8 / 13
ヨウィスのこと
ぼくとわたしと
しおりを挟む
平和な昼下がりである。
目の前には、この店の名物の小皿料理が色とりどりに並び、グラスの酒は西域の銘酒。
コハクの液体はゆったりと切子のグラスの中で揺れている。
もちろん、値段だっていい。
お代を払ってくれる相手は、ぼくの前に座っている。
まつげの長い、キスでもせがみたくなるような口唇の女性で、同じギルドに属する冒険者。
パーティ『業火』のリーダーで、ザレ=クリスワードという。
ぼくは、意外にこれでもけっこう社交的なのだ。
彼女がぼくを好きなのは知っている。
なんどもこうやって二人きりで食事をしている。
ザレがそのあと二人きりの秘事の場所まで必ずセッティングしてるのもわかっている。
わたしがフリ続けているだけだ。
「ヨウィス。あの噂、きいたか?」
ザレは、世の男性が淫夢の中で見るようなとびきりの美女だ。
胸も豊かだし、髪もたっぷりとしている。高級貴族どもに受けのいい栗色の巻き毛だ。
だが、仕事が仕事だけに口調は、きびきびしている。
ぼくはそんなところも魅力的だと思うのだ。
「ん?」
と、わたしは答えた。
正直、ザレの体より、目の前の料理のレシピが気になる。
白身魚をゼリーであえている。たっぷりの出汁は貝だろうけど、この香料はなんだろう。
「姫様がハルト殿下に振られたって話だ。」
香料なんかどうでもよくなった。
「ど、ゆう、こと?」
「睨むな!!
私もついさっき、ゾアから『誰にも言うな』と念を押されて、はじめてきいた話だ。
だから、これは誰にも言うなよ!」
「ん」
わたしは力強く頷いた。
「誰にも言わない。」
「王立学院の鶺鴒祭で、ハルトが『婚約破棄』をやったらしい。」
「婚約・・・廃棄??」
「いや、芝居とか小説とかでもあるだろう? 意地悪で高慢な公爵令嬢が、真実の愛にめざめた王子に、みんなの目の前でフラれる、あれだ、よ。」
思わず、ぼくは笑ってしまった。
「いや、だってハルトがぁ? そんなばかみたいなことするわけないよ。」
ザレはギクッとしたように、ぼくを見た。
ザレは、ぼくに慣れてるはずなのに、これだ。
まったく人の噂というものは恐ろしい。
わたしは、ザレを睨んだ。
「姫はどうしたの?」
「受け入れた。真実の愛がどうたらこうたら、カバンを隠したの、教科書を破ったの、テンプレ通りの糾弾もあったが後半ぐだぐだだったらしい。
止めにはいった辺境伯やら宰相やらの息子どもは、全員返り討ちだ。」
わたしの頭の中は極彩色の絵がくるくると回っている。
妄想のなかの姫とハルトはいつだって、きれいだ。
わたしの登場する場所なんてどこにもないほど完璧にきれいだ。
あのふたりは、別格。あのふたりにしかたどりつけない世界へ。そう人間の生きているこんな俗世などすべて燃やし尽くして。
「ヨウィス!ヨウィス、しっかりしろ。大丈夫か?
顔が真っ青だ・・・・いや、おまえが姫と殿下のファンなのはわかるが・・・
汗が」
額の汗を拭おうとして、のばしたザラの指をわたしはハネた。
ほんとに切ったわけではない。指先にちょっぴり傷を作っただけだ。
「お触りは禁止。」
わたしは言った。ザレは、おとなしくおすわりをした。
まさに、忠犬だな。
ぼくは密かにザレに感心した。
愛する相手にここまで献身してくれるパートナーなんてそうそう見つかるものでもない。
稼ぎもいいし、大司教の免許も持ってて社会的な地位も高い。
永続的なパートナーになるのは、ひとまずおいて、体をまかせるくらいいいんじゃないのか?
