水晶鏡の破片たち ある婚約破棄の裏側で

此寺 美津己

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ギルドの少女

すべてが変わった夏の日

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ミュラ=エノーラの人生が変わったのは、彼女が14の夏。
ミュラは当時、王立学院の優等生で、長く伸ばした栗色の巻毛が自慢で、常に仲間を引き連れて、学院内を闊歩していた。

学院の王妃。

そんな風に揶揄する声もあったが、実際に高慢なまでに勝気すぎるその振る舞い、美貌、そしてあらゆる教科における成績の優秀さは、その呼び名に相応しかった。

初等部から、一人の少女が入学してくるまでは。

フィオリナ=クローディア。

クローディア公爵領は、もともとが百年ばかり前までは、クローディア公国という別の国。
当代の公爵は、北の護りの要として、あるいは、卓越した武人として敬意は集めてはいるものの、所詮は辺境の田舎者。
フィオリナにしても初等部に入学までは、野山を駆け回って育ったのだという。

興味本位で、その姿を見に行ったミュラは「稲妻にうたれた」。
なんどか、取り巻きを使って、彼女の主催するお茶会に招待しようとして断られ、ミュラは生まれて初めてのラブレターをしたため、フィオリナを第二校舎裏に呼び出したのだ。

そんなものを書いたのは初めてだったし、相手が下級生の女子になることも想定外であった。
だから、それはラブレターではなく、読み手によっては決闘状にもとられたかもしれない。

意味の通らない問答を交わしたあと、ミュラは、なぜか(模擬刀ではあったが)剣をフィオリナにつきつけ、つぎの瞬間、地面に叩き伏せられていた。

精神的にはすでに、フィオリナの虜になっていたミュラだったが、このときから肉体的にもそうなったらしい。

お詫びにお茶をご馳走したいんだけど。

こんな呼び掛けには、フィオリナは応じ、それからはたびたびお茶をする仲にはなったのだ。
もっとも当時、すでに王太子妃になることが、決まっていたフィオリナは、課外にもいろいろと講習を受けさせられていたし、それがない日も、放課後はぶらりと出かけてしまうことが多かったので、頻度はそれほど、高くはなかったが。

「フィオリナはどんなタイプの子が好み?」

はっきり、交際をしているわけではなかったが。
ある日のミュラの問いかけに、フィオリナはちょっと考えたてから、足の綺麗な子かな、と答えた。続いてこうも言ってくれた。
ミュラの足もきれいだな。

その一言で舞い上がったミュラは、即日、スカートの丈をつめて、長い足を見せつけるように、放課後、フィオリナのもとに馳せ参じた。

フィオリナは、婚約者である王太子と何やら話をしていた。
東の森の迷宮が、とか階層主の首が切っても切ってもまた生えてくる、とか意味不明なぶっそうな内容だったが、無視して、「どう?」とだけ尋ねた。

「校則違反になりますよ、ミュラ先輩」

と王子が口をはさんだが、ミュラは無視した。政略結婚の相手なんか出る幕ではない。わたしとフィオリナの愛はもっともっとはるかに気高くて崇高なものなんだ!

「活動的な感じで似合ってると思う。」

フィオリナは淡々と言った。
ミュラが自分に好意をもっていること、それが単なる友愛ではない方向に行きかけていることを、承知のうえで淡々と言った。
こういうところは、さすがにフィオリナはお姫さま育ち、なのだろう。

他者が自分をどう思っているかが分かった上で、それを平気で利用できる。
あるいは、無視できる。

「髪は短いほうが、似合うかな。」

そう言ったフィオリナ自身は髪を伸ばしてはいるがこれは、来るべき婚約式の準備であって、彼女自身は動きにくくなるほど、髪を伸ばすのはいやなほうだった。

速攻で、ミュラは自慢の巻毛を肩口あたりでばっさりやった。

ミュラは、フィオリナといる時以外は、相変わらず取り巻きを引き連れていたが、取り巻き連中までが、ミュラを真似て、髪を短くし、女生徒は太腿がチラつくような短いスカートを履き始めたので、学院側はしかるべき対処を迫られることになった。

初等部はともかく、中等部ともなれば、アクセサリーをつけたり、制服を独自にアレンジして着こなしたりするのはあたりまえの光景であったし、実際に在学中も、そして卒業後も着飾る機会の多い階層に属する生徒たちだ。

少しばかりの服装の乱れで、指導などはいちいちしていない。

マナーの講師はもちろん、授業中以外でも目は光らせていたが、その指導は、たとえば、婚礼用以外では身につけてはいけない輝石を、普段使いのアクセサリーに使ってはいけないとか、一人対集団ではそもそも決闘にはならないとか、そんなもっとはるかに実践的なことに集中していたのである。

それにしても、グランダは北国であった。
肌をやたらに露出するのは、嫌われたし、そもそも足を晒すのには寒すぎる季節が年の大半を占める。

かえって、気候がはるかに温暖な西方領域では、足先から腰までを覆える肌にピッタリとした防寒用の肌着が流通し始めていたのだがそれにしても、グランダは田舎、であった。

この問題は、結局、ミュラの一派が卒業するまで講師陣のあたまを悩ませることになったのである。
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