水晶鏡の破片たち ある婚約破棄の裏側で

此寺 美津己

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ヨウィスのこと

初めての恋・・・・え?

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繭の中に、ヨウィスはいる。

外は、魔族たちと「『愚者の盾』それにハルトが連れてきたパーティが、死闘を繰り広げている。

闇森の魔女ザザリ。

受肉した軍神。

斧神の化身と謳われるアウデリア。

勇者クロノ。

もはや、神話の世界に近い。
彼らの通じる技がないわけではないヨウィスではあったが、防御力、回復力、生命力が違いすぎる。
流れた力が掠めただけで、十分、死ねるだろう。

なので、ヨウィスは、戦闘力を完全に失ったもうひとりと共に後方待機を命じられた。
彼女は、鋼糸で繭玉を作り上げて、その中に閉じこもった。

そのもう一人は、彼女の腕の中にいる。

軍神の受肉に使われた少女。
名をリヨンという。

受肉途中で、切断された肉体は、頭部と肩の一部しかない。
それでも、首筋の印が明滅を続けている。
彼女を生かそうと、活動し続ける「凶絵師」ニコルの紋章だった。

「受肉」というのは、別にその体の持つタンパク質を別の形に置き換えてそこに精神を移植する、というものではない。
その生命体の持つ、生命の根源をそっくり奪って、己がものとなし、肉体を持ってこの世に顕在する。

ならば受肉に使われた生き物の、体の断片を救ってもそれが救い、となるのだろうか。

ヨウィスの細い腕の中の、物体はただの塊であって、本当にここからあのリヨンに戻るのだろうか。
そう思うと、「それ」を大事に抱きしめているのも気味が悪くなり、手の力が緩んだらしい。

腕の中の「それ」がぱっちりと目を開けた。

声を出そうとするが、胸郭部分をほとんど失っている状態では、普通に発声などできるはずがない。

パクパクと口を開けるだけだったが、意図するところは汲み取って、ヨウィスはリヨンを抱き抱え直した。

リヨンはヨウィスと目を合わせると満足げに笑った。

リヨンは、少なくともまだリヨンだった。

巨大な岩塊が飛んでくる。ヨウィスは体のコントロールを「ぼく」に任せた。
魔力を通した鋼糸は、岩を砂塵にまで分解した。

「わたし」はリヨンのことを嫌ってたはずだが。
「ぼく」は面白いと思った。

腕の中のリヨンが身悶えする。
首と肩の一部だけでは大した動きはできなかったが。
それでも「ぼく」が「わたし」でないことは、わかったのだろう。

確かに意識はリヨンのものが、しっかりと残っているようだった。
しかも混濁すらしていない。

意識がはっきりしていて、体の大半がないというのはどんな気持ちなのだろう。

「ぼく」のヨウィスは、同情したが、「わたし」はそう思わない。
この女は、こともあろうにクローディア公爵を誘惑したのだ。
ハルトを暗殺しようとしたのだ。

この女は敵。

一方、「ぼく」は、確かにクローディア公爵もハルト王子も好きな人物だった。
積極的に切り刻みたいとは思わないし、彼らの指示に従うことにやぶさかではない。

でも「わたし」と違いって、主従の意識はあまりないのだ。目の前で刃が振るわれればそれは、躊躇わず、リヨンを排除に動くだろうし、
でも誘惑はどうなのだろう。

見て見ぬふりを、むしろするべきではないのだろうか。

誘いに応じるかどうかは、公爵の意志なのだから。

「ぼく」はこのリヨンという少女を好んでいる。

「前にも言ったが、ぼくはおまえのことを嫌ってはいない。」

リヨンの顔を除きこむ。小さめの口元。
わかってるよ!と言うようにリヨンは笑ってみせた。

ふむ。可愛いじゃないか。

そのまま、唇と唇を合わせた。

ぎゃあああああああっ

という悲鳴は、「わたし」のものだった。
実際には、体は「ぼく」がコントロールしていたので、聞こえたのは「ぼく」だけだった。

いっさい、無視して、時間をかけて舌を絡めて、お互いの唾液を交換した。
離した時にリヨンの顔が、紅潮していた。

どうする!どうする!どうするの!これっ!

うるさいなあ。

「ぼく」はまた、飛んできた岩を切り裂きながら思った。

ほかにできることもないこの時間を過ごすには、ちょうどいい時間つぶしだろう。

体はないんだから、それ以上のこともできないんだから、ほっといてくれ。

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