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第4部 グランダ魔道学院対抗戦

第85話 勝負にすらならない!

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わたし、夏ノ目秋流は、異世界人だ。
わたしの認識の中では、闘技場で組み立てられているそれはキッチンセットに似ている、
かまど、ではなくてコンロに近い加熱のための装置。野菜やお肉を切る台、洗うためのシンク。
手前に置かれたテーブルは、盛り付けのためのスペースみたいだ。

開始直前に駆け込んできたラウレスくんはボロボロだ。
着てるものばかりではなくって、本当に背中に大きなミミズ腫れみたいな傷がある。
遠目でも疲れ果てて、単に疲労だけではない顔色の悪さだ。

でもそのままにいろいろとキッチンに注文をつけている。
その指示に従って、シンクとテーブルを中心に鉄板焼きみたいなカウンター席が設られていく。
っていうか、これ、鉄板焼き屋さんじゃない?

一体何が始まるのか。
まるで、古竜と竜人が、お料理で対決するみたいな。

ルトくんの声が会場に響いた。

「第三試合は、お料理対決です!」

マジかっ!



タイミング的には、ちょうどよかったのかもしれない。
午前中からはじまったこの日の試合は、前座の(前座!?)の魔道院の生徒によるデモンストレーションを消化し、午後に差し掛かっていた。
お弁当を持参のお客さん以外は、そろそろお腹も空いてくるころ。

希望者には、二人の料理を振る舞いその得点で、勝敗を決める、とルトが試合形式を発表すると場内は俄然、盛り上がる。
でも希望者が何百人も出たら?
とわたしは、ちょっと心配になったが、それは少なくともすぐに解消された。

運び込まれたお肉や野菜は、トラックじゃないと運べないほど。
ラウレスくんは片手に包丁、片手の爪を駆使し、見る間に食材を切り分けていく。
人間のコックさんには失礼ながら、その速度と正確さはもはや超人・・・・いや竜だから、超人をも超えてるのか。

「ラウレスの料理は、準備からがすでに見る美食です。お楽しみください。」
ルトくんの声が、会場内に響き渡る。
わたしは最初、単純にマイクだと思っていたが、考えたら、異世界にそんなものがあるわけはなく、声を増幅する魔法があるそうだ。

ラウレスくんの調理は、確かにわたしがみたことのある鉄板焼きのパフォーマンスに似ていた。
叩きつけた包丁で、分断された肉の固まりを、爪が一閃。
綺麗にカットされたお肉になって、鉄板の上へ。

鉄板をどうやって熱しているのか。
これも魔法でできるのだが、ラウレスくんは全部、自分でやっている。
単に、自分の周りを取り囲む鉄板を熱しているわけではない。それぞれの素材に合わせて温度を調整しているみたいだ。

周りをささっと炙ったお肉は、やや低音の部分に移動し、肉汁を閉じ込めて中はじんわり桜色になるまで。

お客さんたちはお皿を持って、そのパフォーマンスを口を開けて眺めている。
わたしもその中の一人に加わっていた。

ラウレスの左手が一閃。

鉄板の上で、食欲をそそるようなジュウジュウと音を立てていたお肉が、空を飛んで、わたしのお皿の上に。
待っていたお客さんは、二十人はいただろう。その全員のお皿の上に寸分の狂いなく。

そして、ラウレスは、こちらに背中を向けている。

続いて根菜類が降り注ぐ。
これも、お皿につもってほくほくと湯気をたてている。

ひゅん。と音がして、ラウレスのもつヘラが動いた。勇者であるわたしにも見切れない超高速。まあ、わたしはそう邪神から言われだけのインチキ勇者でしかないのだが。

わたしのお皿に新たなお肉の1片が。
今度は、焼いたチキンをゼラチンのソースで固めたものだ。
うむ! 美味だ! 美味であるぞ!
焼いたばかりの鶏肉をどうやって冷やしたのかは魔法なんだろう。

周りを見ると、最初のステーキを食べ終わったお客のお皿に、次の、1品が投げ込まれている。
見たところ、みんなそれぞれ内容が違うのだ。
わたしが冷製のチキンが好物なのは、知っていたとして、ほかのものはどうやっているのだろう。
ひとりのお客などは「こ、これはわしの故郷の味じゃあ、」とか言って感極まって泣き出していたが、凄すぎるぞ、ラウレスくん。

これを百人を越えるお客さんに、遅延なく続けているのだ。

一抱えもある野菜類。今度は葉物が多かったが、それを天井高く投げあげた。

おちてくる野菜を。
包丁が千切りにしていく。空いた方の手で、

あれは、お米だろうか?
すると、これは!チャーハンっ!!

周りの全ての鉄板でチャーハンが作られていく!
野菜に加えて、お肉や根菜の残りが惜しげも無く投入されていく!



対する。

ラスティは焼き菓子を、作っていた、らしい。
らしい、というのは、出来上がったものは、ほとんど炭化した固まりだったからだ。

一応、礼儀としてみな一口は食べたのだが。

「竜人の焼き菓子は1口に限る」

これは、のにに、高貴な相手に口に合わない料理をすすめられたときに、暗に「まずい」を告げる場合の慣用句となった。
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