ。
 火の玉のお礼……サプライズプレゼントだ。

 俺の視線につられた目の前の兵士は空を見上げるが、何も見えないようで疑問の表情をした。

「なにを……」
「じゃあ、さっそく尋問だ。お前たちはここで何をしていた。なぜ街に火球なんて放つ?」

 その質問を聞いて、周囲の兵士たちは俺から目をそらした。

「それは言えない……」

 俺はすかさず、槍を奪い取って兵士の右肩へと突き刺した。

「ぐああああああああああああああああ!!!!!!」
「とっとと言え!」
「い……やだ! 誰がお前なんかに教えるか」

 兵士は、すぐさま地面へと膝をつくが、口だけは割ろうとしなかった。
 仕方ない。俺は小石を生み出してそいつの心臓へと叩きこんだ。

 兵士は力尽きて、穴のあいた身体はそのまま地面にずしりと倒れた。
 どろどろと血液が地面にあふれる。血溜まりができた。

 それを見ていた周囲の兵士が、恐怖の表情でその死体を見ていた。
 俺は別の兵士へと歩み寄り、槍を向けて脅した。

「おい、お前は言うんだよな?」

 そう言った途端、俺の背後にいた作業兵が逃げ出そうとするのに気づいた。
 恐れをなして逃げ出したようだ。
 手に生みだしたいくつかの小石を操作して、頭部や背中に叩きこんでやった。

「逃げようとするな! サプライズを用意してやったんだ。大人しく待ってろ」

 改めて槍を突き付けた兵士へと問う。

「どうするんだ? お前もいまここで死にたいのか?」
「わ、わかった。言う。言うから……。この作戦は、帝国へと反逆した抵抗勢力を殲滅する作戦なんだ」

「抵抗勢力……? なんだそれは?」

「旅人なら知らないかもしれないが、皇帝が死んで、新たに女皇様が王位に就いた。それに反対の者たちをいま抵抗勢力と呼んでいる。そして、もとから帝国を良く思っていない国外の勢力、あと、奴隷や人権のない一部の帝国に飼われている民のことだ。その殲滅作戦だった……」

 ふ~ん、作戦というからにはまだ始末すべき奴がいるな。

「上の奴が攻撃を命令しているのか? なぜこんな馬鹿な攻撃をしている……帝国の兵は自国民に無差別攻撃するほど馬鹿なのか?」
「……これは女皇様(現皇帝)の直々のご命令なんだ」
「さっきからその女皇って誰なんだ。皇帝の娘かなんかか?」

「いや、それが違う……タリバという男が騎士にいたんだが、そいつは最高指揮官だった。しばらくの間姿を消していた。だが突然現れて、連れてきた女の子を女皇(現皇帝)にすると、前皇帝の第一・第二皇子の跡継ぎたちに言いだしたんだ」
「女の子をか?」

「ああ、そうだ。そこから内戦に発展した。だが、その女皇(現皇帝)派の勢力は跡継ぎたちを次々に殺した。一夜にして皇帝純潔派閥は解体したんだ」

「たった一夜でか、本当の話なのか?」

「あたりまえだ。それだけ女皇(現皇帝)派の実力はずば抜けている。もともと実力主義である帝国の軍内部は、その女を皇帝の強さの象徴として女王に定めたんだ」

「いや、内政事情までは聞いてないんだが……まあいい。つまりその女皇様とやらが生きている限り帝国内に火を放ち続けるってことでいいか?」

「ああ……当然だ。皇帝となられたのはいまいる女皇様だ。それに反逆した奴らに生きる価値はないんだ……」

 暴露した兵士は、ああ言っちまったとため息を吐いた。

 俺が言うのもなんだが、こいつらは正気なのか?
 皇帝のためならば、昨日まで同じ帝国民だった人間を平気で殺せる価値観を持っているようだ。
 ここまで極端なものなのか? 異世界だから? 想像していたのとなんか違うな。

 なにか特別な教育?か洗脳を受けているのか、それとも親から慣習としてそうするのが当たり前になっているんだろうか。
 
「お前たちが狂っているのはわかった。それで皇帝陛下の名は何という? 今どこにいる?」

 兵士の男は狂っていると聞いて、お前が言うなという目で見てきた。
 その上で、仕方ないと口を開く。

「女皇様(現皇帝)の名前は……マルーー」

 と言いかけた直後に、男の首が胴から離れて宙を舞った。
 血を撒き散らしながら目の色を失った顔が地面にコトリと落ちる。

「それはこいつに言っちゃダメだろ?」

 何者かの声が聞こえた。
 赤い短髪に目つきのキツそうな男だった。
 今までそこにいることに気づくことができなかった。

 俺はすぐさまそいつを睨みつけた。






 その男――首のない男の兵士の胴体の背後から、血を滴(したた)らせた日本刀のような黒い刀を持つ騎士が、はっきりと俺の目の前に現れた。
 血の色のような髪は、そいつの存在の異様さを際立たせていた。
 こいつ……、口封じのつもりか? 首を切り落としやがった。
 騎士は刀を一振りして、刃先についた血を払った。

 周囲にいた兵士の一人が『タリバ様』と呼んだのが聞こえた。
 こいつが例の最高指揮官の騎士か。

 俺はその騎士を再度睨みつけた。明らかに尋問の邪魔をされたのだ。
 
「おい、いいところだったのに邪魔するなよ」

 手に持っている槍を騎士へと向けなおす。
 だが俺は目の前の騎士の姿を見失った。
 その姿は蜃気楼のように消えたのだ。
 
 この技は知っている。王国の騎士が使っていたものと同じだな。
 いや、刀ならば攻撃を受けても問題ない。
 そこで男が再び姿を表すまで、俺は漫しばらく槍を構えているだけにした。
 俺には斬撃・刺突無効があるから、能力範囲である『生き物ではない鉄の刀』は効かない。
 
 騎士が再び姿を現したとき。すぐ鼻先まで迫っていた。
 持っていた刀を俺の胸へと突き刺そうとしていた。
 ふん、刀なんて効くわけ……、と思っていると、胸にすっと何かがめり込む感触がした。

「ぐはっ!」

 俺は心臓をそのまま一突きされていた。
 強烈な痛みが襲い、俺は腹を抱えるようにして刺さっている刀へともたれかかった。

 赤い髪の騎士、タリバは俺を冷めた目で見下ろしてこう言った。

「お前……魔法を舐めていないか?」

 騎士が刀を抜いた途端、胸からは大量の血があふれていた。
 ぐああああああああああ。
 痛いんだよクソが……。
 俺は痛みで地面にうずくまった。
 
 日常的ないじめから痛みに耐性があるとはいえ、刺されたことはさすがになかった。

「お前の能力はすでに知っている。何が強みで……そして、何が弱点になるのかもな」

 俺のことが知られている?
 馬鹿な。ありえない。
 俺は今日、この帝国の首都に来たばかりだぞ。
 それではまるで俺のステータスを見たうえで対策を立てたようじゃないか。
 
「この剣は妖刀といってな、生きているんだよ。ダンジョンと同じ生命体なんだとさ。お前を殺すためだけに、女皇様がわざわざ用意してくださったんだぜ? すげーだろこれ?」

 もがき苦しむ様をその男――タリバは醜いゴミ虫を見るような目で見ていた。

 武器が生きているだと……。なんだその反則的なまでの刀は。
 確かに日本でも妖刀という単語くらいは聞いたことがある。
 それが生きている? そんなの知るわけないだろ。

 そこでふと、騎士は何か別のことをを思い出したようにニヤケ笑いをする。

「どうも俺様の妹が世話になっているみたいだから、死じまう前に感謝だけ言ってやるよ」

 視界が霞んでいく中で、俺は絞り出すように呟いた。

「妹……お前まさか……! モニカの……兄なのか?」
「はっ、そうだよ」

 そう吐き捨てるように答えた騎士は俺の身体を思いっきり蹴り飛ばしてきて、地面を何回も跳ねる。
 騎士は止まった俺の身体を足の裏で踏みつけた。

「あれは俺様の妹……の皮をかぶせた人形だよ、ただのな。あいつ幼児体型だからヤリはしなかったが、いろいろ遊んでやったよ。お前はどうだった? もう手を出したんだろ?」

 何度も俺の腹を蹴りながら汚いセリフを吐き続けた。
 
 俺は思い出す。
 ああ、こいつはまるで、俺の嫌いな存在そのものだと。
 生きているだけで吐き気のする人間を体現したような。
 あの下劣な言葉を吐く父親と暴力をふるうイジメる奴らが、この騎士に重なって見えた。

 俺はその騎士のたわごとを無視して、怒りで手をぎゅっと握りこんだ。
 その瞬間、上空に待機させていた鉄柱の重力制御を解いて、物質操作へと切り替えた。
 このポイントへといますぐ落とす。俺もろともこの場にいる全員を消すことにした。
 もちろん、その中心点はこのカス野郎――赤髪の騎士・タリバの脳天だ。

