5 / 13
ギルドの少女
すべてが変わった夏の日
しおりを挟む
ミュラ=エノーラの人生が変わったのは、彼女が14の夏。
ミュラは当時、王立学院の優等生で、長く伸ばした栗色の巻毛が自慢で、常に仲間を引き連れて、学院内を闊歩していた。
学院の王妃。
そんな風に揶揄する声もあったが、実際に高慢なまでに勝気すぎるその振る舞い、美貌、そしてあらゆる教科における成績の優秀さは、その呼び名に相応しかった。
初等部から、一人の少女が入学してくるまでは。
フィオリナ=クローディア。
クローディア公爵領は、もともとが百年ばかり前までは、クローディア公国という別の国。
当代の公爵は、北の護りの要として、あるいは、卓越した武人として敬意は集めてはいるものの、所詮は辺境の田舎者。
フィオリナにしても初等部に入学までは、野山を駆け回って育ったのだという。
興味本位で、その姿を見に行ったミュラは「稲妻にうたれた」。
なんどか、取り巻きを使って、彼女の主催するお茶会に招待しようとして断られ、ミュラは生まれて初めてのラブレターをしたため、フィオリナを第二校舎裏に呼び出したのだ。
そんなものを書いたのは初めてだったし、相手が下級生の女子になることも想定外であった。
だから、それはラブレターではなく、読み手によっては決闘状にもとられたかもしれない。
意味の通らない問答を交わしたあと、ミュラは、なぜか(模擬刀ではあったが)剣をフィオリナにつきつけ、つぎの瞬間、地面に叩き伏せられていた。
精神的にはすでに、フィオリナの虜になっていたミュラだったが、このときから肉体的にもそうなったらしい。
お詫びにお茶をご馳走したいんだけど。
こんな呼び掛けには、フィオリナは応じ、それからはたびたびお茶をする仲にはなったのだ。
もっとも当時、すでに王太子妃になることが、決まっていたフィオリナは、課外にもいろいろと講習を受けさせられていたし、それがない日も、放課後はぶらりと出かけてしまうことが多かったので、頻度はそれほど、高くはなかったが。
「フィオリナはどんなタイプの子が好み?」
はっきり、交際をしているわけではなかったが。
ある日のミュラの問いかけに、フィオリナはちょっと考えたてから、足の綺麗な子かな、と答えた。続いてこうも言ってくれた。
ミュラの足もきれいだな。
その一言で舞い上がったミュラは、即日、スカートの丈をつめて、長い足を見せつけるように、放課後、フィオリナのもとに馳せ参じた。
フィオリナは、婚約者である王太子と何やら話をしていた。
東の森の迷宮が、とか階層主の首が切っても切ってもまた生えてくる、とか意味不明なぶっそうな内容だったが、無視して、「どう?」とだけ尋ねた。
「校則違反になりますよ、ミュラ先輩」
と王子が口をはさんだが、ミュラは無視した。政略結婚の相手なんか出る幕ではない。わたしとフィオリナの愛はもっともっとはるかに気高くて崇高なものなんだ!
「活動的な感じで似合ってると思う。」
フィオリナは淡々と言った。
ミュラが自分に好意をもっていること、それが単なる友愛ではない方向に行きかけていることを、承知のうえで淡々と言った。
こういうところは、さすがにフィオリナはお姫さま育ち、なのだろう。
他者が自分をどう思っているかが分かった上で、それを平気で利用できる。
あるいは、無視できる。
「髪は短いほうが、似合うかな。」
そう言ったフィオリナ自身は髪を伸ばしてはいるがこれは、来るべき婚約式の準備であって、彼女自身は動きにくくなるほど、髪を伸ばすのはいやなほうだった。
速攻で、ミュラは自慢の巻毛を肩口あたりでばっさりやった。
ミュラは、フィオリナといる時以外は、相変わらず取り巻きを引き連れていたが、取り巻き連中までが、ミュラを真似て、髪を短くし、女生徒は太腿がチラつくような短いスカートを履き始めたので、学院側はしかるべき対処を迫られることになった。
初等部はともかく、中等部ともなれば、アクセサリーをつけたり、制服を独自にアレンジして着こなしたりするのはあたりまえの光景であったし、実際に在学中も、そして卒業後も着飾る機会の多い階層に属する生徒たちだ。
少しばかりの服装の乱れで、指導などはいちいちしていない。
マナーの講師はもちろん、授業中以外でも目は光らせていたが、その指導は、たとえば、婚礼用以外では身につけてはいけない輝石を、普段使いのアクセサリーに使ってはいけないとか、一人対集団ではそもそも決闘にはならないとか、そんなもっとはるかに実践的なことに集中していたのである。
それにしても、グランダは北国であった。
肌をやたらに露出するのは、嫌われたし、そもそも足を晒すのには寒すぎる季節が年の大半を占める。
かえって、気候がはるかに温暖な西方領域では、足先から腰までを覆える肌にピッタリとした防寒用の肌着が流通し始めていたのだがそれにしても、グランダは田舎、であった。
この問題は、結局、ミュラの一派が卒業するまで講師陣のあたまを悩ませることになったのである。
