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第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道
第142話 ギムリウスは人気もの
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ギムリウスは困っていた。
そして困ったことに、彼女の作ったヒトガタは、彼女の心の動きをかなり正確に表情にしてくれるので、ギムリウスが、困っていることはまわりの人間にもすぐわかってしまう。
全く困った話だった。
「どうしたのさ、ギムリウス」
彼女が助けた侯爵家のご令息、ヘルデ坊ちゃんが心配そうに尋ねた。
心ここにあらずのギムリウスの可愛らしい口元で、噛まれたフォークが、不気味に変形していた。
あれから、ヘルデはギムリウスベッタリである。寝る時も離してくれないので、巣を作って眠りたいギムリウスはいささか寝不足気味だった。
実際には、彼の心臓やいくつかの重要な臓器は、体内に巣食ったギムリウス製の蜘蛛が代用しているので、彼はギムリウスに従属しているのに等しい。
だが、少年も家族も気がついていないし、ギムリウスはそれは当たり前のことなので、特になにも言っていない。
「母上が、なにか困らせているのなら、ぼくが話をするよ。」
ギムリウスを見つめるヘルデの視線は「恋」に近い。
昨晩などは、ギムリウスの寝顔に頬を寄せて、「ぼくを食べちゃって」とか囁いていたのだ。
もちろん、常識豊かなギムリウスは、それがそういう意味でないことは理解したので、そのまま寝ていたのだが、危ないなあ、少年。
「母上さま・・・侯爵閣下から。当家の専属になって長期滞在してくれというお申し出は受けられないものでしたが、わたしを高く評価してくれたのはわかります。」
ギムリウスの白い歯がボキボキと音をたてて、フォークを噛み砕いた。
「こうして食べるものも提供してもらってとてもありがたい。」
「・・・いや、フォークは食べ物ではないよ、ギムリウス。」
「閣下」
メイド長兼護衛官は、アライアス侯爵に分厚いレポートを手渡した。
この短期間でこれだけの報告をまとめました、すごいでしょ!
の表情である。
「口頭で要点を報告せよ。」
と、主人に言われて若干意気消沈したものの、気を取り直し、
「まずあの者の名はギムリウス。閣下の読み通り神獣ギムリウスを奉じる亜人の一族です。
銀級冒険者パーティ『踊る道化師』の一員です。所属ギルドはランゴバルドの『夜草香』。
銀級に登録したのはごく最近で、これは新たにパーティメンバーに加わった者が、王族であったための特例処置としてランゴバルド政府から認められたもので・・・」
「ちょっと待て!
『踊る道化師』のメンバーにどこの国のなんという王族がいるのだ?」
メイド長は慌てて、レポートをめくった。
「国名はクローディア大公国。そこの嫡子であり、第一位継承者のフィオリナ・クローディア殿下です。」
侯爵はうめいた。とんでもない大物であった。西域列強ではないにせよ、精強な騎士団を有し、今回の「魔王宮」をめぐる駆け引きでは、近年稀に見る外交的大敗北をギウリークに負わせた、その立役者になった人物。そして、近々、長年の内縁の妻との正式な結婚式を挙げるために、ミトラへ来訪予定となっている。
妻の名前を聞いたミトラの市民はぶったまげ、否応なしに歓迎ムードが高まっている。
妻は、英雄級とも噂される冒険者アウデリアであった。
「しかし、亜人のいるパーティにわざわざ所属せんでもよいのに。」
そんなことに文句を言っても仕方ないのに、侯爵はそうぼやいた。
息子の誘拐、邪神の信徒の暗躍、とんでもない魔力を持った亜人の少年それだけでもお腹いっぱいなのにこれ以上、おかわりをしてくれるな。
「もともとグランダの『魔王宮』内で知り合ったメンバーが結成したパーティのようです。」
他にはどんな亜人がいてどこの王族がいるんだ?