むこうもこっちも女性ではあるが。
「わたしも気になる噂をきいてる。」
そういうと、ザレは顔を近づけてきた。キスでもされるような至近距離ではあるが、これは内緒話のためだと割り切って、彼女の顔を割り切るのはやめにしておいた。
わたしは、とっても常識豊かで温厚な性格なのだ。
どこが、とぼくは思った。
「ハルトがいよいよ王太子をクビになるらしい。」
「・・・ま、さか。」
「正確には、改めてエルマートと、王太子の地位をかけて『パーティ育成』競争をすることになった。
この情報は魔道院がらみ。
ちょっと出どころがやばいから、絶対ひとには話すなと言われている。だからザレもこれは秘密にしてほしい。」
「ヨウィスへの愛に誓って」
ザレは豊かな胸に拳を押し当てて、誓ってくれた。
「しかし・・・王室筋は正気か?
もともと王立学院を首席で卒業することを条件に立太子式や姫との婚約式を延ばしてきたんだろう?
ハルト殿下の首席卒業が決まった途端に、それじゃあ、姫が切れる。」
ザレも想像がついたのか、顔色が悪くなってきた。
「いや、それ以前に、親父殿が黙ってはいないぞ。下手をすればグランダ対クローディアの戦がはじまる・・・・」
ザレは、ぽかんと口をあけた。
「・・・・あ、もう婚約は破棄されてるんだっけ。」
「ハルトがそこまで考えたんだとしたら。」
ぼくが笑うたびに、ザレが怯えるのが気に入らない。
わたしの仏頂面のぼうが好きなのかよ、こいつ。
「いや、ハルトはそう考えるやつだ。」
わたしは、立ち上がった。
皿の料理を糸をつかって一切合切「収納」する。
「どこにいくんだ、ヨウィス!」
「『不死鳥の冠』で親父殿か、姫を捕まえる。」
「ならいっしょに・・・・」
「やめとけ、ザレ。」
ぼくは、にっこりと微笑んだ。
「わたしの糸は今、血に飢えている。」
目の前には、この店の名物の小皿料理が色とりどりに並び、グラスの酒は西域の銘酒。
コハクの液体はゆったりと切子のグラスの中で揺れている。
もちろん、値段だっていい。
お代を払ってくれる相手は、ぼくの前に座っている。
まつげの長い、キスでもせがみたくなるような口唇の女性で、同じギルドに属する冒険者。
パーティ『業火』のリーダーで、ザレ=クリスワードという。
ぼくは、意外にこれでもけっこう社交的なのだ。
彼女がぼくを好きなのは知っている。
なんどもこうやって二人きりで食事をしている。
ザレがそのあと二人きりの秘事の場所まで必ずセッティングしてるのもわかっている。
わたしがフリ続けているだけだ。
「ヨウィス。あの噂、きいたか?」
ザレは、世の男性が淫夢の中で見るようなとびきりの美女だ。
胸も豊かだし、髪もたっぷりとしている。高級貴族どもに受けのいい栗色の巻き毛だ。
だが、仕事が仕事だけに口調は、きびきびしている。
ぼくはそんなところも魅力的だと思うのだ。
「ん?」
と、わたしは答えた。
正直、ザレの体より、目の前の料理のレシピが気になる。
白身魚をゼリーであえている。たっぷりの出汁は貝だろうけど、この香料はなんだろう。
「姫様がハルト殿下に振られたって話だ。」
香料なんかどうでもよくなった。
「ど、ゆう、こと?」
「睨むな!!