ミュラは当時、王立学院の優等生で、長く伸ばした栗色の巻毛が自慢で、常に仲間を引き連れて、学院内を闊歩していた。
学院の王妃。
そんな風に揶揄する声もあったが、実際に高慢なまでに勝気すぎるその振る舞い、美貌、そしてあらゆる教科における成績の優秀さは、その呼び名に相応しかった。
初等部から、一人の少女が入学してくるまでは。
フィオリナ=クローディア。
クローディア公爵領は、もともとが百年ばかり前までは、クローディア公国という別の国。
当代の公爵は、北の護りの要として、あるいは、卓越した武人として敬意は集めてはいるものの、所詮は辺境の田舎者。
フィオリナにしても初等部に入学までは、野山を駆け回って育ったのだという。
興味本位で、その姿を見に行ったミュラは「稲妻にうたれた」。
なんどか、取り巻きを使って、彼女の主催するお茶会に招待しようとして断られ、ミュラは生まれて初めてのラブレターをしたため、フィオリナを第二校舎裏に呼び出したのだ。
そんなものを書いたのは初めてだったし、相手が下級生の女子になることも想定外であった。
だから、それはラブレターではなく、読み手によっては決闘状にもとられたかもしれない。
意味の通らない問答を交わしたあと、ミュラは、なぜか(模擬刀ではあったが)剣をフィオリナにつきつけ、つぎの瞬間、地面に叩き伏せられていた。
精神的にはすでに、フィオリナの虜になっていたミュラだったが、このときから肉体的にもそうなったらしい。
お詫びにお茶をご馳走したいんだけど。
こんな呼び掛けには、フィオリナは応じ、それからはたびたびお茶をする仲にはなったのだ。
もっとも当時、すでに王太子妃になることが、決まっていたフィオリナは、課外にもいろいろと講習を受けさせられていたし、それがない日も、放課後はぶらりと出かけてしまうことが多かったので、頻度はそれほど、高くはなかったが。
「フィオリナはどんなタイプの子が好み?」
はっきり、交際をしているわけではなかったが。
ある日のミュラの問いかけに、フィオリナはちょっと考えたてから、足の綺麗な子かな、と答えた。続いてこうも言ってくれた。
ミュラの足もきれいだな。
その一言で舞い上がったミュラは、即日、スカートの丈をつめて、長い足を見せつけるように、放課後、フィオリナのもとに馳せ参じた。
フィオリナは、婚約者である王太子と何やら話をしていた。
東の森の迷宮が、とか階層主の首が切っても切ってもまた生えてくる、とか意味不明なぶっそうな内容だったが、無視して、「どう?」とだけ尋ねた。
「校則違反になりますよ、ミュラ先輩」
と王子が口をはさんだが、ミュラは無視した。政略結婚の相手なんか出る幕ではない。わたしとフィオリナの愛はもっともっとはるかに気高くて崇高なものなんだ!
「活動的な感じで似合ってると思う。」
フィオリナは淡々と言った。
ミュラが自分に好意をもっていること、それが単なる友愛ではない方向に行きかけていることを、承知のうえで淡々と言った。
こういうところは、さすがにフィオリナはお姫さま育ち、なのだろう。
他者が自分をどう思っているかが分かった上で、それを平気で利用できる。
あるいは、無視できる。
「髪は短いほうが、似合うかな。」
そう言ったフィオリナ自身は髪を伸ばしてはいるがこれは、来るべき婚約式の準備であって、彼女自身は動きにくくなるほど、髪を伸ばすのはいやなほうだった。
速攻で、ミュラは自慢の巻毛を肩口あたりでばっさりやった。
ミュラは、フィオリナといる時以外は、相変わらず取り巻きを引き連れていたが、取り巻き連中までが、ミュラを真似て、髪を短くし、女生徒は太腿がチラつくような短いスカートを履き始めたので、学院側はしかるべき対処を迫られることになった。
初等部はともかく、中等部ともなれば、アクセサリーをつけたり、制服を独自にアレンジして着こなしたりするのはあたりまえの光景であったし、実際に在学中も、そして卒業後も着飾る機会の多い階層に属する生徒たちだ。
少しばかりの服装の乱れで、指導などはいちいちしていない。
マナーの講師はもちろん、授業中以外でも目は光らせていたが、その指導は、たとえば、婚礼用以外では身につけてはいけない輝石を、普段使いのアクセサリーに使ってはいけないとか、一人対集団ではそもそも決闘にはならないとか、そんなもっとはるかに実践的なことに集中していたのである。
それにしても、グランダは北国であった。
肌をやたらに露出するのは、嫌われたし、そもそも足を晒すのには寒すぎる季節が年の大半を占める。
かえって、気候がはるかに温暖な西方領域では、足先から腰までを覆える肌にピッタリとした防寒用の肌着が流通し始めていたのだがそれにしても、グランダは田舎、であった。
この問題は、結局、ミュラの一派が卒業するまで講師陣のあたまを悩ませることになったのである。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる