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第8部 残念姫の顛末

第393話 夜明け前

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夜は白白と開け始めている。
各自は知恵を絞った。考える限りのことを考え、やれることはすべてした。
全員で列席を断る、という案もあったが、アウデリアから一蹴された。
そんなことをしても、あいつらは結婚する。

ならばもはや、紙にも見えぬ「運命の空白」が人類にとって致命傷にならないように、準備を整えておくしかない。
アウデリアはそう言って、クローディアのもとに帰っていった。
人間である夫には出来ること、告げられることは限られていたが、それでもフィオリナの勘当くらいはしておくべきだった。
ザザリも、息子である現王、夫である前王を先にグランダへ帰らせるか、悩んだ。

神に近いものたちの言う「空白」が具体的に何をもたらすかはわからない。
どこに起こるかもわからない。
ただ、ルトとフィオリナに因果関係が深いものほど、その影響を受けやすいことは、可能性として大いにあり得た。ならばザザリとしては、物理的に距離を遠ざけるよりも身近に彼らおいて何が起こっても対処できるようにしておくしかなかったのである。

アモンはすでに、その存在すら忘れていた古竜聖歌隊のもとへ、飛んでいった。
もうどうでもよくなった存在なのだが、彼女がやらせた以上、ほっておくわけにもいかない。

ギムリウスは、とりあえず、ホテルに転移すると隣の部屋を礼儀正しくノックした。
「はい。」
と、ドアが開いてフィオリナが、顔を出した。
バスローブを羽織っただけ。顔が紅潮していて、ほんとうに湯船に浸かった直後のようだった。
「ギムリウス。ドアからは珍しいわね。どうぞ。」

ギムリウスは、ルトとフィオリナの部屋に入った。
「ギムリウス。」
いつだって精悍で生命力に溢れていたはずの、魔王宮の主は弱々しくあいさつした。

いつのルトが座っていたソファに、だらしなく体を預け、床にはからになった酒の瓶が転がっている。

もうそろそろ明け方だったが、量からするとかなりの長時間、飲み続けていたようだった。

「ギムリウスも見ていく?」
フィオリナは、バスローブの肩をはだけた。
ギムリウスは、嫌な顔をした。この体はギムリウスにとっては、義体。だが、彼女の本体と直結し、感情の変化もまた義体の顔の表情に伝えてくれる。
つまり、ギムリウスは本気で嫌がっていた。

人間のそういった行為に興味があって、義体にギミックまでつけてみたギムリウスではあったが、いまは、嫌悪感しかない。比類なき力を持つ古の魔王を、気高き姫君をここまで劣化させてしまうのならば、もうそんなものはない方がいい。
ギムリウスは、自分の股間に手を伸ばしてそれをむしり取った。感覚も繋がっているので、当然痛みはある。
人間ならば痛みが意識を遠ざけてくれるレベルのものだろう。
だがギムリウスには、そんなものはないので、痛みに耐えるしか無かった。もちろん、義体にも治癒能力はある。
床を汚した液体はちゃんと血の色をしていた。

「ギムリウス!?」 
フィオリナがバスローブが汚れるのもかまわずに、ギムリウスを抱きしめようとした。ギムリウスは、自らの体から引きちぎったものを投げつけた。
バスローブの胸元を血まみれにしてそれは床に転がった。
「いまのあなたたちは、見るに堪えない。」
神獣は、そう吐き捨てた。
「ルトを連れて魔王宮に帰る。
結婚式とやらは、取りやめにする。」

「ギムリウス、どうしたの。これって」

フィオリナは、血まみれの肉塊を見て、息を飲んだ。悲鳴を上げたりするのはフィオリナではない。
それが、なんなのかは、わかった。
つい、先日まで自分にもついていたものだったから。

「それを使ったコミュニケーションに興味があった。
いまはなくなった。それは」

ギムリウスは、部屋を出て行こうと踵を返した。

「ち、違うって。これから、ドレスを合わせるからそれを見てもらおうかと思ったの!」

ギムリウスの瞳が分裂して、くるくると回った。
「そ、そうでしたか。わたしはてっきり」
「ギムリウスの目にはわたしはどんなふうに写っているのかなあ。」


フィオリナは嘆いた。ギムリウスは勘違いは詫びたがそれで、ふたりに対する評価が大きくかわるものでもない。

「ルトは?」           
と、ギムリウスは尋ねた。アウデリアやザザリまで交えた長い話し合いでも、結論らしきものはでなかった。
もしもこの二人が結婚することで神々の恐れる「運命の空白」とやらが生じ、それを避けたいのならば、婚姻を中止させればいい。
先程は、2人を別々に遠い場所に転移させてしまうことを提案し、一蹴されたギムリウスだったが、なにも二人をそろって遠ざける必要はなかった。
どちらか片方を一定期間、隔離してしまえばいい。

ギムリウスの心配は、ルトとフィオリナが一緒の場所にいて、2人に揃って抵抗されることだった。

だが、ここにはルトはいない。
ならばルトは一人でいる。好都合だ、実に。
「あ、あのさ。ルトはさっきまで一緒にいたんだよ。大聖堂の跡でいろんな話をしてた。
だから、なんていうか。」
許された、わけでもなく。
「結構、仲直りしたんだよ。
リウは行き場所がないからわたしんとこにいるけどほら、あの」
フィオリナは、床の転がる引きちぎられた器官をいたましそうに見やった。
「なんだか、そのリウの、も調子悪くて、わたしたちはそんなことしてないし、だから」       

ギムリウスの目はなんと言ったらいいのだろう。最初に冒険者と階層主として相まみえた時も、そんな表情はうかべていなかった。
まるで。
自分よりはるかに劣った下等生物を見る目だ。
と、フィオリナは思った。
憎しみはもちろん、哀れみや蔑みやすらない。
卑小な生き物を観察する目。

「自らの行為を見せつけようとしたのだと、判断したのはわたしの 誤解でした。」          
ギムリウスは頭を下げた。
「ただ、あなた方にはもう用はありません。あとはルトをどう保護するかの問題です。」     

フィオリナもリウもなにもいう間もなかった。
ギムリウスの小柄な体は忽然と、ホテルの一室からすがたを消していた。                        


                
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