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ハルトの場合
婚約破棄する5分前
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「首席での卒業が決まったそうだな」
偉そうにそんな言い方をするこの男は、この国の王で、ぼくの父親だ。
偉そうにしてもいい立場であるし、それを偉そうだ、と思ってしまうぼくのほうに問題があるのだろう。
首席卒業が決まれば、その次は王太子として国内外へのお披露目、クローディア公爵家ご令嬢のフィオリナとの婚約式。
そこからは、一年以内に結婚式、そしてたぶん数年かけて北方諸国、西域諸国への表敬訪問が行われる。
そしてどこかのタイミング、例えばフィオリナとの間に子供が誕生したなどのきっかけで、父王は退位し、ぼくがグランダの王になる。
思えば、いままでもずいぶんと無茶を言いつけられたものだ。
ふさわしい婚約者を探せ。など、こどもに言い付けることなのだろうか。
あるいは、王立学院を首席で卒業しろなど。
できなければ、ハルトは廃し、次男のエルマートを王太子とする。
そうはっきり言われたわけではないが、婚約者を決めさせておいて婚約式もしない。王太子としての立太子式もしない。
ひとつをクリアするたびに次の課題が出される。
そしてそれは、まず達成できないようなとんでもない課題ばかりだ。
例えば、今回めでたく達成した
「王立学院を主席で卒業する」
だが、これを聞かされたのは、ぼくが中等部に進学した直後。
ぼくは、中の下、くらいの成績で頑張っていた。
座学はともかく、体を使うことは、体格的に恵まれていないぼくは苦手で、総合するとそんなものだった。
そして同学年には、剣技では十年にひとりの天才といわれたアルトや、魔法の天才児アフラ、秀才として名高いマイセル、そうそう忘れてはならない、我が婚約者フィオリナもいたのだ。
そして二つ年下のエルマートは初等部に入学以来、ずっと首席を通していた。
王子だから当たり前だろうとはいう勿れ。
当たり前でない王子がここにいる。
正直なところ、王の座にそんなに魅力があったわけではなかった。
だが、顔も覚えていない母が、ぼくが生まれた時「未来の王が誕生した」と、それはそれは喜んだ、と言い聞かされて育ったぼくとしては、自分の努力不足でなし崩しに弟に後継の座を譲るのもどうかと思うのだ。
そんなわけで、講義に訪れた魔道院のポルテック卿のまえで、魔法構築についての自論をちょっぴり公開してやり、魔法の実技で、無詠唱も光の剣をご披露しつつ、剣技、体術はフィオリナから特訓を受けて、ぼくはめきめき成績順位をあげて、高等部に進んでからは、首席の座を渡したことはなかった。
もっともいつも僅差で、フィオリナが二位につけていたのだが。
「見事であった。
だがハルトよ。
王の資質とはおのれが優れていることを誇示するものではない。」
そう言い出すのは、半ば予想していたから、驚きはしない。
さあ、なんだ?
今度はなんだ、父上よ。
「我が王家は、勇者の血を今日に伝える。
勇者とはなにか?」
ぼくは、曖昧な笑いをうかべて首をかしげてみせた。
どうせ。なにを言っても正解は、ない。
「よいか、ハルトよ。
勇者ははひとりで、魔王を封印し、人の世を救ったわけではない。
その傍らには必ず、強き友、信頼に結ばれた仲間がいたのだ。」
となりのブラウ公爵に、同意を求めるように視線を移すと、ブラウ公爵は力強く頷いてみせた。
「これから、半年の猶予を与える。
己の力で、自他ともに認める最強のパーティを作ってみよ。
見事、達成の暁には、晴れてお主を王太子とし、クローディア公爵家令嬢との結婚を認めよう。」
「ありがたきお言葉をちょうだいし、歓喜に耐えません。」
ぼくは、深々と自分の父に臣下の礼をした。
ぼくは、今も王太子のはずで、フィオリナとの婚約はとうの昔に認められていたはず、なのだが、話は振り出しより前に戻った。
足早に謁見の間を退出する。
今宵は、学院主催の舞踏会が開かれている。
急な呼び出しで開始時間をだいぶ過ぎていた。
フィオリナは。
当然、パートナーもなく、立ちっぱなしで怒っているだろう。
正直、ぼくは分からない。
エルマートを王太子にしたければ、すればいいのだ。
次々と無理難題を押し付けて、ぼくを困らせる理由はなんなのだろう。
初等部の、ころはまだよかった。
だが。いま、ぼくには婚約者がいる。
ぼくへの嫌がらせは、彼女をも怒らせるのだ。
それがどんな意味を持つのか、あの男も、その側近も、エルマートの母親、現王妃メア陛下も本当に分からないのか。
いや、まずい。
アイツらが分かろうが分かるまいが、フィオリナも、クローディア公爵家もそんなタマではない。
婚約者の僕を、守るため、武力をもって、たつ。
おいおい、勘弁してくれ。
ぼくは。いま王都で、流行りの歌劇みたいな婚約破棄を、しなければならないのか。
「最強パーティ云々」が発表されるまえ、すなわち今晩中に!
