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第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道
第131話 ジウル暴走す
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男が入ってきたとき、ギルドの全員の目がそちらに向いた。
いくら田舎町の冒険者ギルドとはいえ、依頼客に冒険者、なんとはなしの冷やかし、そして併設の酒場で昼間からいっぱい引っ掛けたい酔客と、人の出入りは多いはすだ。
にもかかわらず、全員がその男に注目した。
年代は20代の半ばか。身に武器は帯びていないようだった。
ただ、全身の筋肉が武器といえば武器なのだろう。鍛え上げた筋肉は、強靭でかつ、しなやかそうで、これが格闘家以外の人種であることは、あり得ない。
まあ、正確にはジウル・ボルテックは魔導師である。
今の彼は他人からそう見えるほど、イケイケでも自信たっぷりでもない。
むしろ、慣れしたんだ得体の知れない老魔導師と、なかなかハンサムな若き拳法家との間で、心が揺れ動くのを「面白くない」。と、そう思っている。
年甲斐もなく、若い愛人に溺れたりしていることなぞは、数ヶ月前の己からすれば噴飯ものだった。仮に若い魔導師がそのような行為をしていれば、枕元に異世界から召喚した食虫植物の鉢植えをプレゼントくらいはするだろう。
ぐるりと店内を見回した。
買い取りと受付のカウンターは一つだけ。
たむろしている冒険者は、うんと若いか逆にベテランで片付けるは歳を取りすぎているものばかりだった。
それが10名ばかり。
依頼ボードには、一枚の依頼も貼られていない。
「炭酸水はあるか?
それと、ここのギルマスに会いたいんだが」
「失礼ですが、どちらさまでなんの御用ですか?」
「ご覧の通りの武者修行中の武芸者だ。えらく強いギルマスがいると聞いて1手ご教授願おうと思ってな。」
道場破りのセリフだった。
顔を背ける受付の男にかわって、冒険者のひとりが立ち上がった。
「ギルマスはお忙しいんだ。どこの馬の骨か分からねえやつの相手してるヒマはねえんだよ。」
ルトやアキルたちと同年代か。
得物らしき槍は壁に立てかけたままだ。
つまりは駆け出しの素人だ。
「そうかね。ずいぶんとヒマそうに見えるが。」
このジルウの言葉に、全員が立ち上がった。
「こっちの事情も知らずに勝手なことを抜かしてくれるな。」
リーダー格は、戦斧を携えた壮年の戦士だった。
まだまだ肩や胸の筋肉の盛り上がりはたいしたものだったが、腹に肉が着きすぎている。
年齢と、あとは不摂生の賜物だろう。
「盗賊どもとつるんでるんだろ?
そりゃあ、依頼も来ないしギルドも寂れるだろうよ。」
ふざけるな。
男は戦斧をベルトから外した。
ほかの、冒険者も今度は得物に手をかけている。
ジウルは、内心でにんまり笑った。
昨日はドロシーとの訓練もその後の密やかな夜の鍛錬も省略してしまったので、少々気が昂っていた。
殺す気はないが。
痛い目にあってもらおう。
「やめろ!」
低いが重い声がして、全員が動きを止めた。
奥の扉から出てきた男は、なるほど元黄金級といわれても頷くだけの迫力があった。
がっしりした顎に顎髭をたくわえていて、ジウルはどことなく、クローディア公を思い出した。
「どこで聞いた噂かは知らんが、このところ周りを荒らし回っている賊どもとこのギルドはなんの関係もない。」
ジウルは値踏みするように相手を見た。
強い。確かに強い。
経済的に追い込まれてもなお、カレを慕う冒険者がこれだけいるのだから、兵で力押しすればたとえ討ち取れたとしても犠牲は限りない。
強いが。
昔はもっと強かったんだろうな。
「どうだかなあ。ここの代官の男爵さんとはだいぶ揉めてるようじゃないか?
娘さんから証言を聞いたぜ。
実の娘が、父親を恐れて代官のところに匿ってもらうなんざ、尋常じゃねえなあ。」
ジウルがずいっとギルマスに一歩近づいた。
殺到しようとする冒険者たちをとどめて、ギルマスの眼光がするどくなる。
「娘は何処にいる。」
「残念ながら、いまは男爵さまの御屋敷に大事に匿われている。
地下室の一番奥だ地下室への出入りは食料庫の隠し扉から入らねえといけねえからちょっとやそっとじゃ分かるまい。
お嬢さんの部屋の鍵も執事じゃねえと持ってないんだ。お前さんが娘になにか危害を加えようにも手も足も出ないってことさ。」
そう言ってジウルは、彼にだけ分かるよう片目をつぶった。
「娘の様子は?」
「これからもあっちこっちで、あんたの悪事を証言しちもわらなくちゃいけないんだ。大事に扱われていると思うせ。
ただ虫に噛まれた跡があったな。首すじにふたつ。
ああいうのは、夜中にうなされることが多いんだ。注意しねえと。」
「ああ」
ギルドマスター、ベルドットはわずかに俯いてこたえた。
「まったくその通りだ。」
「まあ、大事には至らねえだろ?
そこまで行く前に害虫のほうを退治しちまえばいい。
それで、あんたとの腕試しの件なんだが」
「ここで暴れて店を壊されても困る。」
ベルドットは、言う。
「2時後でどうだ?
場所は町外れにいまは使っていない墺景牧場ってのがあるからそこで。」
ジウルをすぐに追いかけろというダンカン男爵と、まあすこしばかり様子を見ようというご隠居との間で意見が対立して、そのまま時間が過ぎていく。
やがて、召使いのひとりがやってきて、執事になにやら耳打ちをした。
執事は顔を強ばらせて、アキルたちを向き直ると、
「ジウルはやつらの手に落ちたようた。返して欲しければ、ベルドットの娘と交換しろ、というのがやつらの要求だ。
日没にやつらのギルドがある町の牧場で待つ、だと。
なんだ、この不始末は!」
ご隠居の胸ぐらにつかみかかろうとしたが、逆手をとられて投げ飛ばされた。
「落ち着きなさい。
男爵閣下。これは千載一遇のチャンスですぞ。」
「な、なんと」
「ベルドット以下やつらの仲間を一網打尽にいたす絶好の機会だと申し上げている。
牧場ならば、ほかの民間人に被害を心配せずにいくらでも人数を用意出来る。」
「な、なるほど!」
「そうと決まれば使える兵をかき集めなされ。むろんローニャさんも連れていくのですぞ?」
いくら田舎町の冒険者ギルドとはいえ、依頼客に冒険者、なんとはなしの冷やかし、そして併設の酒場で昼間からいっぱい引っ掛けたい酔客と、人の出入りは多いはすだ。
にもかかわらず、全員がその男に注目した。
年代は20代の半ばか。身に武器は帯びていないようだった。
ただ、全身の筋肉が武器といえば武器なのだろう。鍛え上げた筋肉は、強靭でかつ、しなやかそうで、これが格闘家以外の人種であることは、あり得ない。
まあ、正確にはジウル・ボルテックは魔導師である。
今の彼は他人からそう見えるほど、イケイケでも自信たっぷりでもない。
むしろ、慣れしたんだ得体の知れない老魔導師と、なかなかハンサムな若き拳法家との間で、心が揺れ動くのを「面白くない」。と、そう思っている。
年甲斐もなく、若い愛人に溺れたりしていることなぞは、数ヶ月前の己からすれば噴飯ものだった。仮に若い魔導師がそのような行為をしていれば、枕元に異世界から召喚した食虫植物の鉢植えをプレゼントくらいはするだろう。
ぐるりと店内を見回した。
買い取りと受付のカウンターは一つだけ。
たむろしている冒険者は、うんと若いか逆にベテランで片付けるは歳を取りすぎているものばかりだった。
それが10名ばかり。
依頼ボードには、一枚の依頼も貼られていない。
「炭酸水はあるか?
それと、ここのギルマスに会いたいんだが」
「失礼ですが、どちらさまでなんの御用ですか?」
「ご覧の通りの武者修行中の武芸者だ。えらく強いギルマスがいると聞いて1手ご教授願おうと思ってな。」
道場破りのセリフだった。
顔を背ける受付の男にかわって、冒険者のひとりが立ち上がった。
「ギルマスはお忙しいんだ。どこの馬の骨か分からねえやつの相手してるヒマはねえんだよ。」
ルトやアキルたちと同年代か。
得物らしき槍は壁に立てかけたままだ。
つまりは駆け出しの素人だ。
「そうかね。ずいぶんとヒマそうに見えるが。」
このジルウの言葉に、全員が立ち上がった。
「こっちの事情も知らずに勝手なことを抜かしてくれるな。」
リーダー格は、戦斧を携えた壮年の戦士だった。
まだまだ肩や胸の筋肉の盛り上がりはたいしたものだったが、腹に肉が着きすぎている。
年齢と、あとは不摂生の賜物だろう。
「盗賊どもとつるんでるんだろ?