 加速した鉄柱の先が赤熱化して、この地点へと落下を続けていた。
 痛みをこらえながら、俺は踏みつけている騎士の右足を掴んだ。


「……なあ、俺も一つ……言わせてもらっていいか?」
「あ? お前まだ生きてんのかよ? しつこい奴だな。とっとと死ね!」

 刀を振り上げて、今度は俺の脳へと突き刺そうとした。
 
「お前こそ、俺の『物質支配』の力を舐めてないか?」

 俺はわざとらしく表情を歪めて、空を見上げた。
 天から光るものが下りてくるのが見える。
 その瞬間、剣を振り上げた状態のタリバは上空の異変を察した。

「おい、なんだよあれ……」

 タリバも空を見上げて何かが迫っていることを知ると、その場を離れようと俺から背を向ける。
 が、俺が騎士の足をつかんでいるせいで、タリバは逃げることができないでいた。

「クソッ! その手を離しやがれ!」

 タリバに何度も蹴りつけられたが、俺は死んでも離す気はなかった。
 こいつだけは絶対に逃がしはしない。
 あとで一命を取り留める奇跡さえ起こさせない。

 脳天へと巨大な鉄柱が激突した。
 そのまま全てを押し潰して、地面にぶつかった瞬間、大爆発を起こした。
 空気は熱で膨張して突風が吹き荒れ、地面のタイルは粉々に砕け散った。
 周囲にいた人間も熱波を撒き散らす爆風で周囲に吹き飛んだ。
 まず人間は生きていられないだろう。

 嵐がおさまると、地面の土が直に見えた。
 なんか下がツルツルしているが気にせず、周囲を見回した。
 広場は全壊していて、周囲一帯の建物も全てなくなっていた。

 騎士の姿もどこにもない。
 あのタリバという騎士だけは、直に消滅するのを確かめたから間違いなく殺した。
 おそらく他の騎士もこの場で消すことができたようだ。

 俺は胸に当てていた左手を離した。
 刺された箇所の応急処置をなんとか終えた。
 胸から心臓、背中まで開いた穴はシリコンで埋めて内部を血管のように通し、水流操作で血流を整えた。
 光を使った能力で、直接血液の流れを目に映しながらだが、医療知識のない俺ができるのはここまでだ。
 心臓の構造や流れは知っているが、心臓の実物は見たことがない。せいぜい動画で心臓手術の映像を目にしたくらいだ。
 この血液の流れが正しいのかもちょっと怪しい。それでも、セミオートで能力が発動しているため、死なずに済んでいる。早く傷を塞ぐ必要がある。
 病院へ行かないと……ってここ異世界だから、病院はどうなっているのだろうか。
 そこで、歩いている風景の中で、黒く怪しい光を放つ刀が地面に突き刺さっていた。
 引っこ抜くと、あの騎士がもっていた妖刀みたいだ。

 何かに使えるかな?と思いつつ、刀を手に再び歩きだす。
 と、俺は途中でふらついて地面へと手をついた。

 やばい、血を流し過ぎたのか知らないが、身体が上手くいうことを聞かない。
 俺はそこで目の前が闇に包まれた。
 倒れる感覚だけがある。

 その時、俺の身体をふさふさとした何か柔らかいものが包み込んだのだ。
 ああ、この感触は……来てくれたのか。





 意識が明滅する中で俺が覚えているのは、とにかくこの命の危機から脱するために能力を繰り返し試したことだ。
 微弱な電気パルスを操作して、擬似的な心臓の鼓動をつくりだしたのもその一つだ。
 そんなわけで心臓を復元して機能を元に戻すまでは、意識を手放すわけにはいかなかった。
 半分無意識状態だったせいか、その時の出来事は夢のような感覚があった。。

 その中で。直接頭の中に女の子の声が聞こえた。

『主様(ぬしさま)、僕を使って……』
「……誰だ?」
『僕は君の持っている妖刀だよ。いまは詳しい話をしている時間がない。早く魔法を発動させて。傷を治すんだ』
「何言ってる? 俺に魔法は使えない……」
『主様(ぬしさま)は使えないけど、僕が使えるから。その応急処置じゃ例え勇者でも危険なんだ、死にたくないなら早く……』
「……わかった。どうすればいい?」
『能力を使う時と同じでいいから、手に持っている僕を武器として使うように頭の中で念じて……あとは心臓を治癒箇所(ヒールポイント)にするんだ』
「わかった。だが、魔法は代償がかかると……」
『代償はすでに払っているよ』

