上 下
391 / 517
第8部 残念姫の顛末

第368話 クローディア大公の戦い

しおりを挟む
異変。
その緋色の外皮を持つ蜘蛛が、大聖堂を侵食し始めたことに、いち早く気がついたのは、アモンだった。
「転移」そのものは比較的「うるさい」魔法である。それが行われたことは、感知しやすく、また今回の転移は、ギムリウス自身が行ったものではないため、「騒音」も著しい。

大聖堂が捕食される。
そこが、ルトの指名した結婚式会場であることと、今回の破壊活動が無関係なわけはない。
おそらくギムリウスあたりが、何かを誤解して、この暴挙に出たのだろうと、アモンは推測した。
事実、その通りであったが、彼女は、その現場にすっ飛んでいって、蜘蛛の排除を行うのはためらった。
アモン自身もここにきて、結婚式の中止、または延期が必要だと考え始めたからである。
それは、彼女が任された竜による合唱が、あまりにうまくいかないという、本当にしょうもない理由ではあったが。

まず、人間のことは人間に任せよう。
そう、思い立ったアモンは迷彩をかけた状態での飛行と短い転移を組み合わせて、まず彼女が知る人間界のなかで、当代では最大の傑物と考えているクローディア大公の元を訪れた。

大公夫妻は、アライアス侯爵の別邸を借りて、ミトラに滞在していた。
庭園があり、使用人もアライアス家から派遣されている。
一国の元首へのもてなしとしては、まずまずであっただろう。

クローディア大公は遅めの昼食中であったが、立ち上がってアモンに一礼すると「なにがありましたか?」と質問した。
これもアモンの好みにあっている。
礼を尽くしながらも、こちらが急いでいることを、敏感に察知し余計な質問を被せない。
「大聖堂が襲われている。転移により、蜘蛛が呼び寄せられて大聖堂を食っている。幸い建物のみを捕食するように躾られているらしく、人間に犠牲者は広がっていない。」

本当はこんなことは、クローディアに持ってきてもらっては困るのだ。
彼はいま、異郷の地にいるのであり、彼の家臣たちは遠く、グランダならびにクローディア公国にある。

だが。

「止めんといけませんな。」
と、言ったときには、剣を手に取り肩当て、胸当てを付け始めた。
「お待ちくださいませ、陛下。」
うやうやしく、呼びかけたのはなんと、ドロシーだった。

ルトと一緒にまとめていたオールべの運営、ならびにミュラの懸念事項である西域共通通貨の導入にたいする概要をまとめたものを、持参ついでに昼食を一生にとらないかと誘われて、御相伴に預かっていたのである。
アライアス家の侍女服の彼女が、大公陛下と同じくテーブルを囲むなど、ありあないことであったが、クローディアもアウデリアも、そこは極めて大雑把だった。

「大公妃陛下も。」
その言葉は、もう立ち上がって歩き出していたアウデリアにむけたものだった。
この女傑は、アモンから話をきくないなや、食べかけの骨付き肉を咥えると、ペルトに斧をぶちこんで、もう歩き始めていたのである。

「幸いにもここは、大聖堂からは遠くありません。
これがなにかの陽動で本丸は別にある、という可能性も考えられます。
おふたりは今しばらく、こちらに待機ください。」
そういって、ドロシーは自分が立ち上がった。
例のギムリウスの糸のボディスーツは、侍女服の下に着込んでいる。彼女がロウとジウルというある意味とんでもない師匠に習ったのは、主に対人戦闘だはあったが。
「わたしが様子を見てまいります。可能な限り、大聖堂の破壊は辞めさせます。」

アモンを振り返った。
「それでよろしいでしょうか?
神竜姫さま。」
「充分だ。ではわたしは別の要件があるのでこのまま、失礼する。」
別な?
と、クローディアが眉をあげた。
「いろいろ考えたのだが、今回のルトたちの結婚式は延期したほうが良いと思う。」
「うむ、それはだからそう言っている。」

アウデリアが、何を今更、という顔をした。
「もともと、お主とリウが中心になって進めていた結婚式だろう。
それを影でひとの娘を息子にして、さんざんミダラにふけった挙句に、あそこが役にたたなくなったら放り出したあの淫魔といっしょにはしゃいでいたのがお主だろう。」
「おまえの娘たちがあんまり、人間離れしているので、竜の婚姻に近いものだと勘違いしてしまっていた。
いいか、竜のツガイがうまくいくにはこんな言葉がある。
誰の卵を育てるかは、その日の風向きが決める。」
「なんとなく、名言っぽくは聞こるが、意味がわからん。」
アウデリアは嫌そうに言った。
「で、竜の合唱訓練も大聖堂破壊もはったらかして、おぬしは何をする?」
「ルトとフィオリナ、リウとウィルニアを全員集めてぶん殴ろうと思うのだ。」

アウデリアは、珍しく大きく頷いた。
「それがいいな。フィオリナには一度やったのだが、あのときはリウのことを知らなかったのでそっちの分は殴れなかった。
わたしの分もよろしく頼む。」

ドロシーは、まったく表情をかえなかったが、こんなことを思っていた。

“ やっぱりアウデリアさんに行かせたら、その蜘蛛の魔物の、蹂躙を待つまでもなく、大聖堂はめちゃくちゃになる。
絶対にいかせちゃだめた。”

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,985pt お気に入り:1,677

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,083pt お気に入り:182

陰からの護衛

BL / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:42

ソフトエロシチュエーション集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:1

あなたの事は記憶に御座いません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:171,004pt お気に入り:3,922

容疑者たち

ミステリー / 完結 24h.ポイント:766pt お気に入り:0

【本編完結】旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,670pt お気に入り:6,930

下級巫女、行き遅れたら能力上がって聖女並みになりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,917pt お気に入り:5,694

処理中です...