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エピローグとプロローグ

道化師たちの苦悩

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ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーは、リウとフィオリナにも好評だった。
ミトラミュゼは、新しい名物を手に入れたのかもしれない。
店をでる段になって、店長はルトたちに丁重に、挨拶を述べて、ミルクと砂糖を入れ手飲むコーヒーをミトラミュゼのオリジナルメニューとして宣伝して良いか、と尋ねた。

ルトはアキルを見た。アキルとしては、ブラックが飲めないお子さま舌を恥じるしかないのだが、
「わたしは異世界人なんだ。異世界では一般的な飲み方だよ。」
とだけ答えておいた。
かくして、コーヒーにミルクと砂糖を入れて飲むこの飲み方は「アキル・コーヒー」として西域に広まっていくのであるが、それはまた別の話である。

(もっともこれは、この世界においてもアキルの全くのオリジナル、というわけではなく、豆の取れる南方でも甘味や、ヨーグルトを入れて飲むやり方は少数ながら存在していた。)

「さて、ここからは、パートナーチェンジだ。」
リウは楽しそうに言った。

つまり、ここからは、リウとアキル、ルトとフィオリナで行動することになる。
話の流れでそう決まった。
それはいいのだが、「パートナー」という言葉を、恋人関係という意味でさんざん使い倒してきたので、リウと、アキルはちょっと嫌な顔をしていた。

アキルは、そもそもミトラ流の剣術の修行のためにここにきたのである。
これは「勇者ならばミトラ流剣法」というアキルの思い込みから、出たものではあるが、幸か不幸か、西域に武者修行に行くと言っていたジウル・ボルテックとドロシーにつき添ってもらう形で、なんとかミトラにたどり着きはしたのである。
だが、一連の騒動で、結局、適当な師匠は、まだ探せていない。

「もし習うんなら、後で自慢できることも含めてできるだけ、有名な人に師事したい。」
と、ここまできて、また軽いことをいうアキルだった。
ならいいやつがいる。
と、ついさっき、コーヒーを飲みながらリウが言い出したのだ。

「一千年前の亡霊に、今のミトラに知り合いがいるのか?」
と、ルトがきくと、リウは笑った。

「どういうものか、初代パーティで転生しているやつが、いるんだ。あれは、オレの友人だろう? いろいろ義理もあるし、まず断れないだろうさ。」

そうだった。
現在の聖光教が認めた「勇者」クロノは、過去世の記憶をもつ、本当の生まれ変わりだった。
一緒に、魔王宮に閉じこもった「賢者」ウィルニアとは違って、接触して期間は短いが、それなりに濃厚なひと時を共有している。
何より、リウは「どつきあったら後は親友」とかいう街の不良並みの信条を持っていたので、命懸けでやり合ったクロノは、彼の認識の中では、大親友なのである。

「会いに言ってみるか?」
というリウの誘いに、二つ返事のアキルである。
そうなると、困るのが、フィオリナとルト、だった。ルトは、クロノにあえば、再戦を申し込まれるのはわかっていた。それは死ぬほどかったるい。適当に負けてやってもそれが、わざとだということを見抜けるくらいの力量のある、クロノである。
フィオリナは、「剣聖」カテリアに会いたくなかった。クロノの元に行けば、ほとんどクロノと行動を共にしているカテリアに会うのは必至である。これ以上人間関係を複雑にしてしまってはまずいのは、フィオリナにもわかるのだ。

フィオリナは、実はそれでもリウと一緒に行こうとしたのだが、リウが止めた。

「おまえは、別行動だ。」
「なんでえ?」
とフィオリナは、不満そうにリウを睨んだ。フィオリナの睨んだ顔というのは、怖い。実に怖いのだが、リウはどこ吹く風だった。

「このところ、べったり一緒にいすぎている。」

そうなのか。と思うルトである。彼が、体調を崩してアライアス邸にお世話になっていた間、ホテルの部屋にも勝手に出入りしていたようだし、あまり詮索はしないので、勝手に情報を出してくるのはやめて欲しかった。

「だって、もうすぐお別れじゃない。わたしが追いかけて合流するまでの間とはいえ、リウがいないと寂しいよ。」

これは、ランゴバルドにいたときも頻繁に会っていやがったな。と思うルトだった。
彼としては、邪神ヴァルゴールの使徒襲来をきっかけに、フィオリナを「踊る道化師」の六人目の正式なメンバーとして、認めさせようと、四苦八苦していたのだが、勝手なものである。
もっとも、彼の努力は、ほかならぬ邪神ヴァルゴールと神鎧竜レクスが、「踊る道化師」に参加を表明したことで脆くも崩れたのである、が。

ということは、ルトがフィオリナとの関係の修復のために行ったミトラへの偵察旅行も、彼女にとっては苦痛でしかなかったのだろうか。
詮索は頼まれてもしてやらないから、次々事実を突きつけるな。

しかもリウたちを追いかけていなくなることまで、宣言するな。せめてこっそりやれ。

「わかった。じゃあ、後で、ね。」
「ああ、おまえもいい子にしてるんだぞ。」

フィオリナにそんな口をきけるのは、おそらくクローディアの親父どのくらいだったはずだが。
フィオリナは素直に頷いた。

「さて、ルト!」
リウとアキルが、街角に消えていくまで手を振り続けたフィオリナは、姿が見えなくなってやっとルトを振り向いた。

「お腹もいっぱいになったことだし、ひさびさに組み手でもしようか?」
「なぜそうなる?」

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