それでもフィオリナと、クローディア公爵家をこのバカげたイベントに巻き込むわけには行かなかった。
もともと、クローディア家は、100年ほど前までは、グランダとは別の国であった。
領民は独立心が強く、何かの火種でそれは爆発しかねない。
例えば、公爵も領民も、喜んだ自慢の姫君の未来の夫が、廃嫡されるとか。
フィオリナに、説明はできない。
すれば婚約破棄を、拒否して、最悪はそのまま宮廷占拠。
父を退位させて、ぼくを王に擁立するだろう。当然、ぼくは反逆者として各地から集まった軍勢に袋叩きにあうか、あるいはクローディア公爵家の戦力が王都に到着が早いのか。
いずれにせよ、王都は焼け野原だ。
ではもっともマシな場合はどうかと言えば、ぼくをクローディア公爵領に拉致って、そのまま独立を宣言。
グランダ軍との決戦はジュブナの平原地帯での陣の取り合いになるだろうから、あの辺りの街や村はやっぱり巻き込まれるのだろうなあ。
そんなこと、させてたまるか。
要は、ぼくのために実力行使するという大義名分を取り上げさせてもらう。
会場のフィオリナは、笑ってぼくを迎えた。
怒っているのはよくわかる。
けっこう付き合いは長いのだ。
ぼくは、表情を読まれないように曖昧な笑みを貼りつける。
彼女を、しっかりと見つめてこう言った。
「クローディア公爵家令嬢フィオリナ、あなたとの婚約は破棄させてもらう。」
偉そうにそんな言い方をするこの男は、この国の王で、ぼくの父親だ。
偉そうにしてもいい立場であるし、それを偉そうだ、と思ってしまうぼくのほうに問題があるのだろう。
首席卒業が決まれば、その次は王太子として国内外へのお披露目、クローディア公爵家ご令嬢のフィオリナとの婚約式。
そこからは、一年以内に結婚式、そしてたぶん数年かけて北方諸国、西域諸国への表敬訪問が行われる。
そしてどこかのタイミング、例えばフィオリナとの間に子供が誕生したなどのきっかけで、父王は退位し、ぼくがグランダの王になる。
思えば、いままでもずいぶんと無茶を言いつけられたものだ。
ふさわしい婚約者を探せ。など、こどもに言い付けることなのだろうか。
あるいは、王立学院を首席で卒業しろなど。
できなければ、ハルトは廃し、次男のエルマートを王太子とする。
そうはっきり言われたわけではないが、婚約者を決めさせておいて婚約式もしない。王太子としての立太子式もしない。
ひとつをクリアするたびに次の課題が出される。
そしてそれは、まず達成できないようなとんでもない課題ばかりだ。
例えば、今回めでたく達成した
「王立学院を主席で卒業する」
だが、これを聞かされたのは、ぼくが中等部に進学した直後。
ぼくは、中の下、くらいの成績で頑張っていた。
座学はともかく、体を使うことは、体格的に恵まれていないぼくは苦手で、総合するとそんなものだった。
そして同学年には、剣技では十年にひとりの天才といわれたアルトや、魔法の天才児アフラ、秀才として名高いマイセル、そうそう忘れてはならない、我が婚約者フィオリナもいたのだ。
そして二つ年下のエルマートは初等部に入学以来、ずっと首席を通していた。
王子だから当たり前だろうとはいう勿れ。
当たり前でない王子がここにいる。
正直なところ、王の座にそんなに魅力があったわけではなかった。
だが、顔も覚えていない母が、ぼくが生まれた時「未来の王が誕生した」と、それはそれは喜んだ、と言い聞かされて育ったぼくとしては、自分の努力不足でなし崩しに弟に後継の座を譲るのもどうかと思うのだ。
そんなわけで、講義に訪れた魔道院のポルテック卿のまえで、魔法構築についての自論をちょっぴり公開してやり、魔法の実技で、無詠唱も光の剣をご披露しつつ、剣技、体術はフィオリナから特訓を受けて、ぼくはめきめき成績順位をあげて、高等部に進んでからは、首席の座を渡したことはなかった。
もっともいつも僅差で、フィオリナが二位につけていたのだが。
「見事であった。
だがハルトよ。
王の資質とはおのれが優れていることを誇示するものではない。」
そう言い出すのは、半ば予想していたから、驚きはしない。
さあ、なんだ?