私もついさっき、ゾアから『誰にも言うな』と念を押されて、はじめてきいた話だ。
だから、これは誰にも言うなよ!」
「ん」
わたしは力強く頷いた。
「誰にも言わない。」
「王立学院の鶺鴒祭で、ハルトが『婚約破棄』をやったらしい。」
「婚約・・・廃棄??」
「いや、芝居とか小説とかでもあるだろう? 意地悪で高慢な公爵令嬢が、真実の愛にめざめた王子に、みんなの目の前でフラれる、あれだ、よ。」
思わず、ぼくは笑ってしまった。
「いや、だってハルトがぁ? そんなばかみたいなことするわけないよ。」
ザレはギクッとしたように、ぼくを見た。
ザレは、ぼくに慣れてるはずなのに、これだ。
まったく人の噂というものは恐ろしい。
わたしは、ザレを睨んだ。
「姫はどうしたの?」
「受け入れた。真実の愛がどうたらこうたら、カバンを隠したの、教科書を破ったの、テンプレ通りの糾弾もあったが後半ぐだぐだだったらしい。
止めにはいった辺境伯やら宰相やらの息子どもは、全員返り討ちだ。」
わたしの頭の中は極彩色の絵がくるくると回っている。
妄想のなかの姫とハルトはいつだって、きれいだ。
わたしの登場する場所なんてどこにもないほど完璧にきれいだ。
あのふたりは、別格。あのふたりにしかたどりつけない世界へ。そう人間の生きているこんな俗世などすべて燃やし尽くして。
「ヨウィス!ヨウィス、しっかりしろ。大丈夫か?
顔が真っ青だ・・・・いや、おまえが姫と殿下のファンなのはわかるが・・・
汗が」
額の汗を拭おうとして、のばしたザラの指をわたしはハネた。
ほんとに切ったわけではない。指先にちょっぴり傷を作っただけだ。
「お触りは禁止。」
わたしは言った。ザレは、おとなしくおすわりをした。
まさに、忠犬だな。
ぼくは密かにザレに感心した。
愛する相手にここまで献身してくれるパートナーなんてそうそう見つかるものでもない。
稼ぎもいいし、大司教の免許も持ってて社会的な地位も高い。
永続的なパートナーになるのは、ひとまずおいて、体をまかせるくらいいいんじゃないのか?
むこうもこっちも女性ではあるが。
「わたしも気になる噂をきいてる。」
そういうと、ザレは顔を近づけてきた。キスでもされるような至近距離ではあるが、これは内緒話のためだと割り切って、彼女の顔を割り切るのはやめにしておいた。
わたしは、とっても常識豊かで温厚な性格なのだ。
どこが、とぼくは思った。
「ハルトがいよいよ王太子をクビになるらしい。」
「・・・ま、さか。」
「正確には、改めてエルマートと、王太子の地位をかけて『パーティ育成』競争をすることになった。
この情報は魔道院がらみ。
ちょっと出どころがやばいから、絶対ひとには話すなと言われている。だからザレもこれは秘密にしてほしい。」
「ヨウィスへの愛に誓って」
ザレは豊かな胸に拳を押し当てて、誓ってくれた。
「しかし・・・王室筋は正気か?
もともと王立学院を首席で卒業することを条件に立太子式や姫との婚約式を延ばしてきたんだろう?
ハルト殿下の首席卒業が決まった途端に、それじゃあ、姫が切れる。」
ザレも想像がついたのか、顔色が悪くなってきた。
「いや、それ以前に、親父殿が黙ってはいないぞ。下手をすればグランダ対クローディアの戦がはじまる・・・・」
ザレは、ぽかんと口をあけた。
「・・・・あ、もう婚約は破棄されてるんだっけ。」
「ハルトがそこまで考えたんだとしたら。」
ぼくが笑うたびに、ザレが怯えるのが気に入らない。
わたしの仏頂面のぼうが好きなのかよ、こいつ。
「いや、ハルトはそう考えるやつだ。」
わたしは、立ち上がった。
皿の料理を糸をつかって一切合切「収納」する。
「どこにいくんだ、ヨウィス!」
「『不死鳥の冠』で親父殿か、姫を捕まえる。」
「ならいっしょに・・・・」
「やめとけ、ザレ。」
ぼくは、にっこりと微笑んだ。
「わたしの糸は今、血に飢えている。」
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる