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第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道
第225話 夕闇の王子と夜の姫君
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ぼくはつくづく甘い。
もともと戦闘向きじゃないのだ。だれか部屋にこもって、一日魔導書を読んでていいっていってくれ。
オルガが影に逃げるのを封じただけで、ぼくはすっかり勝った気でいたのだ。
彼女がいくらすばやかろうが、再生能力が高かろうが、この閉鎖された空間を、魔法の矢で埋め尽くしてしまえばいい。かわすもふせぐもかなわない飽和攻撃。
ぼくがあまりしない力押しの、しかし、これ以上確実性の高いものはない。
正直、ぼくは相手を見誤っていた。
フィオリナ並に戦闘センスのある相手がいるなんて思ってなかったのだ。
オルガの作り出した大広間を模した閉鎖空間。そのほとんどを埋め尽くす炎の矢。
彼女は防ごうともかわそうともしなかった。
ただ、「ほとんど」以外に、突っ込んできた。ただそれだけのこと。
炎の矢に満たされていない場所は、すなわちぼくの周りだ。
彼女の得物、巨大な鎌を振るう間隔すらない。吐息もかかるような至近距離。
ぼくは、別段、火の精霊でもなんでもない。自分の作った炎の矢でも立派に火傷できる。
そこまで接近されてしまっては、投射系の魔法は使えない。この時点で魔法使いだったら、負け確定である。
そんな顔でオルガは、笑っている。
デスサイズを使うまでもない。肩をひねるように肘をいれてくる。
それをぼくは、躱しながら、オルガを投げた。ぼくの極めた彼女の肘がいやな音をたてて、あらぬ方向にネジ曲がる。
ガン。
と、ぼくの目の奥で火花が散った。
倒れながらオルガが、放ったケリがぼくの頭をゆさぶったからだ。
そのまま、倒れ込むと、まるで抱きしめるようにオルガが、ぼくの体を受け止める。そのままの勢いで、くるりと体を入れ替えて馬乗りになった。
なぐりつけようとして、体をそらせたオルガの後頭部を、ぼくは蹴っ飛ばして、体を入れ替える。
いや入れ替えようとした、ぼくの脇腹に、オルガの手刀が刺さった。
ほんとうにそれは刃物のような切れ味で、ぼくの腹をつらぬいていた。
笑いを浮かべるオルガの顔に、ぼくは頭突きを食らわせた。たぶん鼻から前歯あたりがつぶれる予定だったが、彼女も額で受ける。
けっこうな音がして、目の前が暗くなる。
「くそ魔法使いがっ!」
オルガがののしった。
ぼくの脇腹にささった彼女の手に短剣を突き立てる。そのまま、手首まで切り裂いた。
これで、両手とも使えないはず・・・いや、構わずに肘がとんできた。肋がいかれたかな。
ぼくらは同時に立ち上がった。
距離をとれば、魔法が使える。だが、その前にオルガのデスサイズが来る。
この距離で、戦うしなかなった。
オルガが両手をあげて、ぶらぶらと動かした。挫いた肘も、切り裂いた手のひらも治ってた。
「化け物!」
「不思議と傷つかないのう。」
オルガは首をかしげた。
「たぶん、化け物に化け物と呼ばれてもなんだそれ?と思うだけからか?」
ぼくは、短剣を突き出した。がちっと硬いものに当たる感触がして、切っ先が欠けた。
キラキラと光る積層に重ねられた魔力の連なりは。
「竜鱗!?」
「・・・を模した防御障壁じゃよ。」クスクスと彼女は笑った。「けっこうこれは奥の手なのじゃ。これを出すほどに追い詰められるとは、まったくお主はとんだ化物じゃのお?」
ひゅっ
と彼女の長い脚がぼくの側頭部を蹴り込んだ。まったく予備動作がわからない。無拍子・・・とでもいうのか。ぼくはまったく防御の動作がとれなかった。
がん・・・と途方もなく硬いものをけった音がした。
オルガが、顔をしかめて足をひく。
ぼくの側頭部を鱗のように密接した魔法障壁が、守っている。
「奥の手じゃ・・・と、そう申したの?」
「奇遇です。ぼくも魔力で同じことができないか考案中でしたので・・・」
「気が合うのお。」
「いや、まったく。」
それからは、もう思い出したくもない。
技もへったくれもない。
竜鱗の防御障壁が、互いに相殺できることを発見したあとは、さらにひどい。
互いの指を目に突っ込み、急所をつぶしあい、互いの体を破壊することに集中した。
オルガの再生能力は、だいぶぼくより上で・・・
たとえば、目をほとんどえぐるようにしても、瞬きすれば、元通りになっていた。
