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第7部 駆け出し冒険者と姫君

第314話 屍人の襲来

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ミトラの街は、決して治安が良いわけではない。
だが、このような市街戦が行われたのは、久しく、なかった。

西域の国同士が正面から、殴り合うような戦争は半世紀なく、その中でもミトラはギウリークの首都であり、聖光教の中心地でもあった。

魔族の侵攻が、停止され、彼らが大北方の去ったあとに、無数の国家が興り、争い、そのいくつかは滅んでいったが、ギウリークはギウリークであり続けた。
外敵の侵攻を受けたことは一度もない。

それでも、いくつかの内紛、貴族の叛逆、皇位継承を巡っての争い。
数百の兵が、街中で戦いを繰り広げたことは、なくは、ない。
二人の美女が、刺客を相手に行ったそれに匹敵するものに、なりつつある。

オルガのデスサイズは、もともと取り回しが楽な得物ではない。
あまりに攻撃範囲が広すぎる。集団戦の中では味方をも巻き込んでしまうことは必然だ。
まして、逃げ惑う群衆のなかで使えば。

「これを殺すなっ、じゃと?」

襲いくる敵は、屍人と呼ばれるアンデットに似ている。なった「ばかり」なのか、着ているのは真新しいし、表情がないこと、骨が折れようが皮膚が避けようがつかみかかってくる、その怪力と無軌道ぶりをのぞけば、ただの人間と変わらない。
事実数分前まではただの人間に違いなかった。

「できれば、傷も付けずに戦闘力だけ奪え。」

フィオリナは無茶なことを言う。

「何の術式かはわからない。感染型の屍人症候群。接触による感染。通常は数日かかる変貌がものの数分で完了してしまう。
誰の魔法かわからないが、ユニークだ。」

「犯人はわかるぞ。」
オルガは、屍人をデスサイズの柄で殴り倒しながら言った。
「不死侯アザン、自らのお出ましじゃ。」
「有名人なのか、そいつは。」
「ああ、わらわに匹敵するほど、嫌われておる。正直、わらわを害したところでやつに何の益があるのかが、一番の疑問んじゃ。」

買い物籠を下げた屍人の、一人がそれに答えた。

「お主を倒したという実績、誇り、それだけで飯が食える。」
「そんなものに金や名誉を寄越す阿呆がおるのか?」
「いや、たんにご飯がおいしく感じられるというだけで。」


フィオリナの足元から、氷の蔦が延びる。屍人たちの足元に絡みついて動きをとめた。

「そういう手があるか。」

オルガは手を筒のようにして、口元に当てて、買い物かごの屍人に息を吹きかけた。
白い霧につつまれた屍人がそのまま、凍りつく。
悲鳴をあげる買い物客が逃げ惑う中、ふたりに迫り来る屍人は、百は超えるだろう。

舌打ちしたフィオリナは、オルガの腰を抱くと風を操って、路上から飛び上がる。

「どこを触ってるのじゃ? 花嫁は見境なしか?」
「『うちの花嫁は見境なし』か。成人限定の夜劇の脚本でも書いたらどうだ?」
「うむ、続編も実は考えておる。『うちの新妻は見境なし』。」
「ここから、落としてやろうか、闇姫。」

フィオリナは空中で、オルガに顔を近づけた。本当にキスでもしそうとだった。

“屍人を作り出しているのはどんな奴だ?”
肌を触れ合うことによる「念話」だった。
“アザンは皇国でも僻地にの領主だ。とにかく人口が少なく人手には苦労している我が国だが、アザンのところはさらに酷い”
“人口が少ないのか?”
“アザンとその家族しかいない。”

どんな侯爵でどんな侯爵領だ。

“単騎でひとつの国に大ダメージを与えるための魔道の研究を重ねて、いくつかのオリジナルの術を開発、保持している。”
“それが、屍人増殖の術か。”

「しかし、どうするつもりだ?」

建物の屋上から屋上へ飛びうつるフィオリナにしがみつきながら、オルガはたずねた。

どうする?、とは。
と、フィオリナは聞き返した。オルガはその表情ほどには必死ではありえない。

落ちたところで、浮遊の魔法は簡単に発動するだろうし、しがみついたオルガの手のひらが、お尻の辺りを触るのだ。

「屍人だ。凍らせても死なないぞ。氷が溶ければまた活動を始めるのじゃ。」
オルガは、フィオリナのしまった尻の感触を楽しみながら、言った。

「屍人を人に戻す方法はない。だが、普通は時間のかかる変容プロセスを省略した特殊な術だ。
他の市民に襲いかかる前に、まっすぐわたしたちを目指したところを見ても、術者のコントロール下に置いているようだが、うまくすれば、戻せる。」

「どうやって!!」
「それは、ルトがなんとかする!」

これは信頼なのだろうか、無責任な丸投げなのだろうか。オルガはフィオリナの髪に、鼻先を埋めながら考えた。
ならば、彼女たちのすべきことはひとつだ。

術者たる不死侯爵アザンを探し出して、抹殺する。
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