月と影は西風に踊る~佐々源之助退魔録

此寺 美津己

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道場破り?

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街道まで、出てしまえば、人通りはかなり多い。

東海道五十三次掛川宿は、掛川城の城下町でもある。

宿は三十軒ほど。

本陣と呼ばれる参勤交代用の宿もあるが、源之助と朧が、訪ねたのは、むろん、そんなところではない。

外れに近い、小さな旅籠が軒を連ねる一角である。

 

茫洋とした風貌の源之助を、胡散臭げに見やった客引きは、凛々しい若衆姿の朧を、見るやいなや相好をくずした。

 

「慣れぬ旅にあせりは、禁物ですぜ、お侍さん。」

馴れ馴れしく、話しかけてきたが、朧は嫌がるふうもなく、あっさりと男を無視した。

しつこく、声を掛けられて、源之助に向かって、形のよい、あごをしゃくった。

 

「旅の瑣末事は、あれに、任せておる。」

 

ソウダッタッケ、な。

と、源之助は、うんざりと朧を見返した。

なにを考えているのか、源之助に付かず離れず、山をおり、街道筋まで出てきてもまだ、離れる様子もない。

 

人を1人殺めて、涼しい顔だ。

 

それを言うならば、源之助も生まれて初めての真剣勝負で、二人を屠っているのであるが、この男、自分のそれはたなに上げている。

 

声をきいて、朧が女かまたは、声変わり前の少年と見てとったのだろう。

いよいよ、客引きは頬を弛め、猫なで声で、源之助に擦り寄った。

 

「旦那もなかなかのご趣味で。」

 

衆道趣味があるととられたのか、それとも自分の女に男装をさせる癖の持ち主ととられたのか。、

どちらにしても、源之助には、迷惑な話しだった。

 

「宿は探してはいます。」

 

源之助は、基本的は、相手が誰であろうと丁寧な物腰は崩さない。

幼少期から鍛えられた間垣閃流の道場で、とにかく、下から数えて、指折りの立場で過ごした年月がそうさせるのだ。

 

「ですが、あいにく持ち合わせがなく。」

 

客引きは、少し思案をしてから、すいと寄って、耳打ちをした。

「なら、お侍さん。あんたの連れに客をとらせたら?」

「・・・」

「いや、長い間って、わけじゃねえ。

地元の旦那衆のなかには、あっちのことは、素人に限るって」

 

だ、そうだが、いかがいたしましょうか?

 

と、源之助は、腰を低くして、朧にそう言ったのは、彼の嫌がらせである。

「まさか、路銀の用意もなかったとは、笑わせてくれる。」

 

朧の美貌に苦笑が浮かんだ。

 

「客をとるならお主がとれ。わしは自分の分の路銀は、持っておる」

 

「勝手についてきておいて、その言い草はないでしょう?」

「勝手に出奔しておいて、その言はいただけんなあ。」

 

仲がいいのか、わるいのか。

喧嘩をしているようで、打てば響く、会話を楽しんでいるふうもある2人である。

 

「いや、どうなさるね、お侍さん方?」

客引きは、焦れて言った。

「別に無理に客をどれなんてこたぁ、言わねえよ。だが、こっも商売なんだ。金はありませんと、わかってる客をあげるこたあできねえ寸法だ。」

 

「いや、ごもっとも。」

源之助は、頭を下げた。武士たるもの、町人に軽々しく頭を下げたりはしないものだが、源之助は飄々としたものだった。

 

「金の当てはないではない。工面してくる故に、連れの分だけでも部屋をとっておいてもらえませんでしょうか?」

 

客引きは、いろいろ悪さもするが、根っからの悪人では無い。

「へえ、そういう事なら。」

と、頷いてしまった。

 

「ときに、ここで道場を開き、門下を集めているええ、とあの」

「さて、道場はいくつかありやすが」

また、なにを言い出したかと、客引きは怪訝そうに源之助をみた。

「こっからだと、ちけえのは、無心流の平坂玄瑞先生だが、なんだい、道場破りでもしようってんじゃあるめえな。」

 

まさか!

と、笑って、源之助は時分と朧を指さした。

わたしたちが、剣の達者に見えますか。

 

よく言うわ、と朧は思った。

 

平坂道場は、街道筋からはだいぶ外れた辺鄙なところにあったが、門構えなどは、立派なものだ。

いちいち表札をだす習慣は、ずっとのにの世のことで、看板には「無心流」とだけある。

 

元祖の家成頼母は、濃尾のひとで、ある夜、地元の神社にて夜稽古の最中、夢に現れた土地神から、極意を授かり一派をたてたのだという。

「稽古してたのか、寝てたのかどっちだ?」

 

話好きの、客引きからそんな噂話をきいて、ぼそりとつぶやいた朧を、源之助は面白く思った。

彼もまた、まったく同じことを考えていたからだ。

 

門の脇を掃いている下男らしき老人に、

が腰を低くして話しかけた。

「拙者、旅の武芸者にて、宇佐健之介と申すもの。

無心流にその名もたかき、平坂玄瑞先生に一手ご教授いただきたく。」

 

老人は、顔をあげて、源之助を睨んだ。

シワ深い顔だが、眼光はなかなかのものである。

「わしが、平坂玄瑞だが?」

 

「そうでしょうとも!」

この展開でめげない源之助も大したものである。

「拙者、さる藩のお止流の皆伝を継ぐもの。実は路銀に少々難儀しております。女連れでもありますし、ぜひ、我が奥義高お買い求めください。」

 
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