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第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道
第164話 仕掛けの真相
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「ああーーーもうっ!役にたたない!役にたたない!役にたたない!」
アキルに怒られているのは、吸血鬼のゾアヌルだった。床に頭をつけて平身低頭である。
アキルとしては、悪代官の天井裏に忍び込んで、ナイミツの会話を聞き出してくる忍び役を頼みたいところだったのだが。
「わたしく、『招かれ』なければ人のいるところにはいることは出来ませんので。」
そんな馬鹿な忍びがいるかぁ!
とアキルは怒るのだが、彼はもともと忍びではない。
「で、昼間は活動できない。夜は、夜であれか、寝室に招いてくれる女の子を探して夜の街をうろつきまわる?」
クズかっ!
アキルは怒るのだが、吸血鬼の捕食活動を、ジゴロのように言われるのは、ゾヌアルにしても心外だった。
仕掛け屋の「つなぎ」役だというダダルの腕は、けっこうな重傷だった。ドロシーは、いままで戦った相手が相手なので、「手加減」が下手なのだ。
ダダルの腕は、骨の髄まで凍りついていて、ジウルはため息をついて、回復用の宝珠をひとつ割った。
「月がかわるまでは、その腕で重いものはもたんようにな。」
「手前は、貸本屋なのですが。」
文庫をさげて、家々をまわって、本を貸し出しては回収してくる仕事である。
「休業しておけ。手がつかいものにならなくなる。」
「今の今でも、おかげさまで、問題ないように思えるのですが・・・」
「いまの魔法には、おまえにそう思い込ませる効果もある。無理をすれば肩から落ちるぞ。」
ダダルは青い顔をして頷いた。
「ギンさんとリクさんからは、皆さんかなり、腕がたつと聞いております。」
ダダル自身は、だから手を貸せ、とは言わなかった。余計な血は流さない、というのが彼女たち仕掛け屋の誇りでもあったし、彼女の手を治した宝珠から、ジウルが大北方のグランダ魔道院に縁のあるものだとも見てとった。
「仕掛けは、悪戯に大仰にするものだはない。人を増やせば増やしただけ、不確定の要素が大きくなるのだ。
「手を貸していただくのはありがたいのですが、手前はただの繋ぎやです。
そこら辺は、実際に仕掛けをやるギンさんとリクさんに尋ねてみないと。」
ドロシーは、ダダルの肩をそっと触った。その部分から突き抜けるような冷たさを感じてダダルは悲鳴をあげた。
「今晩はもう帰りなさい。」
ドロシーは、ぞっとするような笑いを浮かべた。
頷きながら、ダダルは立ち上がる。商売道具の、貸本の入った文庫を無事なほうの手に持って何度も頭を下げならがら。
「あれ、ならつけられるでしょう?」
ドロシーは、吸血鬼に向かって、言った。
吸血鬼は、霧となって姿を消した。
クローディア夫妻と前ロデニウム公爵の一行は、路地裏でそこそこまともな価格の店を見つけて1杯やっていた。
何かの商売のため、旅の途中で足止めをくった老主人とその手代、護衛に雇った冒険者二人という設定だが、呆れるほどはまっていて、逆にそれ以外だと当人たちが主張しても、笑って聞き流されただろう。
ミトラ流の煮込みを食べさせる店との触れ込みだった。
ミトラの出身だという亭主は、自慢げに語る。
ミトラじゃあ、もうまともな食堂はないよ、街自体が荒んじまってな。
三年ばかり前に、警察機構の働きが悪すぎるってんで、一部を冒険者に委託したんだかこれがもう。
主人は肩を竦めた。
だから、もしあんたらが商売をはじめるなら、ミトラじゃなくて、このオーベルをお勧めするね。
ここは、ギウリークじゃあかなりましな方だし、もし・・・
店の主は言い淀んだ。
その・・・ここがギウリークじゃなくなれば、さらによくなるかもしれないからな。
「なんじゃろう、今のは。」
老公は声をひそめた。
「オーベルの一帯が独立するとなれば、いくらギウリークの上層部が腐敗仕切っているとはいえ、ほっておくとも思えん。」
「ご隠居殿。」
なにがしか気がついたことがあるのか、クローディアは、得心したような表情だった。
アウデリアは、煮込みを一気飲みしてお代わりを頼んでいた。
供回りのロクとシチは、呆れたようにそれを眺めている。
「何かにお気づきか?」
「まあ、ギウリークの行政機構がこの程度ならば、あるいは。」
クローディアは、考え込んでいる。
「あるいは、列車公団が直接管理するという選択肢も。」
「中原にあるような自由都市か。」
老公は唸った。
「確かに民にとってそれが一番よさそうだな。」
「そこら辺のご事情について、相談させていただけますか?」
弦楽器を抱えた女芸人が、嫣然と微笑んだ。
まずは、一曲いかがですか?
そう言って、ギンが奏でたのは恋の歌だった。
町娘に恋をした王子の物語だった。
類まれなる美貌と、才能と、そして身分に余りにも恐れ多いと感じた町娘は、求愛を断った。
王子は彼女に釣り合うために、身分を捨て、一介の冒険者となった。
個人の才能だけで、武功を立て、ボロボロに傷ついた体で、彼女の前に立ち、もう一度求愛をして、振られる。
と、そういう歌であった。
クローディアとしては、同じように美貌と才能と、しかも地位まで得てしまった娘のことを考えざるをえない。
フィオリナにルトがいなかったら、あるいはルトは本当に一介の駆け出し冒険者だったら?
彼女はどうしただろう。またクローディア公爵家はどのように動いただろう。
クローディアは歌を褒め、ダル紙幣を何枚か与え、席に着くよう命じた。
ギンとリクは恐縮したそぶりを見せながら、席についた。
「おまえさま方がとにかく、国だ政治だと言いたがるくらいには、わたしらはそっちがらみのことが嫌いでね。」
ギンは営業スマイルを貼り付けたまま、目の奥にだけ怖い光を蓄えて、そう言った。
「わたしらは依頼人の恨みさえ、晴らせばそれでいいのさ。
そのためにおまえさま方の力を借りたくてね。」
「我が君と、ご隠居どのは喜んで力を貸すだろうさ。」
アウデリアが言った。得体の知れない殺し屋なぞ、忌避すべき連中だろうが、彼女は割と機嫌がよかった。ギンの歌のせいかも知れない。
「で、仕掛けの的と依頼人は誰かね。」
聞いちまったからには、一蓮托生で協力してもらうよ。
とギンは吐き捨ててから、まるで遠めには世間話でもしているような口調と表情で言った。
「的はエルテル伯爵とその娘キッガ。頼み人は、伯爵の奥方さまだ。」
アキルに怒られているのは、吸血鬼のゾアヌルだった。床に頭をつけて平身低頭である。
アキルとしては、悪代官の天井裏に忍び込んで、ナイミツの会話を聞き出してくる忍び役を頼みたいところだったのだが。
「わたしく、『招かれ』なければ人のいるところにはいることは出来ませんので。」
そんな馬鹿な忍びがいるかぁ!
とアキルは怒るのだが、彼はもともと忍びではない。
「で、昼間は活動できない。夜は、夜であれか、寝室に招いてくれる女の子を探して夜の街をうろつきまわる?」
クズかっ!
アキルは怒るのだが、吸血鬼の捕食活動を、ジゴロのように言われるのは、ゾヌアルにしても心外だった。
仕掛け屋の「つなぎ」役だというダダルの腕は、けっこうな重傷だった。ドロシーは、いままで戦った相手が相手なので、「手加減」が下手なのだ。
ダダルの腕は、骨の髄まで凍りついていて、ジウルはため息をついて、回復用の宝珠をひとつ割った。
「月がかわるまでは、その腕で重いものはもたんようにな。」
「手前は、貸本屋なのですが。」
文庫をさげて、家々をまわって、本を貸し出しては回収してくる仕事である。
「休業しておけ。手がつかいものにならなくなる。」
「今の今でも、おかげさまで、問題ないように思えるのですが・・・」
「いまの魔法には、おまえにそう思い込ませる効果もある。無理をすれば肩から落ちるぞ。」
ダダルは青い顔をして頷いた。
「ギンさんとリクさんからは、皆さんかなり、腕がたつと聞いております。」
ダダル自身は、だから手を貸せ、とは言わなかった。余計な血は流さない、というのが彼女たち仕掛け屋の誇りでもあったし、彼女の手を治した宝珠から、ジウルが大北方のグランダ魔道院に縁のあるものだとも見てとった。
「仕掛けは、悪戯に大仰にするものだはない。人を増やせば増やしただけ、不確定の要素が大きくなるのだ。
「手を貸していただくのはありがたいのですが、手前はただの繋ぎやです。
そこら辺は、実際に仕掛けをやるギンさんとリクさんに尋ねてみないと。」
ドロシーは、ダダルの肩をそっと触った。その部分から突き抜けるような冷たさを感じてダダルは悲鳴をあげた。