 魔法を使うには勇者や騎士なら寿命を、他のものが使うと誰かを生贄にすることが必要だ。
 ……そうか。ここにいた騎士たちか。

 心臓にどろっとした何かがあふれるのを感じた。
 心臓を治したのだ。
 ドクドクと鼓動を久しぶりに感じた。
 
 それが終わると、外から身体が揺れるのを感じていた。
 俺は目をあけると、モキュの背中にのって運ばれている状態だった。

 そのままモキュの背中の毛をモフりながら、お礼を言った。

「ありがとうな、モキュ」
「キュッ! キュ~~」

 俺が目覚めていることがわかり、嬉しそうな声を挙げた。
 このままモキュの上に乗って宿へと向かうことにした。
 どうやら、街のところどころでは兵士たちが慌ただしく声を掛け合っている音が聞こえてきた。
 あの鉄柱を落とした爆発のせいで、騒ぎになっているようだ。
 



・・・・・・・・・・・・



 宿の前で街の路を見ているモニカとディビナがいた。
 俺が帰ってきたのを見てモニカが最初に声を挙げた。

「あ、帰ってきましたよ!」
「ホントですね……モキュちゃんが出ていった時は、何事かと思いましたけど。大丈夫そうですね」

「ちょっと遅くなったが、宿は大丈夫だったか?」
「はい、問題ありませんでした。それよりもモキュちゃんが一緒でよかったです」
「ああ、迎えに来てくれたみたいだ」

 ディビナはモキュに近寄って顔を撫でていた。
 ディビナの話だと、ものすごい爆発音が聞こえた直後に、モキュがすごい勢いで馬小屋を出ていき、どこかへ走り去って行ったらしい。

 街の兵士たちの間ではちょっとした騒ぎにもなっていたらしい。
 まあ、謎の爆音に加えて、これだけデカいハムスターが走り去れば騒ぎにもなるか。

 俺は宿で少し休むことにした。
 完全回復したわけではないのだ。体力を回復する必要がある。
 宿番のお婆さんに食事があると言われて、ディビナは一階へと残った。
 俺はモニカと2人で2階の部屋に戻る。するとすぐに、モニカが話しかけてきた。

「あの……どうしてモキュちゃんの上に乗ってきたのですか? いつもは空を飛ぶのに。もしかして何か……あったのですか?」

 う~ん、話すべきか?
 モニカは兄を探して助けてほしいみたいに一度頼まれていたし、偶然に兄を見つけることがあったら連れてきてやるかくらいには思っていた。
 まだこの街で頼みたいことがあったからな。

 それが、なんやかんやでモニカの兄を木端微塵に消してしまった。いや、破片さえも残っていない。
 しかし、なぜあのカス兄貴を助けてなどとお願いしてきたのだろうか?
 俺だったら、父親が消えたら嬉しさで飛び跳ねていたはずだ。
 たとえ、夜中でも町内を一周走ってくる程度はしていたかもしれない。

 あんな兄でも慕っていたということなのだろうか。
 そうでもなければ土下座して頼みなどしないだろう。
 そもそもモニカとはこの帝国に来てずっと一緒にいたが、情報を伝えてはいなかったように見える。魔法の手段だろうか。でもそれなら、表情からわかるはずだ。それに、ああいう男の言葉は信用できない。どう判断すべきか。

 俺がう~ん、と唸っていると、モニカは何か良くないことがあったのだと察したみたいだった。

「なにか、あったんですよね……」

 俺は口ごもらせながらも教えてやった。

「ああ、ちょっと言いにくいんだが、モニカの兄はこの世にもういない……」

 殺したとは言えなかった。
 それを聞いた瞬間、どんな顔をしていいのか分からないといった表情で俺を見た後、顔を伏せてしまった。
 想定していた以上のことを聞いたせいだろうか。
 泣いているのか?と顔を覗き込もうとした時だった。

「そうですか……」

 ぽつりとそう一言だけ言った。
 泣いてはいなかった。が、その表情はとても悲しそうだった。

「あの……それで聞いてほしい話があったんですが、聞いてくれますか?」

 モニカは改めて口を開くと、宿を出る際に言っていた話のことだろうか。俺に了承を求めてきた。

「ああ……」
「といっても、話したいことが少し変わってしまいましたけど」

 ホっとした顔で、そう言って話を始めた。

「私は数年前まで母と兄と私の三人暮らしでした。兄が騎士になったのは母が死んでからでした。この国のことはすでに知ってもらったと思いますが、高い税を払えなければ人権を奪われてしまうものでした。奴隷になる人もいますし、奴隷に向かない人は真っ先に魔法の代償消費に使われてしまいます」

