水晶鏡の破片たち ある婚約破棄の裏側で

此寺 美津己

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ヨウィスのこと

同棲生活って言っていいのかよくらからない

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いろいろなことが決まっていく。
終わってから、ああ、これがこの王子の狙いだったのかと初めて気がつく。

「最強」のパーティは、メンバーに勇者自身を含むヨウィスたち「愚者の盾」でも、第6層から、賢者ウィルニアの創造物を持ち帰るという大功績をあげたドルバーザとエルマートの「緋色」でもなく。

ハルトのパーティに決まった。

大っぴらには口に出来ない。わかるものだけがわかる。

「魔王」に「神獣」、「真祖」に「神竜」のパーティだ。魔王宮の攻略どころではない。魔王宮そのもののパーティだ。

ハルトはそのように絶対の優位を確保したうえで、王位の継承をエルマートに譲った。
王位継承権すら放棄して、気楽なものである。
落ち着き次第、自分のパーティと一緒に西域に行くのだという。

フィオリナは、ギルド「不死鳥の冠」の引き継ぎがあるので、後から追うことになるのだろう。
そして。
いつか自分も。とヨウィスは思うのだ。

だが、現実問題として、目の前には、リヨンがいる。
主人であるクローディア公爵を誘惑し、ハルト王子を暗殺仕掛けた極悪人だ。
悪名高き西域の銀級冒険者「蝕乱天使」の一員。
体に書き込まれた紋章によって、異能を振るう少女。

その蝕乱天使のリーダーである「神下ろし」クリュークによって軍神の顕在化に受肉の媒体として使われた。

その体全てが、使われる前に、切断された首と肩の一部。
それだけで、リヨンは生きている。

首筋で明滅する「絵師」ニコルの紋章がその命を繋いでいるのだ。恐るべきことに、意識すらある。声は出せないが、笑う。
瞬きする。

喋るとくそ憎らしいリヨンだったが、そうしているとなんとなく可愛らしく見えてくるのが不思議だった。

どうしたものか、蝕乱のメンバーであるマヌカをつかまえてみたものの、リーダーのクリューク自身がひどい状態で、正直なところ、マヌカにとって、リヨンはもうどうでもいい存在だった。

ならば、ニコルはどうか。

ニコルは、リヨンを見て、黙り込んでしまった。
だが、少なくとも心配しているのはわかった。そして、受肉にリヨンの体を使ったクリュークに対する感情も。

「ぼくにできることはもう、ない。」

リヨンの体をじっくりと観た後で、ニコルは、焦燥し切った顔でそう言った。

「回復はすると思う。だが、無理に加速しようとすれば全てが砕ける。」

そう言ってニコルは頭を下げた。しばらく面倒を見てやってほしい。


困ったものの、捨てるわけにもいかず、ヨウィスはリヨンを抱いて、魔道院の寮に戻った。
ここでの生活は、もう10年にもなる。
優秀な学生であり、冒険者として収入も得ているヨウィスは、寝室とリビングが別になったちょっと広めの部屋に住んでいた。

料理が趣味で、食材集めも好きな彼女であるが、なにしろ『収納』の上限すら確かめたことの無いヨウィスには「整理整頓」は無縁の言葉だった。


ザザリの迷宮にいたのは、それほど長い時間ではない。
だが改めて、自室のお気に入りの椅子に腰掛けてみるとなにもかもが変わってしまったのに気がついた。

密かに、あるいは公然と憧れていたハルトとフィオリナの間を阻むものはなにもなくなった。
そうなると、ヨウィスの妄想のタネがなくなってしまったようで寂しい気さえする。

普通になんの妨害もなく、結婚してめでたしめでたし、では妄想の入り込む余地がないのだ。
せめて、美貌の小姓をはさんでどろどろとした愛のもつれを演じて欲しいのだが、呆れたことに、駆け出し冒険者のルト自身が、認識阻害魔法で別人に成りすましただけの、ハルトだという。

ヨウィスは、むうっとうなって、足をバタバタさせたみたが、なにがどうなるものでもない。

なにか、ないのか。
その。
アクシデント的な、なにか。

聖帝国が無理難題を押し付けるために、竜人の精鋭部隊を、送り込んでくるとか。

悶々としているうちに、ときがだいぶ過ぎていた。
作り置きのサンドイッチを『収納』から取り出して、もぐもぐした。 

お腹いっぱいになったところで、ようやくヨウィスは思い出したのだ。
仕方なく、リヨンを連れ帰っていることを。
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