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第9部 道化師と世界の声

試合というなにかの終わり

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わずかに空いた隙間を利用して、ドロシーの膝が、クロノの鳩尾を貫いた。
ダメージが、あったのはドロシーの膝の方だ。ひ、膝が痛い。ひざが砕けるぅ。

“それをわざわざ、ご注進に来てくれたのかい?”
“いえ。これだけ大っぴらにやるのだから、いずれ教皇庁の耳に入るでしょう?
でも、教皇庁の影響力はカザリームではそれほど大きくない。たぶん、トーナメントは予定通りに行わせて、あとから難癖をつけて利益を巻き上げるやり方をとると思います。”

“分かってるじゃないか。”
クロノの典雅とさえ言える顔に、笑みが浮かぶ。
これは、ギャラリーからもはっきりと見えた。

思わぬ好敵手を称える笑み。見たものはそう解釈した。

“わたしは、別のやり方を勇者様に提案しに来たのです。”

クロノの笑みはいっそう深くなった。

“かつて、グランダの王子が自らのパーティを『栄光の盾』と名付けたとき、あなたは確か直接、グランダに乗り込んだ。『愚者の盾』と名乗って!”

“どこから聞いた。”
“ルトから。概略だけですけど。”
“同じことをしてみろ、と?”
“はい。あなたが、参加して優勝してしまえば、聖光教もそれ以上の難癖はつけてこないでしょう。”
“カザリームはそれで問題ないのか?”
“あとから、教皇庁に利益を献上するのと、優勝賞金を正当な立場のものが、さらって行くのとでは、後者の方がはるかにマシでしょう?”

クロノはまた拳を振るった。
床がひび割れ、大きく陥没する。

“問題があるとすれば、『愚者の盾』がきっちり優勝してくれるだけの力がうあるか、という所なんですけど。”

密着したままの、クロノは呆れた様子で言った。
“グランダでの愚者の盾のメンバーを知っているのかな?”
“いえ、そこまでは。ルトはあんまり、グランダ時代のことは話したがらないので。でも階層主たちと渡り合った強者ぞろいとは聞いてます。”

クロノが、また拳を振り上げる。
当たれば、ドロシーの頭蓋骨など、微塵に砕け散るだろう。

ドロシーの足が跳ね上がり、クロノの首を挟んだ。同時に手を引き込みながら、その体を引きずり倒す。クロノの拳は、虚しく床に穴を開けた。

クロノの肩を極めようとしてが、失敗。

滴る汗で、手が滑った。
立ちあがろうとした足元がふらつく。

クロノは、まだまだ元気いっぱいだ。話したいことだって、まだまだあるのだが、もうドロシーの体力は限界に近い。

「そこまでか? 銀雷の魔女。」
クロノが言った。
倒れる・・・・と見せかけて、踏み込みざまに肘を打ち込む。クロノが手のひらで、それを掴んだのは、多分、彼の優しさだ。
当たりどころが、悪いとドロシーの肘が折れる。

汗が飛び散って、クロノの衣装を濡らした。

「まだ、おまえの切り札を出していないな?」
クロノは、むしろ、優しい口調で言った。
「密着してからの電撃による攻撃。それが、おまえの最大の攻撃のはずだ。」

ドロシーは、苦笑する。
クロノは、リウの友人なのだ。
「踊る道化師」の情報は、ある程度伝わっているとは思っていたが、これは意外だ。

「お望みなら。」

ドロシは、ゆっくりと離れた。自分の息があがっているのが自分でもよくわかった。
半年前、マシューたちと鎖に繋がれた状態で、迷宮を脱出した時もここまで、疲労困憊していなかったと思う。

だが、密着しての電撃は、ある意味自爆技だ。電流は相手を焼くと同時に、自分にも跳ね返る。そんなタイミングで電撃を出されると思わないからこその、攻撃であり、またドロシー自身が、ギムリウスの糸で作られたボディスーツを着用することで、ダメージを軽減できることが、最低の条件だった。

「魔法は封じて戦う、というルールだったはずですがいいのですか?」
「おまえは、よく戦っている。さすがは『踊る道化師』の銀雷の魔女だ。」

クロノは、ギャラリーに聞こえるようにはっきりと言った。

「だが、もう体力も限界だろう。やれることを全てぶつけずに、倒れるのは、本意ではないだろうし、こちらも倒したのか倒れたのか、分からない勝ち方では、不本意だ。」

それなら。

なんとか息を整えたドロシーは、体を低く構えた。
タイミングをはかって、タックル。
どこでもいい。しがみつければ、そこから、電撃魔法を。

ドロシーの身体が小刻みに揺れる。
これまで、彼女はいくども、この戦法で格上の相手に苦渋を舐めさたことが、ある。
だが、それはあくまで、不意を着いて

クロノは、卓越した勇者の「目」をもってドロシーを観察している。
彼女が動き出す。
その起こりを絶対に見逃さない。

僅かな筋肉の強ばり。
視線。
息遣い。

それからが、ドロシーが突進する瞬間を、事前に教えてくれる。

まだだ。まだ。まだ。 
クロノには、やるべきことが分かっていた。
ドロシーは、どちらかの脚を目掛けて、タックルを仕掛けてくる。
そのタイミングで、目標にされた脚をあげる。
そのまま、ドロシーのタックルを空振りさせて、上げた脚を振り下ろして、ドロシーを踏みつける!

ドロシーは、半歩、踏み込んだ。まだ。
まだだ。
まだ来ない。それは、クロノには明白に分かって。

体を電流が貫いた。

接近せず、に。
電撃魔法だ。
と?

致命的なダメージではない。だが
今度は間違いなくダメージはあった。

脚の筋肉が、クロノの意思に反して痙攣する。
ゆっくりと。
クロノは、尻もちをついた。

目から。口から。

体の内部を焼いた電撃のため、煙が上がる。

ドロシーは。
電撃を放ったまま、にっ、と笑った。

そうか。
汗か。
床を濡らすほどに、滴った互いの汗が、回避不能の電撃魔法を可能にしたのだ。
それは、ドロシー自信をも焼く諸刃の剣。

ドロシーの身体が力を牛ない、崩れ落ちるのを、クロノはしっかりと抱きとめた。

「見事だ。銀雷の魔女。」
クロノは耳元でそう言ったが、果たしてドロシーに聞き取れたかどうか。
「この試合は、引き分けとしよう。」
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