「今晩はもう帰りなさい。」
ドロシーは、ぞっとするような笑いを浮かべた。
頷きながら、ダダルは立ち上がる。商売道具の、貸本の入った文庫を無事なほうの手に持って何度も頭を下げならがら。
「あれ、ならつけられるでしょう?」
ドロシーは、吸血鬼に向かって、言った。
吸血鬼は、霧となって姿を消した。
クローディア夫妻と前ロデニウム公爵の一行は、路地裏でそこそこまともな価格の店を見つけて1杯やっていた。
何かの商売のため、旅の途中で足止めをくった老主人とその手代、護衛に雇った冒険者二人という設定だが、呆れるほどはまっていて、逆にそれ以外だと当人たちが主張しても、笑って聞き流されただろう。
ミトラ流の煮込みを食べさせる店との触れ込みだった。
ミトラの出身だという亭主は、自慢げに語る。
ミトラじゃあ、もうまともな食堂はないよ、街自体が荒んじまってな。
三年ばかり前に、警察機構の働きが悪すぎるってんで、一部を冒険者に委託したんだかこれがもう。
主人は肩を竦めた。
だから、もしあんたらが商売をはじめるなら、ミトラじゃなくて、このオーベルをお勧めするね。
ここは、ギウリークじゃあかなりましな方だし、もし・・・
店の主は言い淀んだ。
その・・・ここがギウリークじゃなくなれば、さらによくなるかもしれないからな。
「なんじゃろう、今のは。」
老公は声をひそめた。
「オーベルの一帯が独立するとなれば、いくらギウリークの上層部が腐敗仕切っているとはいえ、ほっておくとも思えん。」
「ご隠居殿。」
なにがしか気がついたことがあるのか、クローディアは、得心したような表情だった。
アウデリアは、煮込みを一気飲みしてお代わりを頼んでいた。
供回りのロクとシチは、呆れたようにそれを眺めている。
「何かにお気づきか?」
「まあ、ギウリークの行政機構がこの程度ならば、あるいは。」
クローディアは、考え込んでいる。
「あるいは、列車公団が直接管理するという選択肢も。」
「中原にあるような自由都市か。」
老公は唸った。
「確かに民にとってそれが一番よさそうだな。」
「そこら辺のご事情について、相談させていただけますか?」
弦楽器を抱えた女芸人が、嫣然と微笑んだ。
まずは、一曲いかがですか?
そう言って、ギンが奏でたのは恋の歌だった。
町娘に恋をした王子の物語だった。
類まれなる美貌と、才能と、そして身分に余りにも恐れ多いと感じた町娘は、求愛を断った。
王子は彼女に釣り合うために、身分を捨て、一介の冒険者となった。
個人の才能だけで、武功を立て、ボロボロに傷ついた体で、彼女の前に立ち、もう一度求愛をして、振られる。
と、そういう歌であった。
クローディアとしては、同じように美貌と才能と、しかも地位まで得てしまった娘のことを考えざるをえない。
フィオリナにルトがいなかったら、あるいはルトは本当に一介の駆け出し冒険者だったら?
彼女はどうしただろう。またクローディア公爵家はどのように動いただろう。
クローディアは歌を褒め、ダル紙幣を何枚か与え、席に着くよう命じた。
ギンとリクは恐縮したそぶりを見せながら、席についた。
「おまえさま方がとにかく、国だ政治だと言いたがるくらいには、わたしらはそっちがらみのことが嫌いでね。」
ギンは営業スマイルを貼り付けたまま、目の奥にだけ怖い光を蓄えて、そう言った。
「わたしらは依頼人の恨みさえ、晴らせばそれでいいのさ。
そのためにおまえさま方の力を借りたくてね。」
「我が君と、ご隠居どのは喜んで力を貸すだろうさ。」
アウデリアが言った。得体の知れない殺し屋なぞ、忌避すべき連中だろうが、彼女は割と機嫌がよかった。ギンの歌のせいかも知れない。
「で、仕掛けの的と依頼人は誰かね。」
聞いちまったからには、一蓮托生で協力してもらうよ。
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