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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり

第254話 かくして宴ははじまる

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ガルフォート伯爵は、なんというか。
忘れていた。
近ごろ、ミトラで名の高いランゴバルトの料理人が、元竜人部隊の最高顧問として君臨した古竜であったことを。

その連絡は、娘のカテリアから受けていた。実際にラウレスにも顔を合わせている。
だが、本当の意味で実感はしていなかった。

以前のラウレスは、もう少し年長の男性の姿をとっていて。女好きで気に入った女性にはあとさき考えずに散財してしまうのが唯一の「長所」なくらいで、あとは恐ろしく気難しく、プライドが高い、しかも怒りっぽい。
普通の気難しくて重りっぽい人間は、充分害毒だが、それが、人の姿をとってさえ、常人の数十倍の魔力、体力をもつ古竜だったのだ。
それでも、その程度の性格的欠点は、古竜としては普通であって、その運搬能力の高さから、もう十年以上も竜人たちの指揮官としてギウリークでは、厚遇を与えていた。

いまのラウレスは、いつも笑みを絶やさず、人間たちに敬語で話し、よく働き、しかもいくら称賛されても驕ることがない。
いつも下働きのウォルトという少年と軽口をたたきあっては楽しそうに、働いていた。

「なにをやっているのだ、ラウレス!」
「ああ、すまない。きみたちは『竜王の牙』だったな。あまり軽々しく口をきく立場ではなかった。」
そう言って、ラウレスは今度は、六名の『竜王の牙』全員にむけて、帽子をとって頭を下げた。
「もう会場にひとをいれたいとアライアス閣下から、お話があったのでね。取り急ぎ、食べ物の準備をはじめないとと思ったのさ。急いでいたので、つい前を横切ることになってしまって申し訳ない。」

人間が古竜にする詫びとしては、あまりに軽すぎるが、古竜が古竜にするものとしてはどうなのだろう。
博識なガルフィート伯爵も、古竜同士の上下関係やその礼儀作法には詳しくはなかった。

だが、すでに『竜王の牙』たちは、前を横切ったとかそういったことはどうでもよくなっていた。

「がうがうがう」
これは、妖滅竜のクサナギである。ついた当初は少女の姿をとっていたが、目の前を通りかかったラウレスに怒って、異形の姿に变化したまま、戻れなくなっている。
口も爬虫類のように大きく飛び出して、耳まで裂けているので、当然人間の言葉は発音できない。
「こんなところで、なにをしているっ!」
いっこうに要領をえないラウレスの軽口に業を煮やしたリーダーの道化服の男、火閃竜リイウーが叫んだ。

「今回のパーティーで料理をつくるように頼まれたんだ。」
「それはわかるぞ。わたしも人間の生活風俗にはくわしいほうだ。それは料理人の格好だな。」
リイウーは、ラウレスを睨んだ。
「だが、わたしの質問はなぜ、おまえがここで料理人をしているか、ということなのだ。
誤魔化さずに答えろ。」
「誤魔化してなど、いないぞ、リイウー、わたしはもともとランゴバルドで料理人として働いている。わたしの噂をききつけた枢機卿がミトラにわたしを、招いたんだ。
わかっている。」

リイウーまでもが怒りに我を忘れるようなことに、なっては大惨事だ。

「主に外交的な意味合いでの責任をとる形で、わたしはギウリークの聖竜師団を、辞めたんだ。
生活のためにランゴバルドの“神竜の息吹”というギルドに入ったんだが、そこが、冒険者ギルドではなくてレストランだったんだ。」

リイウーは、半歩退いた。

ラウレスが、既に、正気を失っているのではないか、という懸念を捨てきれなかったからだ。

「まあ、なんでミトラにきたのか分からんが、せっかくなんだから、わたしの料理を食べていってくれ。」

「ラウレスっ!」
十代半ばくらいだろうか、可愛い少年がラウレスを呼びにきた。
「10分後に、お客を入れ始めるそうだ。料理にかかってくれだとさ。」
「火は?」
「いい感じだよ。」

痺れるような脳内で、ガルフィートはひとつ歯車が噛み合うのを感じた。
このウォルトと名乗る少年が、グランダの元王子で現在クローディア大公国の庇護下にあり、さらにランゴバルド冒険者学校で、ギウリークと対立する立場にあるルールス前学を後ろ盾にもつ“踊る道化師”の関係者だとすると・・・。

すべては、クローディア公の筋書きのうえなのか!

「これは古竜のみなさんだねっ! 」
ウォルトは快活に挨拶をした。
「転移で来たのかな?
今日は北の雄クローディア大公とその奥方アウデリアの歓迎会なんだ。暴れないと約束するなら歓迎するよ。」
そういいながら、爬虫類とも人ともつかない姿に変化したクサナギの背中をそっと叩いた。
げぐぅっ
と、クサナギは黒い塊を吐き出した。
その姿が急速に人間のものに戻っていく。

「きさまは何者だっ!
いま何をした!」
「ぼくは、“踊る道化師”のリーダー、ルト。」
変化したせいでズタズタになった服はもとに戻らなかったので、ルトは自分の上着をかけてやった。
「これは魔法というよりは、治療かなあ、変身を司る回路が寝違えてたのを治しただけ。」

「どうやってそんなことがっ!」
「こっちが聞きたいよ。感情にあわせて身体も変化させてしまうなんて妙な術式をなんで、この子が組んだのか。」
「リイウー」
と、一触即発の空気をまったく読まないラウレスが、割って入った。
「そろそろ忙しくなりそうなんだ。何はともあれ会場に入ってくれ。話はあとでいくらでも出来る。」


「名前を呼んだら殺す。」

だが、会場についた竜の牙の面々は、もはや話どころではなかった。

「魔力を使ったら殺す。なにか質問をしても殺す。
わたしは、『踊る道化師』の冒険者のアモン。
それ以外のなにものでもない。
わかったか?
わからなければ殺す。」

なにがなんだかわからなかったが。
ガルフィートは、古竜たちにほんとうにすまないと思った。
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