今度はなんだ、父上よ。
「我が王家は、勇者の血を今日に伝える。
勇者とはなにか?」
ぼくは、曖昧な笑いをうかべて首をかしげてみせた。
どうせ。なにを言っても正解は、ない。
「よいか、ハルトよ。
勇者ははひとりで、魔王を封印し、人の世を救ったわけではない。
その傍らには必ず、強き友、信頼に結ばれた仲間がいたのだ。」
となりのブラウ公爵に、同意を求めるように視線を移すと、ブラウ公爵は力強く頷いてみせた。
「これから、半年の猶予を与える。
己の力で、自他ともに認める最強のパーティを作ってみよ。
見事、達成の暁には、晴れてお主を王太子とし、クローディア公爵家令嬢との結婚を認めよう。」
「ありがたきお言葉をちょうだいし、歓喜に耐えません。」
ぼくは、深々と自分の父に臣下の礼をした。
ぼくは、今も王太子のはずで、フィオリナとの婚約はとうの昔に認められていたはず、なのだが、話は振り出しより前に戻った。
足早に謁見の間を退出する。
今宵は、学院主催の舞踏会が開かれている。
急な呼び出しで開始時間をだいぶ過ぎていた。
フィオリナは。
当然、パートナーもなく、立ちっぱなしで怒っているだろう。
正直、ぼくは分からない。
エルマートを王太子にしたければ、すればいいのだ。
次々と無理難題を押し付けて、ぼくを困らせる理由はなんなのだろう。
初等部の、ころはまだよかった。
だが。いま、ぼくには婚約者がいる。
ぼくへの嫌がらせは、彼女をも怒らせるのだ。
それがどんな意味を持つのか、あの男も、その側近も、エルマートの母親、現王妃メア陛下も本当に分からないのか。
いや、まずい。
アイツらが分かろうが分かるまいが、フィオリナも、クローディア公爵家もそんなタマではない。
婚約者の僕を、守るため、武力をもって、たつ。
おいおい、勘弁してくれ。
ぼくは。いま王都で、流行りの歌劇みたいな婚約破棄を、しなければならないのか。
「最強パーティ云々」が発表されるまえ、すなわち今晩中に!
それでもフィオリナと、クローディア公爵家をこのバカげたイベントに巻き込むわけには行かなかった。
もともと、クローディア家は、100年ほど前までは、グランダとは別の国であった。
領民は独立心が強く、何かの火種でそれは爆発しかねない。
例えば、公爵も領民も、喜んだ自慢の姫君の未来の夫が、廃嫡されるとか。
フィオリナに、説明はできない。
すれば婚約破棄を、拒否して、最悪はそのまま宮廷占拠。
父を退位させて、ぼくを王に擁立するだろう。当然、ぼくは反逆者として各地から集まった軍勢に袋叩きにあうか、あるいはクローディア公爵家の戦力が王都に到着が早いのか。
いずれにせよ、王都は焼け野原だ。
ではもっともマシな場合はどうかと言えば、ぼくをクローディア公爵領に拉致って、そのまま独立を宣言。
グランダ軍との決戦はジュブナの平原地帯での陣の取り合いになるだろうから、あの辺りの街や村はやっぱり巻き込まれるのだろうなあ。
そんなこと、させてたまるか。
要は、ぼくのために実力行使するという大義名分を取り上げさせてもらう。
会場のフィオリナは、笑ってぼくを迎えた。
怒っているのはよくわかる。
けっこう付き合いは長いのだ。
ぼくは、表情を読まれないように曖昧な笑みを貼りつける。
彼女を、しっかりと見つめてこう言った。
「クローディア公爵家令嬢フィオリナ、あなたとの婚約は破棄させてもらう。」
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