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第9部 道化師と世界の声

空隙の魔物

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「どけどけどけいっ!」
ミルドエッジさんは、手をぐるぐると回して、周りを威嚇した。
「この方たちはランゴバルドからの正式な訪問客で、闇姫オルガ殿下のお知り合いじゃ。おのれらのような三下が気軽に話しかけるでは無い。」

や、やみひめ・・・・
闇姫オルガの・・・・

小さな悲鳴のような声が、あちこちから聞こえた。オルガ…きみってどんだけ、嫌われているんだ。

「老師さま。」
顔を引き攣らせながらも、その前に跪いたのは、最初に舟を下ろした船頭だった。両の腕は筋肉が盛り上がり、胸板は厚く、いかにも屈強な船乗りといった風情だ。
でも、この「舟」は魔法で動かしてるんだよね?

「鬼蜂どもの動きが、今日は妙に活発なのは事実でございます。中層から高層下部にかけては、我々も運行が妨げられる程。
たんに浮遊魔法がつかえるからだけで、最上階まで無事にたどり着けるとは、思いませぬ。」
「なら、おまえらは、客を載せるだけ乗せてどうしようとしていたのだ!」
「そ、それは…」
船頭は口ごもった。

舟に乗り込みかけた、乗客らも険しい顔で睨んでいる。
「まずは、安全なところまで飛んで…もし危険ならその階層で、いったん建物に退避して様子を見るつもりでした。」

「そうか。わしはまた、誰かを外に放り出して、蜂がそいつに群がってるスキに、先を急ぐのかと思っていたぞ。」

絶句した船頭に背を向けて、ミルドエッジ老師は、改めてぼくらに向き直った。

「そなたが、壊乱帝の『悪夢』の長ですか。」
ルールス先生が、品良く微笑んだ。
そんなこともできたんだっ!?

「わたしは、ランゴバルド王の・・・・王家のもの。現在は、冒険者学校にて、オルガ姫を担当しているルールス・シャルフォード。」
言い直したのは、実際には、ルールス先生は、元王の大叔母に当たるので、関係を説明しにくかったのだろう。

「ルールス姫か。初におめにかかる。」
ミルトエッジは、傲岸不遜に胸をそびやかした。
十をいくつもこえてない少年がそんなことをするのは、どうにも滑稽な気がしたが、ルールスセンセイだって、見かけの歳ではないのだ。ほぼ、全国民が魔道士の銀灰皇国だ。魔力過剰による長命を得ているものも少なくないだろう。
これは、見かけで相手を判断しない方がよいかもしれない。
そもそも、こっちにだって

「ミルドエッジ! その節は世話になったのう?」
ガゼルが進み出た。白い歯がなんとなく、牙に見える獰猛な笑みは、十代初めの坊やにはぜんぜん、似合っていない。

「北の長寿族のガセル長老どの!?
なぜ、おぬしがここに。」
「ガセルさんは、一族の間で、160年にわたって、まったくモテず」
ぼくは、丁寧に説明した。
「自分を知らない若者たちとなら、うふふ、キャッキャッできると思い、長老の座もかなぐり捨てて、冒険者学校に入学したんです。」

おろかな…ミルトエッジ老師は吐き捨てるように言った。流石は、皇帝の懐刀『悪夢』の長のひとり。でもなんだよ、“そうか、その手があったか。”って。

唇の動きで、言葉くらい読めるんだぞ?
「やかましいぞ、ルト。わしは単に広い世界に見聞を深めにだな…」

自己紹介だけでこんなにもたつくってある?
これじゃあ、古竜さんたちをどう紹介したものか。


最初に、上空の異変に気がついたのは、ルルナさんだった。
はるか、上方まで伸びる間隙。その一部が黒い雲に覆われていた。いや。雲ではない。

虫だ。

「バカな。」
船頭さんが呻いた。
「鬼蜂は、臆病で大人しい生き物だぞ。」

臆病でおとなしい、肉食の蜂というのが、いるのかどうか知らないが、まあ、いるのだろう。
黒雲の中から、ボタボタと、蜂の頭や脚がふってくる。

乗客や、あきれたことに船頭たちも、悲鳴をあげて逃げ回った。

ぼくは、眼をこらした。
誰かが、遠目には雲海にしか見えない肉食蜂の群れと戦っているのだ。

やがて・・・・・

黒雲が2人の女性を吐き出した。



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