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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり

第264話 踊る剣聖

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歓迎式のほうは、滞りなく進行している。
と、ぼくは思う。どうもさりげなく、ギウリークとグランダとの魔王宮の管理についての条約が破棄されたり、そのことにキレたギウリークの担当者が竜人どもを雪崩れ込ませたりしたのようなのだが、些細な問題だ。

ルールス先生は、アライアス侯爵をつかまえて、冒険者学校への干渉の件をクレームつけたらしい。
不正選挙に暗殺未遂を一般的な「クレーム」で括ってしまえるところは、さすがにランゴバルドの王族である。
対外工作には携わっていないと思われるアライアス侯爵は、すっかり疲れ果てた様子だったが、一休みしてダンス会場に姿を現した。

「殿下?」
カテリアがぼくの顔を見上げた。
フィオリナと踊りる時はたいてい、彼女の顔はぼくより少し高いところにあるので、これはけっこう新鮮ではあった。

「恐れながらグランダの王室は離れた身です。」
「では、なんとお呼びすれば?
ウォルトは偽名ですわよね?」
「そうですね。ならばルトとお呼びください。冒険者パーティではその名で登録してあります。おそらくこれから世に知れる名前は、ルト、になることでしょうから。」
「それなら、ルト、ひとつ忠告だけど、ダンスのときはよそ見をしないのっ!」

礼儀作法としてはそれはわかるのだが、そうも言っていられない。
クローディア陛下はアライアス侯爵を誘って、踊り出した。
主賓がそうしたものだから、さきほど、ぼくとフィオリナを自分のダンス学校に勧誘した男爵夫人をはじめ、それぞれ自信のあるものたちは、パートナーを見つけて踊りに加わった。

ラウレスも料理の手をとめて、見物に来ている。
ああ、アモンに絡まれている。無理やり手を引っ張られて、会場に引きずり出された。
魔王宮のヒキコモリにダンスができるのかと思ったが、そこは、ラウレスがリードして充分サマになっている。

曲は無事に終わった。
いや、演奏する「青白き妖精たち」が即興で作ったオリジナル曲ならばはじまりもおわりないわけだが。

息を弾ませて、カテリアはそっと体を離した。

「ま、まあまあですわね、ルト。あとでまた踊ってあげてもよろしくてよ?」

別にフィオリナを相手にするときのような、急なステップとかアクロバティックな動きを入れたわけではない。
でもカテリアは息も絶え絶えだ。彼女だって「剣聖」。未熟は未熟なんだろうけど、鍛えてもいるし天部の才能にも恵まれている。それでも。

「昼時です。少しなにかお腹に入れましょう。どのみち、今日は一日、パーティー会場につめなければなりません。あまり早くから張り切ってても身が持ちません。」

ぼくは拍手喝采を受けながら、にこやかに手を振って、フィオリナのもとに歩み寄った。
恐ろしいことに、彼女はもう片方のヒールをへし折っていた。カテリアと踊る気満々のようだった。

「カテリアと三人でお昼を食べないか?
ラウレスも手が空いたはずからなにか作ってもらおう。」
「いいの?」
「カテリアを口説いてもいいかどうかなら、Noだけど、クローディア大公家の姫君がギウリークでも名門の伯爵家の令嬢と仲良くなるぶんには差し障りないだろう。
それを外交的にどう利用するかは、親父殿にまかせていいと思う。」

ぼくが優しいとか、良識があるとか勘違いしているドロシー、アキル、リアあたりに一度ちゃんと話しておかなければならないかもしれない。
ぼくはけっこう性格が捻じ曲がっているし、良識の範囲でこれはまずかろうと思っても平気で踏み躙ることができる。それどころか、それを楽しむことさえできる。

ラウレスがこころよく、ぼくらのために焼いてくれたお肉と付け合わせの野菜を、ぼくはフィオリナとカテリアが、バチバチと散らす火花をおかずに平らげた。

「あとは不確実要素はなんだろう。」
と、ぼくは、頬いっぱいにお肉を頬張ったフィオリナに尋ねた。

「一番の危険人物である『踊る道化師』たちはそれぞれ、おとなしく飲み食いしてる。魔王宮の権利をめぐっての駆け引きはむしろ、この会が終わってからになるだろうから、放っておいて大丈夫だ。
とは言え、ギウリークのどこぞの貴族が思い出したように、ルールス先生の暗殺に動くかもしれないし、リウはあの格好をしてる以上、あとで1回は踊ってやらないと納得しないと思う。
火種をいっぱいに抱えた前ロデニウム公はまだ姿を見せていないし、これは会場で枢機卿のだれかと鉢合わせする可能性が大だ。
カテリア、ロデニウム公爵を退位された教皇庁の主だった人物はわかりますか?」

「ち、ちょっとあなたたち、いったいなんなのよ!」

「銀級冒険者『踊る道化師』のルト。」
「おなじく、フィオリナ。」

「婚約者同士で喧嘩してるんじゃなかったの!?」

「まあ、少し気に入らないことが続いてるのも事実だ。」
リスのように頬袋を膨らませたまま、なんでこんなに明瞭な発声ができるのかは、フィオリナの七不思議のひとつに数えられる。
「ちなみに今回の喧嘩の原因を聞きたいか?」
「聞いていいんなら、聞くけど?」
「わたしがお前を口説こうとしたのをコイツらが邪魔したからだ。」

ヒュッ、と、カテリアが息を飲んだ。
ここらまでの会話は高位貴族なら当然マスターしている、少し離れるとまったく聞こえなくなる独特の発声法で行っていた。
カテリアは、まあよくそれについてきていたのだが。

「あなたたちは絶対におかしいっ!」

それは、やや、大きな声でまわりの者が何人が振り返った。

「やあやあ、愛するフィオリナとルトは元気かな!」
貴族的な発声法など歯牙にもかけない真祖は、裾のほつれたコートのかわりにインバネスを羽織っていた。

「き、吸血鬼っ!」
なかなか敏感にロウの正体に気がついたカテリアが剣に手をかけた。
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