と、やや投げやりに侯爵は訪ねた。
「はい、ルトとリウ、二人とも優れた魔力を備えた少年が二人。あとは竜人の女性アモン、吸血鬼・・・」
文字を追うメイド長の顔がみるみる蒼白になっていく。
「真祖吸血鬼のロウ・・・それに今我が家に滞在中のギムリウスを加えた6名パーティとのことです。」
「わかった。」
秘かにギムリウスを始末する、という線はこのとき、侯爵の心からは綺麗さっぱり消えた。
これはとてもよいことだった。少なくともミトラの街は存続を許されたのだから。
「で、銀級になったにも関わらず、まだ冒険者学校に在籍している理由はなんだ?」
「それは・・・よくわかりません。ただ、彼らが籍を置いているルールス分校のルールス分校長・・・ああ、前学長で『真実の目』の継承者です・・・がこのまま冒険者学校に滞在することを条件に銀級を与えたようです。
つまりこれは・・・我がギウリークからの干渉を恐れたためと判断されます。」
侯爵閣下は、やめようと思っていた葉巻に手を伸ばしかけて、ため息をついて、諦めた。
「よし、正式にギムリウス殿に、ヴァルゴールの残党狩りの協力を頼もう。
侯爵家からの銀級冒険者への正式な依頼だ。そして、彼がこの街にきた理由・・・先行してこの街にきているはずメンバーを探す・・・にも全面的に協力する、とそう伝えるんだ。」
ギムリウスが冒険者学校で、「女性」として認識されていることは、レポートには書かれていたが、主従ともにそれを読み飛ばした。
ギムリウスにとっても些細なことだったのでそれでよかったのかもしれない。
そして困ったことに、彼女の作ったヒトガタは、彼女の心の動きをかなり正確に表情にしてくれるので、ギムリウスが、困っていることはまわりの人間にもすぐわかってしまう。
全く困った話だった。
「どうしたのさ、ギムリウス」
彼女が助けた侯爵家のご令息、ヘルデ坊ちゃんが心配そうに尋ねた。
心ここにあらずのギムリウスの可愛らしい口元で、噛まれたフォークが、不気味に変形していた。
あれから、ヘルデはギムリウスベッタリである。寝る時も離してくれないので、巣を作って眠りたいギムリウスはいささか寝不足気味だった。
実際には、彼の心臓やいくつかの重要な臓器は、体内に巣食ったギムリウス製の蜘蛛が代用しているので、彼はギムリウスに従属しているのに等しい。
だが、少年も家族も気がついていないし、ギムリウスはそれは当たり前のことなので、特になにも言っていない。
「母上が、なにか困らせているのなら、ぼくが話をするよ。」
ギムリウスを見つめるヘルデの視線は「恋」に近い。
昨晩などは、ギムリウスの寝顔に頬を寄せて、「ぼくを食べちゃって」とか囁いていたのだ。
もちろん、常識豊かなギムリウスは、それがそういう意味でないことは理解したので、そのまま寝ていたのだが、危ないなあ、少年。
「母上さま・・・侯爵閣下から。当家の専属になって長期滞在してくれというお申し出は受けられないものでしたが、わたしを高く評価してくれたのはわかります。」
ギムリウスの白い歯がボキボキと音をたてて、フォークを噛み砕いた。
「こうして食べるものも提供してもらってとてもありがたい。」
「・・・いや、フォークは食べ物ではないよ、ギムリウス。」
「閣下」
メイド長兼護衛官は、アライアス侯爵に分厚いレポートを手渡した。
この短期間でこれだけの報告をまとめました、すごいでしょ!
の表情である。
「口頭で要点を報告せよ。」
と、主人に言われて若干意気消沈したものの、気を取り直し、
「まずあの者の名はギムリウス。閣下の読み通り神獣ギムリウスを奉じる亜人の一族です。
銀級冒険者パーティ『踊る道化師』の一員です。所属ギルドはランゴバルドの『夜草香』。
銀級に登録したのはごく最近で、これは新たにパーティメンバーに加わった者が、王族であったための特例処置としてランゴバルド政府から認められたもので・・・」
「ちょっと待て!
『踊る道化師』のメンバーにどこの国のなんという王族がいるのだ?」
メイド長は慌てて、レポートをめくった。
「国名はクローディア大公国。そこの嫡子であり、第一位継承者のフィオリナ・クローディア殿下です。」
侯爵はうめいた。とんでもない大物であった。西域列強ではないにせよ、精強な騎士団を有し、今回の「魔王宮」をめぐる駆け引きでは、近年稀に見る外交的大敗北をギウリークに負わせた、その立役者になった人物。そして、近々、長年の内縁の妻との正式な結婚式を挙げるために、ミトラへ来訪予定となっている。
妻の名前を聞いたミトラの市民はぶったまげ、否応なしに歓迎ムードが高まっている。
妻は、英雄級とも噂される冒険者アウデリアであった。
「しかし、亜人のいるパーティにわざわざ所属せんでもよいのに。」
そんなことに文句を言っても仕方ないのに、侯爵はそうぼやいた。
息子の誘拐、邪神の信徒の暗躍、とんでもない魔力を持った亜人の少年それだけでもお腹いっぱいなのにこれ以上、おかわりをしてくれるな。
「もともとグランダの『魔王宮』内で知り合ったメンバーが結成したパーティのようです。」
他にはどんな亜人がいてどこの王族がいるんだ?
と、やや投げやりに侯爵は訪ねた。
「はい、ルトとリウ、二人とも優れた魔力を備えた少年が二人。あとは竜人の女性アモン、吸血鬼・・・」
文字を追うメイド長の顔がみるみる蒼白になっていく。
「真祖吸血鬼のロウ・・・それに今我が家に滞在中のギムリウスを加えた6名パーティとのことです。」
「わかった。」
秘かにギムリウスを始末する、という線はこのとき、侯爵の心からは綺麗さっぱり消えた。
これはとてもよいことだった。少なくともミトラの街は存続を許されたのだから。
「で、銀級になったにも関わらず、まだ冒険者学校に在籍している理由はなんだ?」
「それは・・・よくわかりません。ただ、彼らが籍を置いているルールス分校のルールス分校長・・・ああ、前学長で『真実の目』の継承者です・・・がこのまま冒険者学校に滞在することを条件に銀級を与えたようです。
つまりこれは・・・我がギウリークからの干渉を恐れたためと判断されます。」
侯爵閣下は、やめようと思っていた葉巻に手を伸ばしかけて、ため息をついて、諦めた。
「よし、正式にギムリウス殿に、ヴァルゴールの残党狩りの協力を頼もう。
侯爵家からの銀級冒険者への正式な依頼だ。そして、彼がこの街にきた理由・・・先行してこの街にきているはずメンバーを探す・・・にも全面的に協力する、とそう伝えるんだ。」
ギムリウスが冒険者学校で、「女性」として認識されていることは、レポートには書かれていたが、主従ともにそれを読み飛ばした。
ギムリウスにとっても些細なことだったのでそれでよかったのかもしれない。
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