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第4部 B級と公爵さまの陰謀

女伯爵の反逆

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もちろん、「殺そうとした」のはオルフェであって、「殺されかけた」のは、ルークであった。
二人は、目を合わせずに互いに微笑みあった。
なかなかに背筋が寒くなる光景だった。

「お断りだな。」

レティシアは、すっと、体を引いた。きらと光った。剣は、屋内で使いやすい細くて短い剣だ。耐久力よりも一撃の切れ味に特化している。斬撃は、見えない。
わたしの新しい目にも全く見えなかった。

眼の前のグラスが、すっとななめにずれ落ちた。
緑の酒が、テーブルを濡らす。

「やめてくれ! レティシア」
元勇者が叫んだ。
「俺は、テーブルや床に酒を飲ませるのが大嫌いなんだ。」

女伯爵は、答えずに席を立とうとした。

「まあ、待ってください。伯爵閣下。」
ルークは、笑みを絶やさない。楽しいナイショ話でもするように、少し声を顰めて続けた。
「ぼくは、何もマール公の妹御を害してくれなんて、言ってません。
それができるくらいに仲良くなっていただけないかと、言っているだけです。」

「背後から刺せるくらいに、ということだろう?
いい例えではないし、十分に不敬だ。」
「これは、確かにご指摘の通りかもしれません。」

ルークは、手を伸ばして、斜めに切断されたグラスをくっつけた。ふわり、と金色の霧が立ち込めてから、グラスを置くと、それは元どおり。グラスを満たした緑の酒も一雫もこぼれ落ちてはいなかった。

「嫌味な手妻を使う。」
レティシアは、唸ったが、もう一度席に座った。

「つまらない冗談はそのくらいにしてください。」
わたしは、ルークを睨んだ。まあ、この程度は、ルークにとっては冗談なのだろうが聞いた方は、ただでは済まない。いや、レティシアが言った通り、不敬罪として告げ口するものもいるだろう。
ルークにとっても何も利はないはずだ。
「馬鹿げた理由は、ともかく、わたしたちは、マール公の妹さんが所属するパーティ『百里を駆ける海豹』と近しくなればいいのですか?」

「そうなんだ。」
と、ルークは頷いて、わたしを一安心させたが、またまたとんでもないことを付け足した。
「マール公の妹さんとは仲良くして欲しいんだけど、パーティリーダーの“雪豹”サウザランドとは、仲良くして欲しくないんだ。」

「“雪豹”のサウザランドは、王太子殿下の乳兄弟です。」
わたしは言った。
「そして、マール公の妹御、リーエア姫とは、もともと仲が良い。結婚も噂されるほどだ。その二人の仲を裂けと言ってるようにも聞こえますが。」

「おや、そんなふうに聞こえたんなら謝るよ、迷宮研究家。」

ルークは、また例の緑の酒の入ったデキャンタを取り上げた。

「もう結構です。時期パレス公爵。」

レティシアは今度こそ、本当に立ち上がった。

「どうもあなたは、捨て駒になる子飼いの冒険者が欲しかっただけのようだ。それは別の誰かを当たっていただこう。
わたしたち『迷宮研究会」は、それにはならない。」
「あの、迷宮研究会ではなくて」

「そうか。いずれにしてもバロンヌ伯爵と、時期パレス公爵の密会の話は、皇太子の耳にも入るだろう。」
ルークはニコニコと笑っている。
「そのときの言い訳を考えていた方がよいよ、レティシア。」

レティシアは憤然と、今度こそ席を立った。
腰を沈めながらの、剣の一閃に、今度はテーブルそのものが。両断される。
グラスや皿が、床に散らばり、割れて、散乱した。

「もったいないぞ、レティシア。」
のんびりと元勇者が言った。
「おれは、ジェルで絡めた冷製チキンを、床にぶちまけるのが、何より嫌いなんだ。」

レティシアは、そんなオルフェに見向きもせずに、部屋を出ていく。
続いてモールも。
真っ直ぐな彼女には、ルークの罠を仕掛けるような言種が気に入らなかったのだろう。わたしだって気持ちはわかる。

「そ、それでは」
わたしは、ヘコヘコとルークにお辞儀をしながら言った。
「続きは、日を改めまして。『百里を駆ける海豹』とのコンタクトは近日中に取っておきます。」

出された料理の中で、無事だったのは、ルークがちょうど手に取っていた緑の酒のデキャンタだけだった。
それを持って、相変わらず愛想良く笑うルークは、なんとも不気味に見えた。

「なあ、サリア。おれがこいつをぶっ殺したくなった理由が少しはわかっただろう。」

元勇者も立ち上がった。
こちらは、テーブルが両断される前に確保した、鶏の太ももをかじっている。

「サリア。命令だ。伯爵と『蛙』を、おまえのパーティから放逐しろ。」
ルークが、わたしを見上げるように言った。

「お断りします。わたしたちはパーティです。」

会見は、なんとも後味の悪いものになった。





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