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第9部 道化師と世界の声

銀灰への道2

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まずは、あそこまで、とにかく列車を走らせろ。
というのが、クサナギからの指示だった。まあ、人間の足で歩いたら、たっぷり3時間はかかりそうな距離がある。
もちろん、竜の姿になればひととび、だろうが、ここでそうする事で、ほかの乗客や乗務員を困らせなくは、なかったのだろうと、思う。

車掌は渋ったが、ルールス先生が王族特有の自然なワガママを通した。

魔道列車は、ゆっくりと。
ひとが小走りにかけるくらいのスピードで動き始めた。

機関士は、まだ若い。30台になるかならないか、というところだ。
運転手は30台半ばか。
いずれも緊張しきった顔だが、絶望的、というほどでもない。

「むこうはなんていってます?」
ぼくが尋ねると、いかにも駆け出し冒険者のぼくを、胡散臭そうに見て、機関士が、言った。
「然るべき対価を払って通行を許可して欲しい、と願い出た。」
念話そのものよりも、正確な内容を狙った相手に届けるのが難しい。
この機関士は、魔道士としても優秀に違いない。

まあ、魔道列車を動かすのだから、魔道士が乗っていて当然なのか。

「むこうは、これを了解した。
ただ、欲しい対価がなにか尋ねても答えない。」

ぼくは、窓から身を乗り出すと、先頭車両の屋根によじ登った。
風に髪をたなびかせて、クサナギが仁王立ちしている。

「ああ、ルトくんっ!」
ぼくを振り向いた顔が、楽しそうに笑っていた。
クサナギは、たぶんぼくに合わせたつもりだろう、16、7の女子の姿で、裾に舞い踊る竜をモチーフにしたワンピースを着ていた。
丈は短いので、風で裾がめくれる度に、かっこいい、あんよが太ももまで、見え隠れしている。

ここは、もともとは大森林地帯だったそうだ。
一部を除き伐採し、レールをしいて魔道列車を通している。国家でもなければとうてい、手をつけようとも思わない。
これを西域のあちこちで同時進行で、いまも工事を続けている。
一国の軍に匹敵する「保安部」を持ち、一騎当千の「絶士」を抱える。それが西域8強の9番めの強国、鉄道公社だった。

「相手はわかった?」
「うん。古竜だね。ほかに嵐竜を連れている。」

嵐竜とは、知性を獲得しないまま千年のときを生きてしまった竜だ。
もはや、知性を獲得することは叶わない。永久に、永遠に、殺戮と暴虐を繰り返す怪物として、存在し続ける。

当然、飼い慣らすことなど出来ないのだが、それはぼくらが人間だからで、古竜はまた別だろう。

行く手の峠を閉ざす暗雲が、いっそう濃くなった。その中に、紫のイナズマが走る。

ごおっ!

雄叫びをあげて、1匹の竜が飛び出した。
紫電のブレスが放射され、森の一部が更地になっていく。

巨木が土砂と一緒に巻き上がり、大量の土砂とともに落下する。まだたいぶ距離はあるが、凄まじい光景だ。

列車の後方で、悲鳴が上がる。

「構わず、列車をすすめてください。」
ぼくは、窓から機関士に叫んだ。

こちらから、なんらかの代価を得るつもりなら、微塵に吹き飛ばしたりはしないとは思うが・・・
そこいらのコントロールが、甘いのが、嵐竜のブレスだった。

障壁をつくる準備をしようとしたら、すでに準備は整っていた。
ルルベルーナのバリアだ。
一定の大きさ以上ものが飛んできたら、自動的に、斥力をもって反発するように設定されている。

クサナギは、両手でなにかをこねていた。
嵐竜が、こちらを、見つけた。
黒い翼を広げ、こちらに向けて飛翔する。

“あ、こら、辞めなさい、ポチ!”
狼狽した念話が響いた。
“まて! です。変なものを食べたらお腹を壊します。”

接近する嵐竜は、身の丈約50メトル。
かなりの図体だ。体の各所に、紫電が絡みつき、火花が弾ける。
さっき、自分で吐いたブレスの余波が、みずからの体を侵食して痛みをもたらしている。

おそらく、痛みを我を忘れているのだろう。
これだから、嵐竜は!

嵐竜は、巨体にものを、いわせて体当するつもり、だったようだ。その全面に巨大な金属の盾が幾つも、出現する。
嵐竜の巨大な牙が、爪がそれに襲いかかった。

盾は一撃しかもたない。
切り裂かれ、砕け。ぺし曲げられた盾が地面に落ちる。

窓から再び、なかを覗き込むと、機関士が青い顔でへたりこんでいた。
いまの盾は、このひとの仕業か。
なかなか大したものだ。

「あとは、ぼくらでやるから、休んでてください。」

それだけ、言って屋根に戻る。
再び前身を始めた嵐竜。もはや距離は数百メトルもない。

だが、突然。
その前進か止まった。
まるでしっぽの先を巨大な手につかまれたように、そこを起点に振り回され、地面に叩きつけられた。

巨木がへし折れ、土煙が巻き上がる。衝撃波が、列車を揺らした。また客車のあちこちで悲鳴があがった。

嵐竜は、失神したようだ。
まるで大きな手に尻尾を掴まれて、吊り下げられたように、見えるのだがピクリとも動かない。
隣にたつクサナギの手の中に、辛うじて竜とわかる粘土をこねた玩具があった。
彼女は、そのおも玩具の尻尾ををもって、ゆらゆらと、粘土細工の竜をゆらす。

それに合わせて、
宙釣りになった嵐竜が揺れた。

ゆうら。
ゆうら。

“ぽ、ポチ!”

念話の声は悲鳴に近い。
前方上空にわだかまった黒雲が、爆発するように四散したかと思うと、ポチに比べて、やや小型の嵐竜と、その首根っこにまたがった女性が、とんできた。

“なんて酷いことを”

そういうからには、嵐竜を従えている古竜が、この女の人なのだろう。

クサナギの手が振られた。尻尾を掴まれたポチ身体が回転。それ自体が巨大な質量の槌となって、古竜さんとミケ(勝手に名付けた)をたたき落とした。

三度、木々は倒れ、大地は抉れた。

地面に叩きつけられた二頭目の嵐竜もピクリとも動かない。
女のひとがその体にすがりついて叫んだ。

“た、タマ”

少し違った。

クサナギが、車両の屋根から、ゆっくりと歩き出した。
落ちない。
飛ぶでもなく、浮く、でもなく、そのまま、まったく自然な歩調で、倒れたポチとタマにすがり付く古竜の女性に近づいた。

“な、なんで、クサナギがここにおるっ!”
女性の表情は、恐怖に戦いていた。
嵐竜二頭を従えた古竜らしくも無い。
“おまえは、永久凍結刑に処されたはずでは!!”

「なにをしたの?」

ぼくの白い目に、クサナギは、顔を赤くした。いや、照れるところではない。
「若い頃は、けっこうヤンチャで。」

“あれをヤンチャですますなっ!”
古竜の女は涙目である。

とにかく、急ぐは嵐竜たちの治療だろう。
ぼくは、ふわりと2人と二匹の隣りた。
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