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第7部 駆け出し冒険者と姫君

第339話 ケロケロケロ

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ドロシーは顔は苦悶するようだった。
無意識に持ち上がった手が、自分の頭をつかむ。うるんだ目がぼくを見つめたドロシーは顔は苦悶するようだった。
無意識に持ち上がった手が、自分の頭をつかむ。うるんだ目がぼくを見つめた。
「だめ・・・」
喘ぐように彼女は言う。

「ここまで来るとわたしには、理解できません。」
ぼくと、ドロシーの周りは書類の山だった。
アライアス侯爵家の、客室棟とでもいうのだろうか。高位貴族をながくに滞在させるのに、共有ながら執務室も設けられている。
ぼくと、ドロシーは、半日ばかりそのにこもって、オールべのことをあれこれと、話し合っていたのだ。

旧エステル伯爵領のどの程度を、クローディア大公に統治させるのかは、わからない。といくか、いまこの瞬間にも、ギウリークのうえの方はこの問題でケンケンがくがく、落とし所の見えない論争を続けているはずだ。
新興のクローディア大公国を名目上でもギウリークの配下におくために爵位を授与する。
暗殺騒動までおこした責任のため伯爵領付きの伯爵に列する。
その領地に、そもそもこの騒動の原因を作ったエステル伯爵領の一部を当てる。

そして現在、オールべを中心とするエステル伯爵領は、あるじを失い大混乱だった。あえて、そこを欲しがるものがだれもいないくらいに。

領地がつけば、責任もついてくる。
単なる統治だけだはない。あそこまでの名門貴族だと、家柄に付随してさまざまな義務と権限が付きまとう。

「これが、わからない。」
ぼくは、紙をとんとんと叩いた。
「なんだろう、西域中央銀行頭取っていうのは?
エステル伯爵家は名門のはずだ。
それがたかだか金貸しの親玉の代表を務めるのか?」

いや、銀行は金貸しの親玉ではなくって、あらゆる商取引になくてはならない存在で。
と言いかけて、何かドロシーは諦めたような顔をした。

「銀行もないような僻地の人に銀行の説明をするのは、わたしにも無理です。」
そう言って肩を落としたドロシーは、アライアス家の侍女の制服がよく似合っていた。

ドロシーは西域育ちで、学業ではつねに優等生だった。だが、ランゴバルトの育ちであって、ギウリークの人間では無い。
彼女の知識ではここまでか、とぼくが肩を落としかけたところで、

「でも西域中央銀行は、普通の銀行とはまた違います。なので、西域八強のなかでもランゴバルトやギウリークといった中央に近いいくつかの国の推薦する有力貴族が、何年かおきに、持ち回りで代表をつとめてるんです。」

「どこが特殊な銀行なの?」

「ダル紙幣の発行を決めてるとこなんです。」


「失礼します。」
アライアス家の使用人が入ってきた。ぼくが元グランダの王子で、クローディア大公家の婿になることが決まってると知れてからは、物腰も丁寧になったと思う。

「グランダ冒険者ギルドのグランドマスターのミュラさんという方が、お訪ねです。」

通してもいいか、というところなのだろうが。彼の表情がみょうな感じだった。
「物腰は丁寧ですが、かなりお怒りのご様子です。当家の護衛をお付けしての対応がよいかと。」

まあ、そこまでは。
と、思ったので、そのまま通してもらったが甘かった。

ミュラ先輩は、一直線でぼくに歩み寄ると、首を締め上げた。
「この、クソ王子っ!フィオリナをどこにやった!」
ミュラ先輩は美人だ。
旅装のままらしく、胸元の谷間かはっきり見える下着みたいなシャツに上着を被っただけ。
女性の肌の香りがした。
この体がフィオリナと。

思った瞬間、酸っぱいものが込み上げて来て、ぼくは派手にもどしていた。


「ルトっ! どうした。大丈夫か!」
たぶん、目の前で吐かれて、自分の衣服を汚されたことより、相手の体調のことを気づかえたら、たいしたものだろうと思う。
ミュラ先輩はたいしたお方だった。

うずくまってしまったぼくの背に、そっと手が添えられた。治癒魔法発動。
吐き気と、目眩がいったんはおさまり、手の感触にまた吐き気が込み上げてきたが、もう吐くものなんて腹の中に残っちゃいない。
空気と、少しの胃液を吐き出しながら、悶えるぼく。
ミュラ先輩の手が背中から離れて、やっとぼくはまともに息がつけるようになった。

「どうなってるの!?」
ミュラ先輩の声だ。
「あなたはたしか、ドロシーさん、よね?
いったいいつからこんな具合なの?」

「今朝からです。というかわたしが気がついたのは今朝、でした。」
ドロシーの声がする。
「泊まってるホテルからわたしを訪ねてきて、朝ごはんを食べたかきいたら、食べてないっていうので一緒に食べませんかって誘ったら食欲ないって言われて。
それで、いつもクセでちょっとじゃれようとしたら」

ああいうのをいつものクセで片ずけるな!

「いきなり、吐かれました。それからは普通に、一緒に事務処理をしてたんですけど。」

今度はドロシーの治癒魔法だった。
ぼくは口を拭ってなんとか、身体をおこした。

「ドロシーの魔法のほうがきく、のね。」
と、ミュラ先輩が非難するように言った。
「顔色もよくないし、睡眠もとれてないみたいね。」
ミュラ先輩が近づいたので、その分ぼくは後ろに下がった。

「なによ、これは!」
ミュラ先輩はドロシーを振り返って怒鳴った。

「わかりません。」
「わからないこと、ないでしょ!
ルトがこんなに弱ってたら、フィオリナ絡みに決まってるじゃない!」
「もちろんそうでしょう。
でも、なにがあったのか軽々しく聞けますか?」
「わたしは、聞ける! だってわたしはフィオリナの」
ちょっとミュラが言い淀んだところに、ドロシーが切り込んだ。
「セフレ、ですか。」
言葉の意味が、分からなかったのか、ドロシーを見返したミュラさんに、ドロシーはたんたんと続けた。
「異世界人のアキルから聞いたことがあります。
生活も共にせず、恋愛感情も持たずに、身体の関係だけをつづける相手だそうです。
言っておきますけどそれが、それをふしだらだとか、不道徳な関係をだとか、非難するようなニュアンスはないようでしたよ。」

「ドロシー」
ぼくはなんとか身体をおこした。
自分の自分への回復魔法は、効きにくい。弱った自分が、魔法をかけても弱ったぶんまでしか回復してくれない。
「ミュラさんにからむな。
たぶん、恋愛感情に近いものはあるはずだ。好きでもない相手と肌を合わせるほど、フィオリナは見境ないわけじゃないさ。」
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