「ああ、何度か俺も見たな……」

「それで母が死んだ時、お金を稼ぐ手段がありませんでした。私に残されたのは母と住んでいた思い出の残る家と兄だけでした。だから……私は兄に頼るしかありませんでした」
「そういうことか……」

 俺は兄というポジションであるだけで、なぜあのタリバという騎士が妹を好き勝手に出来るようなことを言っていたのかがわからなかった。
 前の世界で俺の置かれた状況に似ていたのか。
 あのとき俺は子供だったから、ただ我慢して耐えるだけだった。
 
 と口をゆがませた俺に、モニカは恐る恐る聞いてきた。

「あの……、もしかして何か聞いたんですか?」

 俺は怯える顔をするモニカへと誤魔化しを入れた。
 きっとこの子にとっては嘘でもそう言った方がいい。
 俺を含めた他人には、その間何があったのか知られたくないのだろう。

「いや、俺の前の世界でも似たようなことがあったと思っただけだ」

「……そうですか。話を続けますね。兄はすぐ地位をあげていきました。そのせいでだんだんと横暴になっていきました。昔、『お兄ちゃん』と呼んでいたころの優しい兄は見る影もなくなっていました。そんな兄に耐えながら、それでもこの家を手放したくない一心で日々を過ごしました」

 口には出さないが、何があったかは苦渋の表情からなんとなくわかった。
 『兄』と呼んでいるのは、兄に対するせめてもの抵抗なのだろう。

「ところが、兄が突然姿を消したために、税が払えなくなってしまったんです。当然、家は権利を没収されて、私も人権をはく奪される一歩手前になっていました。そこでこの帝国を出て兄を探ししました……。兄が見つかれば何をしてでもお金を出してもらって、家だけでも取り戻せると思ったんです……。もう家はなくなってしまいましたけど、あの場所は大切なものです。まだ瓦礫も残っていましたし、立て直してもらうことだってできるはずなんです。例え残骸になったとしても、母のいた家が私にとっては大事なんです……」

「そうか……」

 じゃあ兄を探していたのは、母親と暮らした家を取り戻すためだったのか。
 それで潰れた家を見て、泣いてしまったのか。
 いまこうして悲しんでいるように見えたのは、兄が死んだことではなく、兄が死んで家を取り戻す方法がなくなってしまったことだったのか。

 じゃあ、俺が今回やったことって、ただ兄を奪ってこのモニカから家を取り戻す唯一の希望を奪っただけってことになるのか?

 すると、モニカは真剣な表情でこちらを見ていた。

「あの……、だから私はあなたにこう言うしかないんです。お願いです……大事な家を取り戻してくださいませんか? 帝国の外にいてもそのうち魔物に殺されるか、野垂れ死にするでしょう。帝国にいても奴隷か魔法の代償で消費されてしまいます。だったら、私は家を取り戻すためにこの身を捧げます」

 モニカは泣きながら、床へと頭をつけて土下座していた。
 
「――私をあなたの奴隷にしてもらってもかまいません。それで家を取り戻してくれるのならば、私はあなたに私の全てを捧げます! お願いします」

 俺はその請願を最後まで聞いて、即座にこう答えた。

「断る」

 それを聞いたモニカはぴくりと身体を震わせて、目にたまった涙を拭きながら立ち上がった。

「……そうですよね。私なんかもらっても仕方ないですよね。無理を言ってごめんなさい……」

 そういってモニカは部屋のドアから出て行くのだった。

 別に必要ないのだ。

 俺は自由になりたいから、ここまで来た。
 誰かに私が奴隷になってやる。といわれて、はいそうですか、なんて御免だ。
 それに奴隷が欲しいと思ってないからな。
 

 もちろん、兄を葬ったのは俺だから責任を取ってやるべきなのだろうが。モニカはなぜ兄が死んだのか、それを知らない。

 俺は扉をじっと見つめていた。
 すると入れ違いで食事を持ったディビナが戻ってくると、不思議そうにこちらへと視線をやった。

「なにか、あったのですか?」
「いや……別に何も」
「そうですか……」

 まあ、何もなかったなんて言って信じるわけはない。
 泣きながら、力なく出て言ったのだから。

 俺は出されたパンとスープを食べながら、今後の方針を、モニカと集めに行った紙に書くことにした。
 

『前の世界でできなかったこと……

ペットを飼う ○(○=達成)
人々からの称賛 ○(○=達成)
宿に泊まって食事をする ○(○=達成)
能力の応用を考える △(△=未達成)
武器屋、図書館・本屋に行く △(△=未達成)
この帝国の皇帝を始末する △(△=未達成)
俺の――』


