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第9部 道化師と世界の声

入国審査

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そもそも、この集まりは何で、なんの目的があって、銀灰皇国を訪れたのだ?

半ば、閉鎖された銀灰皇国とはいえ、貿易もあれば、外交官もいる。個人での自由な旅行は、入る方も出ていく方も難しいだけで。
少なくとも、国境のヨースの街までは、魔道列車も通っているし、ヨースは、山岳をすっぽり切り抜いて作られた大都市なのだ。

(もっとも、広大な空洞の壁面につくられた住宅は、それほど快適ではなく、ほとんどが貿易関連の商会事務所として使用されているらしい。)

もともと、大国ランゴバルドの姫君であるルールスが、銀灰皇国の皇族であるオルガ姫を、冒険者学校にお預かりすることになって、その表敬のための訪問、ということになっている。
社会見学のため、冒険者学校の生徒を身の回りの世話役も兼ねて、数人同伴する、と。

そんなふうになっているから、ミルドエッジ老師もわざわざ、出迎えに来てくれていたわけだ。
ただし、突然の鬼蜂騒動があり、それを冒険者学校の生徒が制圧したのを、そのとき、ヨースにいたもの、すべてが、確認している。

ヨースの大空洞の天辺。
入国審査場で、応対をしてくれたのは、責任者のホロブチ男爵といったが、かわいそうに、怯えて、口もきけなかった。

ランゴバルドの封印がおされた親書は、壊乱帝宛の制式なものであり、そうなると、入国審査云々よりも、それは外交の問題となってくる。
入国審査場ができるのは、せいぜい、ランドバルドの封印が本物かどうかの鑑定くらいであり、それも、預かって、誰それに見せるなどということは許されない。

「鬼蜂騒動がなければ、入国審査なんて形だけでおわるはずなんだけど。」

なにも進まない手続きに、ぼくがそんな不満をもらすと、傍らで、ぼくのボロマントを素肌に巻き付けた少女が、体をちいさくして、すいません、と口の中でつぶやいた。

「ルールス姫にその・・・・校外学習の冒険者学校生徒が4名、と。その・・・・・」

ホロブチ男爵は、実直そうな事務官だったが、かなりの魔力をもっている。というより、銀灰皇国の住民は基本的にみな、魔道士なのだ。
それだけに、わかるのだろう。
ルルナさんの、クサナギの、ミケさんの魔力の異常さが。

「旅の途中でわけあって、同行することになりましたミケさん。それとその子犬がポチ、子猫がタマ。」
「そちらの若い女性は、鬼蜂の女王ですよね?」
「蜂たちが、ヨースの大空隙で、運動会を催す予定なのを、銀灰皇国に伝え忘れたとのことで、いたく反省され、ぼくたちに同行して、壊乱帝陛下に一言お詫びを申し上げたいと。」

「まあ、なんにせよ、実質的な被害がでなくて、大変よかった。」
ルールス先生があとを引き取ってくれた。
「これで、建物が壊れた、人が傷ついたということにでもなれば、また鬼蜂討伐などという話を出てこようが、そんなことはなにひとつなかったのだからだな!」

無理やり。
かなり大雑把にまとめてしまうと、ルールス先生の言ったとおりなのだ。

最下層の広場を埋め尽くした鬼蜂の死骸や断片、粘液などといったものは、生き残った鬼蜂たちがきれいに片付けた。
具体的には、すべて食い尽くしてしまったのだ。

時間は30分もかからなかった。

細かく指摘すれば、落ちてきた鬼蜂で、駅舎の窓がいくつか割れ、傷ついて地上におりてきた鬼蜂とわたりあった駅員や、空船の船頭が何名か怪我をしたが、そこいらは、ルルナの魔法で治癒させている。

「わかりました。ルールス姫がお連れになったのが、なにものかはあらためて問いますまい。」
すさまじい苦渋を、外交の笑顔に隠しながら、ホロブチ男爵は言った。
「しかしながら、来訪の目的は改めて、お伺いしたい。
鬼蜂どもの運動会云々ではない。本当の理由だ。わたしにも入国管理官として、銀灰の民の安全を守る義務があるのです。」

けっこう、立派な人物だった。

「銀灰皇国帝位の非公式ながら、継承者となられたオルガ姫を、当校にお預かりすることについてのご挨拶が、まずひとつ。」

意外にもホロブチ男爵は、顔をほころばせた。

「オルガ姫は息災であられますか?」
「わたしの特別クラスにて、日々、鍛錬に励んでおいでです。」
「わたしくは、皇太子派のイチ員でありますから、多くは勝たれませんが、悪い知らせではありません。」

ずいぶんと、持って回った言い方だった。
すべての派閥を敵にまわしたオルガを公然と支持すれば、粛清の対象になりかねない。
結局は、どこかの派閥に属するしかないのだ。

「ほかの理由をお聞かせ願えますか、ルールス姫。」

「わたしは、独自の情報ルートがある。」

ルールス先生は、表情を消した。わりと童顔で、肌のきれいなルールス先生がそうすると、まるで、高級なビスクドールのように見える。

「この一年、わたし自身への暗殺未遂をはじめ、ランゴバルド博物館の『神竜の鱗』を巡る古竜と盗賊団の暗躍、大邪神ヴァルゴールの使徒たちの集結と、我がランゴバルドには、でもないことが続いた。」

暗殺を除いては、全部、ぼくらのせいだな。

「わたしは、その中を生き延び、その黒幕についてほぼ、目星をつけている。」
「・・・・・と、言いますと。」
「教皇庁だ。」

なんの根拠も示していないのに、ホロブチ男爵はかたずをのんだ。

「ま、まさか」
「もともと、冒険者気質の強い我が国では、一応聖光教徒であっても、平然とほかの神も信仰するのがふつうだ。聖光教の唯一神にとってはさぞかし、腹立たしいことだろう。
いや、神そのものはそんな俗世のことがらに関与しないだろう。
問題は、教皇庁の上部にくすぶる薄汚い俗物どもだ。

わたしは、自らスカウトした優秀ん冒険者パーティの手も借りて、これを徹底的に叩いた。
しばらくは、やつらは、ランゴバルドにちょっかいは出してこないだろう。
そのかわりに、やつらが手を出しそうな国が。」
「待ってください。」

ただの入国審査官の男爵閣下には、重すぎる。
聞かれたくない話を辞めさせるには、聞きたくない話をもっともらしく、語ってやるのがいいのかもしれない。


「西域で唯一、聖光教の教会がひとつもなく、その権威の届かない銀灰皇国こそ、やつらの次なる狙いとなる。」

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