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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり

第243話  賢者は信用してもらえない

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「痴れ者がっ!」
狼狽したミルドエッジではあったが、それでも彼に焦りはない。
ふわりと高度をあげて、ウィルニアを上から見下ろす。

「おまえが、大した実力をもつ魔導師なのはわかるぞ。」
ミルドエッジは、冷静であった。
「しかし、なぜウィルニアを名乗る?
グランダ魔道院の妖怪ボルテックが、ウィルニアを名乗る若造に学院長を譲って、引退したのはきいたが・・・おまえのことか?」

「ご存知いただけているとは光栄だ。わたしが魔王宮にこもったころは、銀灰族は東方から流れてきたバルフェルト帝国の僻地に居をかまえる少数民族だったが。
いまでは、西域の八強国のひとつか。そして、その精鋭中の精鋭を『悪夢』と呼ぶと。
その程度の知識しかないわたしに、もっときみのことを教えてくれるかな?」
深い叡智にみちた眼差しは、しわ一つないウィルニアの顔を妙に老成させたものに見せている。
だからといって、その表情に危険なものはない。
その体、その雰囲気、そのオーラに非人間的ななにかを感じさせるものはいっさいなかった。

ではなぜ、こんなに怖いのだろう?

「銀灰皇国は、いまも僻地ではある。」
ミルドエッジもまた、なみの胆力ではない。ウィルニアを見下ろしながら傲岸不遜に言った。
「交通はバルフェルト諸国連合のせいで、不便ではあるが、別段、鎖国をとっているわけではない。文献も豊富にあろう。
好きなだけ調べるがいい。」

「まったくだ!
わたしも、別に銀灰皇国の統計数値をあれこれ探りたいわけではないのだ。」
ウィルニアはにこやかに頷いた。
「わたしは、銀灰皇国の『悪夢』とやらの実力が知りたい。それにはきみと戦ってみるのが一番手っ取り早い。」

ミルドエッジは、足元で戦う自分の愛弟子たちを見た。
アモウは、エプロンドレスの女『絶士』グルジエンをずたずたに切り裂いている。
だが、それだけだ。
切り裂かれるのは衣装だけで、メイドの体には傷ひとつない。
攻撃が届いていないわけではない。
血の噴き出る間もない超高速再生で、体を修復してしまうのだ。

そして、メイドの構える包丁は。

鮮やかにかわしてみせたアモウの背後の壁が、避けた。

刀身以上にその斬撃は延びる。

片腕を負傷した剣士アイクロフトも、クルスの鎖の動きに徐々に慣れてきた。
走り、踊り、くねる。鎖をほとんどカンだけでかわし始めた。

そして護衛士イザークは。
片腕を極められたまま、倒れ込んでいる。
打撃が通じにくいと見たシホウは、あっさりと関節技に切り替えたのだ。

明らかに三人が三人共に救援が必要だった。
だが、動けない。
いまは、全神経をこの男に・・・賢者を名乗る若造に集中させねばないない。そうしなければならない。

「こと戦いという点においては、絶士たちと『悪夢』殿の手下の手助けに、きみが介入出来なくなるというメリットもある。」

ミルドエッジを見上げたウィルニアを名乗る男は楽しげだった。

「夢を媒介に世界を作り上げるのは、盲点だったが、欠点もありそうだ。」

「どんな欠点か、言ってみろ、若僧!」

「夢に取り込んだ者に『これが夢だ』と気付かれてしまえば、世界が壊れてしまう。」

ミルドエッジは押し黙った。可愛らしい少年の顔は、土色に代わり、突然半世紀分も歳をとったかのように見えた。

「つまり」
ウィルニアは(正真正銘嘘偽りのない本物のウィルニアは)出来のよい生徒に講義を行う教育者の顔で、言った。
「本来ならば、おのれが圧倒的に優位な状況設定を作り出せるところが、それが現実でないと気が付かれてしまば、うたかたのごとく砕け散る。
安定性においては、はなはだ心もとない世界構築魔法だ。
しかしっ!」

ビシッと、ウィルニアはミルドエッジの顔を指さした。

「絶士とおのれの部下の戦いに、街を巻き込まないためにとっさに、異界を展開したその判断は見事!」

“そこ”まで見抜けるのか。

死人の顔色にかわったミルドエッジは呻いた。

「お主はなにもの、じゃ・・・」
「だから、賢者ウィルニアだと」
「ウィルニアの技を伝えるものが千年のときを経て、現代に存在しているというのかっ!」

そうではなくて、ただの本人なんだけどなあ。
ウィルニアは首を捻った。




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