そりゃあ、依頼も来ないしギルドも寂れるだろうよ。」
ふざけるな。
男は戦斧をベルトから外した。
ほかの、冒険者も今度は得物に手をかけている。
ジウルは、内心でにんまり笑った。
昨日はドロシーとの訓練もその後の密やかな夜の鍛錬も省略してしまったので、少々気が昂っていた。
殺す気はないが。
痛い目にあってもらおう。
「やめろ!」
低いが重い声がして、全員が動きを止めた。
奥の扉から出てきた男は、なるほど元黄金級といわれても頷くだけの迫力があった。
がっしりした顎に顎髭をたくわえていて、ジウルはどことなく、クローディア公を思い出した。
「どこで聞いた噂かは知らんが、このところ周りを荒らし回っている賊どもとこのギルドはなんの関係もない。」
ジウルは値踏みするように相手を見た。
強い。確かに強い。
経済的に追い込まれてもなお、カレを慕う冒険者がこれだけいるのだから、兵で力押しすればたとえ討ち取れたとしても犠牲は限りない。
強いが。
昔はもっと強かったんだろうな。
「どうだかなあ。ここの代官の男爵さんとはだいぶ揉めてるようじゃないか?
娘さんから証言を聞いたぜ。
実の娘が、父親を恐れて代官のところに匿ってもらうなんざ、尋常じゃねえなあ。」
ジウルがずいっとギルマスに一歩近づいた。
殺到しようとする冒険者たちをとどめて、ギルマスの眼光がするどくなる。
「娘は何処にいる。」
「残念ながら、いまは男爵さまの御屋敷に大事に匿われている。
地下室の一番奥だ地下室への出入りは食料庫の隠し扉から入らねえといけねえからちょっとやそっとじゃ分かるまい。
お嬢さんの部屋の鍵も執事じゃねえと持ってないんだ。お前さんが娘になにか危害を加えようにも手も足も出ないってことさ。」
そう言ってジウルは、彼にだけ分かるよう片目をつぶった。
「娘の様子は?」
「これからもあっちこっちで、あんたの悪事を証言しちもわらなくちゃいけないんだ。大事に扱われていると思うせ。
ただ虫に噛まれた跡があったな。首すじにふたつ。
ああいうのは、夜中にうなされることが多いんだ。注意しねえと。」
「ああ」
ギルドマスター、ベルドットはわずかに俯いてこたえた。
「まったくその通りだ。」
「まあ、大事には至らねえだろ?
そこまで行く前に害虫のほうを退治しちまえばいい。
それで、あんたとの腕試しの件なんだが」
「ここで暴れて店を壊されても困る。」
ベルドットは、言う。
「2時後でどうだ?
場所は町外れにいまは使っていない墺景牧場ってのがあるからそこで。」
ジウルをすぐに追いかけろというダンカン男爵と、まあすこしばかり様子を見ようというご隠居との間で意見が対立して、そのまま時間が過ぎていく。
やがて、召使いのひとりがやってきて、執事になにやら耳打ちをした。
執事は顔を強ばらせて、アキルたちを向き直ると、
「ジウルはやつらの手に落ちたようた。返して欲しければ、ベルドットの娘と交換しろ、というのがやつらの要求だ。
日没にやつらのギルドがある町の牧場で待つ、だと。
なんだ、この不始末は!」
ご隠居の胸ぐらにつかみかかろうとしたが、逆手をとられて投げ飛ばされた。
「落ち着きなさい。
男爵閣下。これは千載一遇のチャンスですぞ。」
「な、なんと」
「ベルドット以下やつらの仲間を一網打尽にいたす絶好の機会だと申し上げている。
牧場ならば、ほかの民間人に被害を心配せずにいくらでも人数を用意出来る。」
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