2 / 2
道場破り?
しおりを挟む
街道まで、出てしまえば、人通りはかなり多い。
東海道五十三次掛川宿は、掛川城の城下町でもある。
宿は三十軒ほど。
本陣と呼ばれる参勤交代用の宿もあるが、源之助と朧が、訪ねたのは、むろん、そんなところではない。
外れに近い、小さな旅籠が軒を連ねる一角である。
茫洋とした風貌の源之助を、胡散臭げに見やった客引きは、凛々しい若衆姿の朧を、見るやいなや相好をくずした。
「慣れぬ旅にあせりは、禁物ですぜ、お侍さん。」
馴れ馴れしく、話しかけてきたが、朧は嫌がるふうもなく、あっさりと男を無視した。
しつこく、声を掛けられて、源之助に向かって、形のよい、あごをしゃくった。
「旅の瑣末事は、あれに、任せておる。」
ソウダッタッケ、な。
と、源之助は、うんざりと朧を見返した。
なにを考えているのか、源之助に付かず離れず、山をおり、街道筋まで出てきてもまだ、離れる様子もない。
人を1人殺めて、涼しい顔だ。
それを言うならば、源之助も生まれて初めての真剣勝負で、二人を屠っているのであるが、この男、自分のそれはたなに上げている。
声をきいて、朧が女かまたは、声変わり前の少年と見てとったのだろう。
いよいよ、客引きは頬を弛め、猫なで声で、源之助に擦り寄った。
「旦那もなかなかのご趣味で。」
衆道趣味があるととられたのか、それとも自分の女に男装をさせる癖の持ち主ととられたのか。、
どちらにしても、源之助には、迷惑な話しだった。
「宿は探してはいます。」
源之助は、基本的は、相手が誰であろうと丁寧な物腰は崩さない。
幼少期から鍛えられた間垣閃流の道場で、とにかく、下から数えて、指折りの立場で過ごした年月がそうさせるのだ。
「ですが、あいにく持ち合わせがなく。」
客引きは、少し思案をしてから、すいと寄って、耳打ちをした。
「なら、お侍さん。あんたの連れに客をとらせたら?」
「・・・」
「いや、長い間って、わけじゃねえ。
地元の旦那衆のなかには、あっちのことは、素人に限るって」
だ、そうだが、いかがいたしましょうか?
と、源之助は、腰を低くして、朧にそう言ったのは、彼の嫌がらせである。
「まさか、路銀の用意もなかったとは、笑わせてくれる。」
朧の美貌に苦笑が浮かんだ。
「客をとるならお主がとれ。わしは自分の分の路銀は、持っておる」
「勝手についてきておいて、その言い草はないでしょう?」
「勝手に出奔しておいて、その言はいただけんなあ。」
仲がいいのか、わるいのか。
喧嘩をしているようで、打てば響く、会話を楽しんでいるふうもある2人である。
「いや、どうなさるね、お侍さん方?」
客引きは、焦れて言った。
「別に無理に客をどれなんてこたぁ、言わねえよ。だが、こっも商売なんだ。金はありませんと、わかってる客をあげるこたあできねえ寸法だ。」
「いや、ごもっとも。」
源之助は、頭を下げた。武士たるもの、町人に軽々しく頭を下げたりはしないものだが、源之助は飄々としたものだった。
「金の当てはないではない。工面してくる故に、連れの分だけでも部屋をとっておいてもらえませんでしょうか?」
客引きは、いろいろ悪さもするが、根っからの悪人では無い。
「へえ、そういう事なら。」
と、頷いてしまった。
「ときに、ここで道場を開き、門下を集めているええ、とあの」
「さて、道場はいくつかありやすが」
また、なにを言い出したかと、客引きは怪訝そうに源之助をみた。
「こっからだと、ちけえのは、無心流の平坂玄瑞先生だが、なんだい、道場破りでもしようってんじゃあるめえな。」
まさか!
