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第7部 駆け出し冒険者と姫君

第340話 淫魔の呪いとひとつの成果

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ドロシーは不満そうに、ほおを膨らませた。
「フィオリナさんは、ルトくんの婚約者でしょう?」

「ウィルニアに説教された。」
ぼくは、この先もこの話題のたびに、あのお茶の渋さと苦さを思い出すのだろうか。
それとも時間の経過が癒すのか?
「人は同時進行で複数の対象を愛することができるらしい。
ゆえに、自分と相手に愛情が成立していれば、相手の愛情が他に幾つあっても気にしないのが、『超越者』候補であるぼくのとるべき態度だ、と。そういうことらしい。」

「例えば、家族に対する愛情と恋人に対する愛情が両立するっていうのはわかりますよ。」
とドロシーが言った。
「複数の相手に同時に恋するなんてことができるのですか?」

え? きみがそれを言うの?

「つまり、あの残念姫が、また新しい相手を見つけたってことか!」
ミュラさんの顔が険しい。しかしあなたまで残念姫とか言うな。

「まあ。」
それを隠しても仕方ないだろうし、そこまでは、二人も気がついていただろう。

「わたしの時より、ショックを受けているのは」
ミュラさんが笑った。恐ろしく冷たい笑いだった。
「子どもができてしまう心配があるからだな。」

ぼくは答えなかった。

「よし、わかった。このミュラ先輩に任せろ。その相手と話をつけてくる。
いや、もちろん殺しはしないが、フィオリナに不埒なまねができないように、生殖器を損壊させるくらいは、当然許されるだろう。」

みょうに甲高い声で、ミュラさんは笑った。
やばい。こいつも常軌を脱している。

こっちもいい加減ショックだったのに、ミュラさんを止める方にも力を注がないといけないのか。

「相手は誰だ、ルト。ランゴバルトかギウリークの貴族か?
貴族だろうが、王族だろうが、わたしは容赦しないぞ。どうせ、スラッと背の高い野生味のある筋肉質の二枚目だろう。あいつはそういうのに弱いからな。
いいさ。ついでに顔の方も年入りに潰してやる。」

え、フィオリナの好みってそういう男だったのか? ぼくと全然違うタイプじゃないか。

「それが、本当にたちの悪いサッキュバスなんです。」
ぼくは言った。
「フィオリナは今、ウィルニアの結界に閉じこもってもらっています。そうでもしないと本当に危ないので。」

サッキュバスとインキュバス。
どちらも想像上の魔物だ。ぼくはわざわざサッキュバスという言葉を使ったのだが、二人は反応しなかった。ただの言い間違いだと思ったのだろう。

「魔物・・・なのか?」
「ある意味、それよりたちの悪い。」
「それじゃ、まるで呪いじゃあないか。」

ミュラさんの顔色が青くなっている。

「まあ、呪いみたいなもんですね。特にぼくやミュラ先輩にとっては。」


ミュラさんは、ふうとため息をついて、空いた椅子の一つに腰を下ろした。
「それじゃあ、フィオリナは今のところは安全なんだな。」

「賢者のウィルニアの本気の結界です。
入口などそもそもあるのか、ないのか。
転移も含めてこちらから、移動することは不可能。
結婚式の日まで連絡をとることさえ、できません。」

「わかった。しかたないし、この状態でよくやったとしか言えない・・・だがおまえもフィオリナのために、そんな状態なのか。」

「まあ・・・そうです。」
ぼくは、答えた。
「そんな状態、が何を指すのか知りませんけど、食事も取れないし、まったく眠れません。」

「それ以外に、だ。」
ミュラさんは顔を顰めた。
「なんだか、女性恐怖症のようになってるじゃないか。わたしがそばにも寄れないくらい。」

「ドロシーはそうでもありません。」
ぼくは答えた。
「ミュラ先輩に対しては、ちょっと無理です。この人がフィオリナとあんなことをしてたと想像しただけで」
また吐き気が込み上げてきた。

想像のなかでは、ふたりの白い肢体が巨大なナメクジのようにからみあっている。

「想像するなっ!
しかし、そんな体調で、なんの仕事をしてるんだ?」

ミュラさんは、書類の山を見やった。
「この量になると、正直、うっかり燃やしてしまいたくなる。ミトラくんだりまできて、一体なんの書類だ?」

「クローディアの親父殿が。」
これは、ミュラさんの耳にも入れておいた方がいい事実だ。
「たぶん、アウデリアさんとの結婚の席で叙爵されたます。名目は結婚祝いですが、形でだけでもクローディア大公国をギウリークの紐付きにするために。」

「ありそうな話だな。だが、あまり安っぽい爵位などお断りだが。」
ミュラさんは、書類を手に取った。
「もう、ここまで決まっているのか? 爵位は・・・伯爵位で領土は、オールべを中心とするエステル伯爵領の一部・・・。
ここは、ギウリークにとってはかなり、重要な土地だぞ。」

「ミトラ到着までいろいろとトラブルが発生しましてね。
その侘び料も込みでしょう。
あそこは、エステル伯爵とその直系が、相次いで亡くなっています。オールベを直接統治したい鉄道公団の意向も絡んで、いま、オールベは大混乱ですよ。」

「そんなところを領地に!?」

「混乱さえおさまれば、、やり方次第では、収益はものすごいですよ。なにしろ、魔道列車のターミナル駅がある街ですから。」
「おさまるのか?」
「なにより、鉄道公団の協力は得られそうです。
彼らにとって、ターミナル駅のある街が混乱のさなかにあることが、一番嫌がりますから。
前任のエステル伯爵が、さんざん、色々とやらかした後ですので、どう転んでもそんなに領主側に不利な条件にはなりませんよ。」
「で? この書類の山は?」
「何しろ、エステル伯爵家は、ギウリークでも名門でしたから」
ぼくは説明した。

うん、よし、実務レベルの話なら大丈夫だ。吐き気もしないし、頭痛もおさまった。
あとは、今度会う時には、もう少し肌を隠してもらうような服装をお願いしよう。

「領地の支配だけでなく、付随する義務や権利がやたらにあるんですよ。
ギウリーク聖帝国本体とか、教皇庁の。
たとえば、聖竜師団顧問制定委員会議長、たとえば、聖光協会ミトラ大聖堂管理委員会副会長。
いま、ミュラン先輩がぼくの首を絞めに入ってきたとき」

(いや首を絞めるためにきたわけじゃ無くて、とミュランは言い訳をした)

「ちょうど、こんな書類を見つけましてどう解釈したものかと、ドロシーと悩んでおりました。」

例の聖域中央銀行の頭取就任についての書類を見せたとき、ミュラン先輩の顔色が変わった。

「な・・・・伯爵位にこれがついてくるのか。」
「何か不味かったでしょうか?」
「不味く・・・ない。」

ミュランさんは食い入るように書類を見つめた。
「これは、決定なのか?」

「ほぼ。あとは領地をどの程度削るかの問題だけで、エステル伯爵の門地はすっかりクローディア大公家のものとなります。
ここいらの地位や名誉は、断ることの方が難しい。」

ミュラ先輩は、破顔した。
こんなにうれしそうなこの人の顔を見るのはいつ以来か。いや初めてだ。

「よくやった!」
ミュラ先輩は、ぼくに抱きついた。
息がかかる。肌の匂いがする。いや。
彼女の体温を、感じただけで。
ぼくは、またもどしていた。

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