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第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道

第197話 絶剣士対ギムリウス

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ウォルトを送り出したあと、ラウレスはしばらく自分も降りるとだだをこねた。
だが、「実態のある幻影」はあまり離れていては、維持できないので、ギムリウスは却下した。ウォルトは「浮かぶ十字架」を残してくれていたので、ギムリウスはそこに糸をかけてぶらさがっている。
なんとなく、自分が洗濯物になったような気もしたが、無視することにした。

「心細いじゃないか。」
と、ラウレスは言うのであるが、ギムリウスは、首を傾げた。
足でまといになりそうなエミリアは、一緒に送ってしまった。あとはここから落っこちることだけを心配しておけば、いい。攻撃してきたのが誰かはわからぬが、100メトルの上空はかえってこれ以上安全な場所は。

突如襲った衝撃波は、ギムリウスの背中にへばりついたミランが、影の槍ではじきとばした。

ギムリウスは、地上を見下ろした。
衝撃波を放った男は、まだはるかに下だ。
だが、空気の階段を踏みしめるように、一歩一歩。ギムリウスたちのいる上空に登ってくる。

「何だ! あいつは!」
ラウレスが叫んだが、叫んだ拍子にバランスをくずして、ギムリウスの巣から落下した。
術の制御も崩れたか、黒竜の姿も消えていく。

「ダメな竜。」
ギムリウスは、事実をたんたんと口にしただけで、別にラウレスを非難したつもりはない。
ラウレスは、人の姿では飛行の魔法は苦手だと言っていた。
でもそれは、「苦手」なので、なんとか一人でここから着地くらいはするだろうと、ギムリウスは考えている。

「ギムリウス。あいつは“絶士”だ。」
背中にへばりついたミランが言った。
「元は英雄級の冒険者『使徒狩り』アイクロフト。鉄道公社の保安部の精鋭集団『絶士』にスカウトされたんだ。」

「ふうん。」
“使徒狩り”などと二つ名を持つからには、彼女たちヴァルゴールの使徒と、やり合ったころがあるのだろうか。
人の強さの段階など、ギムリウスにはあまり関心がない。気になるのは、しいて言うなら「どの程度すると死んでしまうか」くらいのものである。
なぜなら、ルトはやたらに人が死ぬのを嫌うから。
「おまえとどっちが強いの?」

「残念ながら」
ミランは悔しそうに言った。
「三度戦い、三度ともわたしは逃げた。戦い続ければ斃されていただろうと思う。」

「ふうん。」

男が剣を振った。
そうして生まれた衝撃波は、距離は近くなった分、威力をましていた。ミランの投じた影の槍をはじいて、ギムリウスの「巣」を切断し、「浮遊する十字架」と切り離されたギムリウスとミランは落下をはじめる。

「ミランは危ないから先に降りてろ。」
ギムリウスは言って、ミランを地上に「転移」させた。

ギムリウス自身は、風の魔法で落下速度を制御しながら、額の目から、光線を放つ。
「絶士」は、なにもないはずの空中を歩くようにして、その攻撃をかわした。

「竜の幻覚を操るか。」

落ちてゆくギムリウスと、空中を駆け上がる「絶士」。交差の瞬間、放った突きは、ギムリウスの左胸を貫いた。
コントロールを失ったギムリウスの身体は、そのまま地面に落下する。建物の屋上を突き破り、その下の階にめり込んで、止まった。
身体を起こそうとしたギムリウスに、衝撃波が叩きつけられ、床と一緒にギムリウスはさらに下の階へと落下した。

「絶士」が、空気を蹶って加速をつけて落下してきた。
瓦礫のなかから、ギムリウスが立ち上がる。
さすがに小姓服は、ずたずただった。もちろん、その分身体もずたずただったが、こちらはすみやかに修復される。

そこに再び、「絶士」の突きが襲ったが、今度はギムリウスも準備ができていた。
自分の身体から作り出した呪剣グリムの一撃が、突きをはじいた。続いてギムリウスが繰り出した切り払い、連続突き、すべてが速度のみを重視した軽いものだ。
相手の身体にわずかでもかすれば、耐えきれるほどの激痛で相手を行動不能にしてしまう呪剣グリムならではの戦法である。

それを「絶士」は軽々とさばいた。
かすり傷一つおわすこともできない、その体捌きに、ギムリウスは少なくとも剣の技量は相手があるかに上回る、と悟った。

足にぴったりしたズボンが裂け、パニエの骨組みにも似た脚が広がる。
「絶士」の切り込みに合わせて、高速移動。これはバランスの悪い二本の足でのみ歩行しなければならない人間には不可能な移動だった。

「呪剣グリムに、蜘蛛の脚。」
「絶士」は、物憂げにそんなギムリウスを見やった。
「神獣ギムリウスの眷属か。」

「英雄級の冒険者『使徒狩り』アイクロフト。」
ギムリウスがそう言うと、相手は、ため息をついた。
「その二つ名で呼ばれるのはあまり好まないな。ギムリウスの眷属よ。」

ギムリウスが落ちたのは市の中心部ではあったが、人通りの少ない裏路地の一軒だった。
廃屋なのかもしれない。

この部屋にも、その上の階の部屋にも調度などもろくになかった。

「ならわたしもギムリウスと呼べ。」
ギムリウスは、言った。
「ギムリウスの眷属ではない。わたしが、ギムリウスだ。」
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