 そこでふとペンが止まった。
 
「こんなこと、本当に頼んでもいいことなのか?」

 そんなことをふと呟いていた。

 俺には今、『なって欲しいもの』がある。
 が、頼んでそうになってくれるとは必ずしも限らなかった。
 さっきモニカに言うことができなかったのは、お願い事を聞く時に『パンツを差しだそうとする』こと以上におかしなことを、俺が頼もうとしていたからだ。

 前の世界で言っていたら、

『なにそれ……キモっ。死ねば?』

 とか思い浮かぶ限りの罵詈雑言を相手の女性に浴びさせられるだろう。
 もしもそれを口にして、馬鹿にされるようなことがあったら、めったくそに精神が打ちのめされることになる。
 これは取引でなってもらえるものでもない。
 だが、モニカの様子を見て、もしかするとなれるかもしれない……と思ってしまったのだ

「仕方ない、か」

 食事をそのままにして、俺は窓から部屋を出ていくことにした。
 窓枠に足をかけた所で、

「どちらへ行かれるんです?」

 ディビナはなぜか嬉しそうな表情で問うた。

「ああ、ちょっとやることがあった」





 俺は窓から飛び降りて道の先を見ると、街をふらふらと力なく歩いていたモニカをみつけた。
 そばまで走ると、モニカの手をつかんだ。

「ひゃっ!」

 悲鳴を上げるモニカに、「俺だよ」と言ってやる。

「実は、お前に頼みたいことがあるんだが……」
「……え?」

 振り返ったモニカは泣いて赤くなった目で俺を見つめ返した。

「馬鹿げたお願いだとは思う。だが、俺は欲しいものがあるんだ。モニカが良かったらでいいんだが――」

 俺は一呼吸おいた。
 おそらく、前の世界でこんなことを年下の女の子に行ったら、頭がおかしい奴と思われたはずだ。
 だが、どうしても欲しかったのだ。母親が出て行って、結局その望みも無くなった。
 
 俺は迷いを断ち切って、力強く言った。

「俺の妹になってくれないか?」

 モニカはきょとんとした顔をして、静かに俺を見つめる。
 いま私は何を言われているのだろう? と言う表情をしていた。

「お遊びの妹とか何かのプレイとかじゃなくて、本当の家族として俺の『妹』になってくれないか?」

 言った意味を理解すると、モニカは嬉しそうに微笑んだ。

「はい、よろこんで。――お兄ちゃん」

 この日、俺に家族ができた。
 そして達成した。

「そういえば、元兄がモニカの持っていた情報を知っていたんだがどういうことかわかるか?」

 モニカは青天の霹靂を目撃したようなよくわからない表情をする。
 しばらくして納得したようにうなずく。
 
「もしかすると、何かしらの魔法で私の視覚や聴覚が盗聴されていたのかもしれません。」

「魔法か……。俺の知らない魔法も多いからな」

「あ、忘れていました! これをどうぞ」

 モニカが俺に手渡しして、両手でギュッと手を握った。

「なんだ、この生温かいのは……」

 モニカは、真剣な顔でそう言った。

「さきほど、妹のプレミアがついたパンツです。えへへ」

 妹になって本気でパンツのグレードが上がったと思っているらしく、真顔だった。

「いや、なんでだよ……!」

 パンツはもういいって。なんで妹のパンツだとグレード上がると思ってるの?
 異世界でもそういう認識なの?
 俺には妹属性の特殊性癖はない。モニカは1人の女の子でモニカだ。

「う~ん、妹ものでもダメですか……。やっぱり、雑に扱われたパンツを自分で拾うのが――」

 とおかしな勘違いを初めて、取り合うのをやめた。
 これ以上言い訳しても、別の性癖を押し付けられそうだったからだ。本当にこの子を妹にしてよかったのか、少し溜息をつくのだった。

 そんなやり取りはさておいて、これからやることは決まったな。
 帝国に妹の家(の利権)を返してもらうことにしよう。
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日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

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