ぼくは眼球なんて複雑なものを再生するのは、そうもいかないので、しかたなしに、頬とか手のひらとかに臨時の目を作り出して、なんとか戦闘を続けていた。
オルガはぼくのことをまた「化物」と罵ったが、心外である。
オルガの再生能力のほうがよっぽど化物じゃないか。
たがいに体を絡めあった、骨を折ったり折られたりの時間は、どのくらい続いたのだろうか。
わかるのは、気がついたときに、アキルとギムリウスが、呆れたようにぼくらを見下ろしていたことだった。
「ルトくんとオルガっち。それくらいでいちゃいちゃは終了してよ。」
「これは・・・ルト? それともウォルト?」
ギムリウスが、目の中で瞳を回すという器用なことをしていた。たぶん混乱を表現していたのだと思う。
「いちゃいちゃじゃない!」
というぼくとオルガの抗議の声はきれいにハモった。
「ここに転移するのに、ギムリウスの力を借りたの。」
アキルは、ほれほれと言いながら、ぼくとオルガが起き上がるのに手を貸してくれた。
「いつまでもルトくんとオルガっちが戻ってこないので、ギムリウスを探し出して、追跡転移をしてもらったんだ。」
「追跡転移をしてみました。」
ギムリウスが頷いた。
「これは、ルトでありウォルトでもあるんだよ! ギムリウス」
「はあ?・・・ルトは、『踊る道化師』のリーダーです。ウォルトは新しくミトラでお友達になりました。でもどっちも一緒? あれ?」
「ルトの認識阻害は、神獣にも効くんだねえ。それはそうと、きみたちが転移してからもう丸一日たってる。
これ以上戦っても無駄っぽいのはお互いにわかってるよね。」
「・・・・そもそもなんで戦っていたのじゃろ?」
「ぼくはアキルやドロシーが、キッガを殺しにいこうとするのを止めたくて。」
「そうじゃった! わらわはそれが邪魔だったのじゃ。それでアキル! 首尾はどうなった?」
「それがねえ」
アキルは困ったように言った。
「たぶん、ギンさんとリクさん・・・『仕掛け屋』だよ。ふたりとも」
そうか。
直接の目的・・・ドロシーに人殺しをさせない・・・は成功したけど、犠牲者なしにオーベルの騒動を収束させるのは失敗、ということだ。
「わかった・・・戻る。ところで、ミイシア・・・フィオリナはどうしてる?」
「ギムリウスと一緒の病院にいたから連れ出してきてる。
・・・・どうしたの? それって浮気が見つかったときの表情だけど、ルトくん。」
「なんだか、限りなくそれに近い気分なんだ。」
ぼくは、オルガを見ながらそう言った。
もともと戦闘向きじゃないのだ。だれか部屋にこもって、一日魔導書を読んでていいっていってくれ。
オルガが影に逃げるのを封じただけで、ぼくはすっかり勝った気でいたのだ。
彼女がいくらすばやかろうが、再生能力が高かろうが、この閉鎖された空間を、魔法の矢で埋め尽くしてしまえばいい。かわすもふせぐもかなわない飽和攻撃。
ぼくがあまりしない力押しの、しかし、これ以上確実性の高いものはない。
正直、ぼくは相手を見誤っていた。
フィオリナ並に戦闘センスのある相手がいるなんて思ってなかったのだ。
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彼女は防ごうともかわそうともしなかった。
ただ、「ほとんど」以外に、突っ込んできた。ただそれだけのこと。
炎の矢に満たされていない場所は、すなわちぼくの周りだ。
彼女の得物、巨大な鎌を振るう間隔すらない。吐息もかかるような至近距離。
ぼくは、別段、火の精霊でもなんでもない。自分の作った炎の矢でも立派に火傷できる。
そこまで接近されてしまっては、投射系の魔法は使えない。この時点で魔法使いだったら、負け確定である。
そんな顔でオルガは、笑っている。
デスサイズを使うまでもない。肩をひねるように肘をいれてくる。
それをぼくは、躱しながら、オルガを投げた。ぼくの極めた彼女の肘がいやな音をたてて、あらぬ方向にネジ曲がる。
ガン。
と、ぼくの目の奥で火花が散った。
倒れながらオルガが、放ったケリがぼくの頭をゆさぶったからだ。
そのまま、倒れ込むと、まるで抱きしめるようにオルガが、ぼくの体を受け止める。そのままの勢いで、くるりと体を入れ替えて馬乗りになった。
なぐりつけようとして、体をそらせたオルガの後頭部を、ぼくは蹴っ飛ばして、体を入れ替える。
いや入れ替えようとした、ぼくの脇腹に、オルガの手刀が刺さった。
ほんとうにそれは刃物のような切れ味で、ぼくの腹をつらぬいていた。
笑いを浮かべるオルガの顔に、ぼくは頭突きを食らわせた。たぶん鼻から前歯あたりがつぶれる予定だったが、彼女も額で受ける。
けっこうな音がして、目の前が暗くなる。
「くそ魔法使いがっ!」
オルガがののしった。
ぼくの脇腹にささった彼女の手に短剣を突き立てる。そのまま、手首まで切り裂いた。
これで、両手とも使えないはず・・・いや、構わずに肘がとんできた。肋がいかれたかな。
ぼくらは同時に立ち上がった。
距離をとれば、魔法が使える。だが、その前にオルガのデスサイズが来る。
この距離で、戦うしなかなった。
オルガが両手をあげて、ぶらぶらと動かした。挫いた肘も、切り裂いた手のひらも治ってた。
「化け物!」
「不思議と傷つかないのう。」
オルガは首をかしげた。
「たぶん、化け物に化け物と呼ばれてもなんだそれ?と思うだけからか?」
ぼくは、短剣を突き出した。がちっと硬いものに当たる感触がして、切っ先が欠けた。
キラキラと光る積層に重ねられた魔力の連なりは。
「竜鱗!?」
「・・・を模した防御障壁じゃよ。」クスクスと彼女は笑った。「けっこうこれは奥の手なのじゃ。これを出すほどに追い詰められるとは、まったくお主はとんだ化物じゃのお?」
ひゅっ
と彼女の長い脚がぼくの側頭部を蹴り込んだ。まったく予備動作がわからない。無拍子・・・とでもいうのか。ぼくはまったく防御の動作がとれなかった。
がん・・・と途方もなく硬いものをけった音がした。
オルガが、顔をしかめて足をひく。
ぼくの側頭部を鱗のように密接した魔法障壁が、守っている。
「奥の手じゃ・・・と、そう申したの?」
「奇遇です。ぼくも魔力で同じことができないか考案中でしたので・・・」
「気が合うのお。」
「いや、まったく。」
それからは、もう思い出したくもない。
技もへったくれもない。
竜鱗の防御障壁が、互いに相殺できることを発見したあとは、さらにひどい。
互いの指を目に突っ込み、急所をつぶしあい、互いの体を破壊することに集中した。
オルガの再生能力は、だいぶぼくより上で・・・
たとえば、目をほとんどえぐるようにしても、瞬きすれば、元通りになっていた。
ぼくは眼球なんて複雑なものを再生するのは、そうもいかないので、しかたなしに、頬とか手のひらとかに臨時の目を作り出して、なんとか戦闘を続けていた。
オルガはぼくのことをまた「化物」と罵ったが、心外である。
オルガの再生能力のほうがよっぽど化物じゃないか。
たがいに体を絡めあった、骨を折ったり折られたりの時間は、どのくらい続いたのだろうか。
わかるのは、気がついたときに、アキルとギムリウスが、呆れたようにぼくらを見下ろしていたことだった。
「ルトくんとオルガっち。それくらいでいちゃいちゃは終了してよ。」
「これは・・・ルト? それともウォルト?」
ギムリウスが、目の中で瞳を回すという器用なことをしていた。たぶん混乱を表現していたのだと思う。
「いちゃいちゃじゃない!」
というぼくとオルガの抗議の声はきれいにハモった。
「ここに転移するのに、ギムリウスの力を借りたの。」
アキルは、ほれほれと言いながら、ぼくとオルガが起き上がるのに手を貸してくれた。
「いつまでもルトくんとオルガっちが戻ってこないので、ギムリウスを探し出して、追跡転移をしてもらったんだ。」
「追跡転移をしてみました。」
ギムリウスが頷いた。
「これは、ルトでありウォルトでもあるんだよ! ギムリウス」
「はあ?・・・ルトは、『踊る道化師』のリーダーです。ウォルトは新しくミトラでお友達になりました。でもどっちも一緒? あれ?」
「ルトの認識阻害は、神獣にも効くんだねえ。それはそうと、きみたちが転移してからもう丸一日たってる。
これ以上戦っても無駄っぽいのはお互いにわかってるよね。」
「・・・・そもそもなんで戦っていたのじゃろ?」
「ぼくはアキルやドロシーが、キッガを殺しにいこうとするのを止めたくて。」
「そうじゃった! わらわはそれが邪魔だったのじゃ。それでアキル! 首尾はどうなった?」
「それがねえ」
アキルは困ったように言った。
「たぶん、ギンさんとリクさん・・・『仕掛け屋』だよ。ふたりとも」
そうか。
直接の目的・・・ドロシーに人殺しをさせない・・・は成功したけど、犠牲者なしにオーベルの騒動を収束させるのは失敗、ということだ。
「わかった・・・戻る。ところで、ミイシア・・・フィオリナはどうしてる?」
「ギムリウスと一緒の病院にいたから連れ出してきてる。
・・・・どうしたの? それって浮気が見つかったときの表情だけど、ルトくん。」
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ぼくは、オルガを見ながらそう言った。
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