上 下
243 / 531
第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道

第224話 竜人無用

しおりを挟む
月影にため息を。
宵闇に吐息を。

夜風を吸って、潮風を吐く。
わたしは夜の仔。彷徨うだけの。

キッガは、泡の中で体をくねらせた。両手を組んで大きく伸びをする。
大きなバスタブは、二人が入っても余裕だ。湯を注いでくれる魔道具は、わずかばかりの魔力を湯船をいっぱいに満たしてくれる。

入口のドアの鍵が回る音がした。

「いらっしゃい、陛下。」
キッガは、立ち上がった。濡れたままの体に浴衣を纏う。
薄い生地の浴衣は、キッガの体にピッタリとまとわりついた。

胸の膨らみも、腰から尻にかけてラインも隠すことはない。
全裸より、かえって閃情的であった。

「ここは、二人だけよ。護衛も遠ざけてあるわ。ここで起きたことは、二人だけの秘密。」

床の上に、キッガの濡れた足跡がつく。
絨毯の上でも平気だった。

ドアがわずかに開く。

「来て、クローディア陛下。」

そのわずかに開いた隙間から、相手は体を滑らせるように中に入った。
後ろ手にドアを閉める。

キッガは、顔を顰めた。
それは、クローディアではなかった。

ガッチリとした体型は似ていなくもなかったが、体付きはひとまわり小さい。
灰色の作務衣のような衣装に身を包んでいた。
顔立ちは、照明の影になって見えない。
「誰か?」

答えはない。
キッガは、薄く笑った。

「クローディアも存外、臆病だな。あたしと一対一で対峙する度胸もないとは!」

ガリっ。
男の手のひらで固いものが擦り合わされる音がした。
見たところ、武器は帯びていない。

なにがしかの武芸の嗜みはあるのだろうが、それだけの男、だった。

キッガの笑いが濃くなった。

「殺し屋、のたぐいか。そう言えば、“仕掛け屋”が街に入り込んだと、その筋からタレコミがあったな。」

べしゃり。
たったいままで、湯船に使っていたキッガも、むろん寸鉄も帯びていない。身にまとった薄布は、なんの防御にもならぬどころか、体にまとわりついてその動きを邪魔するだけだろう。
だが。

キッガは、胸元を開いた。
柔らかな曲線を描いて揺れるものが、男の・・・リクの目をくぎ付けにした。

「名高い殺しの名手、仕掛け屋さん。あたしの側につくきはないかい?
いまなら、あたしをいくらでも好きなように出来るんだ。どうだい?」

リクの沈黙を肯定ととったのか、キッガは濡れた体を擦り寄せた。
その胸元に。
鉤爪の形をしたリクの手刀が、走った。

枯れ木の折れる音がした。
リクは、手を抑えて後退した。
一撃で、心の臓をえぐり、つかみ潰す。リクの一撃はやわらかな乳房を歪めることさえでかなったのだ。
鍛え上げた指は無惨に折れていた。

その胸で明滅する。鱗状の輝き。

竜鱗。

キッガが耳障りな笑い声をたてた。

「あたしの母親は竜人の血を引いていてね!」
上げたキッガの指は、鋭い爪と化していた。
「あの色ボケの伯爵もなんの理由もなく、娘に盗賊団をやらせた訳じゃあないんだよっ!」

振りかぶった爪の一撃は、リクの肩から胸を切り裂いた。とっさに身をひるがえしたものの、傷は浅くはなかった。

「大人しく死体になりなっ!」

爪を掻い潜り、リクは背後からキッガの首を締め上げた。
「効かないよ。」
キッガは笑う。竜鱗の防御は絞め技にも有効なのだ。
「あたしの体ってうつくしいだろ?
てめえらみたいな下賎の輩には、傷ひとつ付けられないのさ。」

「体が自慢のようだ、な。」

背後から裸絞という圧倒的に有利な体勢にありながら、その腕をキッガの腕がじりじりと押し返している。
おそらくは、竜族のもつ怪力のいったんもその身に宿しているのだろう。

「ならば、自慢の体はそのままにしておいてやる。」

リクの手刀は、キッガ背中に走った。
その背にも竜鱗が生じた。
いくら鍛錬をつんでも、ひとには貫くことはかなわない鉄壁の防御。

さすがのリクの手刀も、竜鱗に僅かに傷つけることも出来ず。やわらかな肌にもかすり傷も付けられず。

すべてを透過して、その心臓のみをつかんだ。

「は・・・?」

キッガが目を見開いた。
その目から。耳から。
血が吹き出した。

「地獄でおまえの男どもと、よろしくやるがいいさ。」

外傷もないまま、倒れたキッガの死を見届けて、リクは体を翻した。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

溟海の導師~水属性は最弱だと追放された元教師、教え子たちと共に世界を導く~

鴉真似≪アマネ≫
ファンタジー
 前世で教師だった男・蓮水怜夜はある理由で命を落とし、異世界に生まれ変わる。    生まれ変わったのは、魔法あり、剣ありの殺伐とした世界。    ーー『大いなる「火」により、命誕生す。それすなわち、火を宿さぬもの、生命に非ず』  魔法は火、土、闇、光、風、水の六属性で形成される。  だが、魔法と言えど平等ではない。  火属性至上の世界で、火の大家『ギャラクシアス家』に生れ落ちたレイヤ。しかし、彼の適性は水属性。魔法の中でもとびきり弱いとされる属性。   『レイヤ。貴様をギャラクシアス家より放逐する』 『はい、承知いたしました』  満16歳となった日、レイヤはギャラクシアス家より追放される。  しかし、レイヤは前世の記憶と独自の魔法理論をもとに、火属性をも打ち破る力を手に入れていた。  追放されたレイヤは、前世同様教師業を目指す。そして、世界の謎に迫ることとなる。  ーー前世で出来なかったことを、今度こそ……  彼の目的は、一体……?  これは前世教師だった男が、教え子を育て、私塾を作り、やがて世界を導くまでの物語。  ※基本章ごとの投稿になります  

処理中です...