と、笑って、源之助は時分と朧を指さした。
わたしたちが、剣の達者に見えますか。
よく言うわ、と朧は思った。
平坂道場は、街道筋からはだいぶ外れた辺鄙なところにあったが、門構えなどは、立派なものだ。
いちいち表札をだす習慣は、ずっとのにの世のことで、看板には「無心流」とだけある。
元祖の家成頼母は、濃尾のひとで、ある夜、地元の神社にて夜稽古の最中、夢に現れた土地神から、極意を授かり一派をたてたのだという。
「稽古してたのか、寝てたのかどっちだ?」
話好きの、客引きからそんな噂話をきいて、ぼそりとつぶやいた朧を、源之助は面白く思った。
彼もまた、まったく同じことを考えていたからだ。
門の脇を掃いている下男らしき老人に、
が腰を低くして話しかけた。
「拙者、旅の武芸者にて、宇佐健之介と申すもの。
無心流にその名もたかき、平坂玄瑞先生に一手ご教授いただきたく。」
老人は、顔をあげて、源之助を睨んだ。
シワ深い顔だが、眼光はなかなかのものである。
「わしが、平坂玄瑞だが?」
「そうでしょうとも!」
この展開でめげない源之助も大したものである。
「拙者、さる藩のお止流の皆伝を継ぐもの。実は路銀に少々難儀しております。女連れでもありますし、ぜひ、我が奥義高お買い求めください。」
東海道五十三次掛川宿は、掛川城の城下町でもある。
宿は三十軒ほど。
本陣と呼ばれる参勤交代用の宿もあるが、源之助と朧が、訪ねたのは、むろん、そんなところではない。
外れに近い、小さな旅籠が軒を連ねる一角である。
茫洋とした風貌の源之助を、胡散臭げに見やった客引きは、凛々しい若衆姿の朧を、見るやいなや相好をくずした。
「慣れぬ旅にあせりは、禁物ですぜ、お侍さん。」
馴れ馴れしく、話しかけてきたが、朧は嫌がるふうもなく、あっさりと男を無視した。
しつこく、声を掛けられて、源之助に向かって、形のよい、あごをしゃくった。
「旅の瑣末事は、あれに、任せておる。」
ソウダッタッケ、な。
と、源之助は、うんざりと朧を見返した。
なにを考えているのか、源之助に付かず離れず、山をおり、街道筋まで出てきてもまだ、離れる様子もない。
人を1人殺めて、涼しい顔だ。
それを言うならば、源之助も生まれて初めての真剣勝負で、二人を屠っているのであるが、この男、自分のそれはたなに上げている。
声をきいて、朧が女かまたは、声変わり前の少年と見てとったのだろう。
いよいよ、客引きは頬を弛め、猫なで声で、源之助に擦り寄った。
「旦那もなかなかのご趣味で。」
衆道趣味があるととられたのか、それとも自分の女に男装をさせる癖の持ち主ととられたのか。、
どちらにしても、源之助には、迷惑な話しだった。
「宿は探してはいます。」
源之助は、基本的は、相手が誰であろうと丁寧な物腰は崩さない。
幼少期から鍛えられた間垣閃流の道場で、とにかく、下から数えて、指折りの立場で過ごした年月がそうさせるのだ。
「ですが、あいにく持ち合わせがなく。」
客引きは、少し思案をしてから、すいと寄って、耳打ちをした。
「なら、お侍さん。あんたの連れに客をとらせたら?」
「・・・」
「いや、長い間って、わけじゃねえ。
地元の旦那衆のなかには、あっちのことは、素人に限るって」
だ、そうだが、いかがいたしましょうか?
と、源之助は、腰を低くして、朧にそう言ったのは、彼の嫌がらせである。
「まさか、路銀の用意もなかったとは、笑わせてくれる。」
朧の美貌に苦笑が浮かんだ。
「客をとるならお主がとれ。わしは自分の分の路銀は、持っておる」
「勝手についてきておいて、その言い草はないでしょう?」
「勝手に出奔しておいて、その言はいただけんなあ。」
仲がいいのか、わるいのか。
喧嘩をしているようで、打てば響く、会話を楽しんでいるふうもある2人である。
「いや、どうなさるね、お侍さん方?」
客引きは、焦れて言った。
「別に無理に客をどれなんてこたぁ、言わねえよ。だが、こっも商売なんだ。金はありませんと、わかってる客をあげるこたあできねえ寸法だ。」
「いや、ごもっとも。」
源之助は、頭を下げた。武士たるもの、町人に軽々しく頭を下げたりはしないものだが、源之助は飄々としたものだった。
「金の当てはないではない。工面してくる故に、連れの分だけでも部屋をとっておいてもらえませんでしょうか?」
客引きは、いろいろ悪さもするが、根っからの悪人では無い。
「へえ、そういう事なら。」
と、頷いてしまった。
「ときに、ここで道場を開き、門下を集めているええ、とあの」
「さて、道場はいくつかありやすが」
また、なにを言い出したかと、客引きは怪訝そうに源之助をみた。
「こっからだと、ちけえのは、無心流の平坂玄瑞先生だが、なんだい、道場破りでもしようってんじゃあるめえな。」
まさか!
と、笑って、源之助は時分と朧を指さした。
わたしたちが、剣の達者に見えますか。
よく言うわ、と朧は思った。
平坂道場は、街道筋からはだいぶ外れた辺鄙なところにあったが、門構えなどは、立派なものだ。
いちいち表札をだす習慣は、ずっとのにの世のことで、看板には「無心流」とだけある。
元祖の家成頼母は、濃尾のひとで、ある夜、地元の神社にて夜稽古の最中、夢に現れた土地神から、極意を授かり一派をたてたのだという。
「稽古してたのか、寝てたのかどっちだ?」
話好きの、客引きからそんな噂話をきいて、ぼそりとつぶやいた朧を、源之助は面白く思った。
彼もまた、まったく同じことを考えていたからだ。
門の脇を掃いている下男らしき老人に、
が腰を低くして話しかけた。
「拙者、旅の武芸者にて、宇佐健之介と申すもの。
無心流にその名もたかき、平坂玄瑞先生に一手ご教授いただきたく。」
老人は、顔をあげて、源之助を睨んだ。
シワ深い顔だが、眼光はなかなかのものである。
「わしが、平坂玄瑞だが?」
「そうでしょうとも!」
この展開でめげない源之助も大したものである。
「拙者、さる藩のお止流の皆伝を継ぐもの。実は路銀に少々難儀しております。女連れでもありますし、ぜひ、我が奥義高お買い求めください。」
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
江戸時代改装計画
華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
華研えねこ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。

第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる