上 下
24 / 37
第3部 元勇者の苦悩

試したいこと

しおりを挟む
青白い炎は数十本の腕と化した。
あるものは炎の剣を握り。あるものは槍を風車のように回し。あるものは巨大な槌を振り上げ。
蜘蛛は、どの程度危険を察知する知能があるのだろう。
牙をむき突進する蜘蛛は、次々と、刺し貫かれ、切断され、叩き潰され。
そして燃やされていく。

それは十、呼吸する間くらい続いたのだろうか。

殺到してきた小型の蜘蛛はすべて、無惨な燃えカスとなっていた。

代償は魔力の枯渇だった。

魔法使いのドルモは、青い顔で今にも蹲りそうだ。

「交替」
サリアが、そう言うと全員が目をつぶった。
目を開けると、妖艶な美貌の魔法使いの姿はなく、斥候のモールが不満げに立っていた。

「みんなドルモをじろじろ見すぎ。」
少女と言ってもよいモールは、腰に手を当てて、一同を見回した。
「彼女だって好きで色っぽいわけじゃないんだから。」

見たところ、モールは元気いっぱい、先程のダメージは微塵も残っていなかった。
ルーモの治癒魔法もまた、Sクラスに違いない。
そして、彼女たちは、「待機部屋」でその恩恵を受けることができるのだ。

さて、どうする?
と、リティシアがいたずらっぽく笑いながら言った。
撤退するなら、最後のチャンスだぞ?

「俺の意見を言っていいか?」
元勇者は、手を挙げた。みなが嫌な顔をする中、どうぞ、とサリアが言うと、彼は咳払いをして続けた。

「俺たちのことだけを考慮するなら、撤退すべきだと思う。」

「理由をきこうか?」

「ドルモの攻撃魔法は、最大出力で放てるのがもう一度あるかどうか。
あとは、集団で押し寄せる蜘蛛に対して有効な攻撃手段が俺たちにはない。」

「俺たち、と言ったね。」
リティシアが目を細めた。
「俺たち以外の立場からすれば?」

「ここでやつらを引き付け、殲滅する。」
オルフェは、ため息をついた。
嫌でたまらないことを無理やりやらされる駄々っ子の表情だった。
「そうしないと、やつらは白骨宮殿から溢れ出し、十二層を占拠する。その過程で今現在、十二層で活動中の、いや十二層より下で活動しているすべての」

そんなにいやならやめたら?
そう誰かが言ってくれるのを待つように、オルフェは一瞬、間を置いたが、諦めて続けた。

「・・・冒険者連中が、壊滅的な打撃を受ける。
A級、B級の上位チームでも、難しい。

ここは攻略が進んだ迷宮だ。
安全地帯とされたところでは、冒険者はそれなりに気を抜いてしまう。
後で、あらためてやつらに特化した、掃討部隊を送り込めれば、その方が確実だろう。
だが、それでは『今日』起こる損害を止めることはできない。」

ああ。

いやだ。

そう、オルフェは締めくくった。

「こいつの分析が正しいなんてこと、あるの?」

リティシアが、楽しそうに言った。

「いや、俺は何しろS級冒険者チームのリーダーで、新公爵閣下とは幼馴染。その戦い方も思考方法もバッチリ頭に入っている。

だが、面倒臭いとか、汚くて嫌だとか、痛いのはごめんだとか、命が惜しいとにかくそういう欲求に正直なんだよ。」

「人間の屑だと自白してるわよね。」

全員の目が、迷宮研究家に集まった。
彼女は、たじろぎ、迷い、なんとか逃げ道を探して周りを見回して、それから答えた。

「モール。蜘蛛たちが集結してるところを探して。先制攻撃をかけましょう。
わたしが、この前、七層で使ったのと同じ方法をとるわ。それでも数が削れないようなら、ドルモの攻撃魔法。」

サリアは、頭を下げた。

「本当は一番に脱出できるはずの私たちが、とんでもない貧乏くじだと思うけど、そこまで付き合って。
それでダメなら撤退しましょう。」

「それで十分だ。」
オルフェが言った。
「雑魚どもを削れれば、試したいことがある。おまえらは撤退していいぜ。」

「何を言っている!」
サリアは、オルフェの胸ぐらを掴んだ。
「同じパーティなんだ。一緒に脱出しろ。」

「まあ、俺も、迷宮で一人で置いてけぼりにされる気持ちを一度、味わっとかないと人生、フェアじゃないと思っただけだ。」
元勇者は、肩をすくめた。
「自分の命は何より大事にする卑怯者が言うことだ。まあ、心配だったら遠巻きで見ててくれてもいい。ひょっとしたら、治癒魔法が必要になるかもしれないしな。」

何を考えているんだ。
オルフェの顔は相変わらず。意味のないニヤニヤ笑いを貼り付けたままで、そこにはなんの感情も読むことは出来なかった。
しかし、昔も今も、嫌なことは露骨に顔に出る。
つまり、こいつは!

今の!

この状況を楽しんで嫌がるのだ。それは間違いない。

「なにをたくらんでるんだ、オルフェ。」

なにをこいつが考えているにしろ、それほど時間は無い。いつまでも、ここで押し問答をしているわけにはいかなかった。

「あ、その、なんだ。」
オルフェは評判通りの馬鹿であることが、よく分かる。別に秘密にするようなつもりもないの、言葉が出でこないのだ。
「ためしたいって言っただろ。
つまり聖剣がないくても、俺が魔物に対してどこまで戦えるのか、ためしたいんだ。」

「その装備で、か。」
わたしは絶句した。

鎧が軽装なのはよくあることだ。
よく、それものの冒険小説には、フルアーマーの重騎士がパーティにいたりするものだか、何日もそのまま、過ごすよう場合、それはありえない。
留め金でセットするような本格的な鎧は、自分では脱ぎ着ができず、排泄物も垂れ流しだ。

問題は武器の方だった。
オルフェの長剣は、いい鉄を丹念に叩いて、しあげた業物だった。
だが、これから対峙しようとする変異には通じない。
恐らくはサイズがとんでもなく大きい。
硬い外皮にただの鉄がどの程度の傷を与えられるかは疑問だったし、仮に貫けたとしてもそんな針の先で、チクチクする攻撃で相手に効果があるとは思えないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガチャで破滅した男は異世界でもガチャをやめられないようです

一色孝太郎
ファンタジー
 前世でとあるソシャゲのガチャに全ツッパして人生が終わった記憶を持つ 13 歳の少年ディーノは、今世でもハズレギフト『ガチャ』を授かる。ガチャなんかもう引くもんか! そう決意するも結局はガチャの誘惑には勝てず……。  これはガチャの妖精と共に運を天に任せて成り上がりを目指す男の物語である。 ※作中のガチャは実際のガチャ同様の確率テーブルを作り、一発勝負でランダムに抽選をさせています。そのため、ガチャの結果によって物語の未来は変化します ※本作品は他サイト様でも同時掲載しております ※2020/12/26 タイトルを変更しました(旧題:ガチャに人生全ツッパ) ※2020/12/26 あらすじをシンプルにしました

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました ★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★ ★現在三巻まで絶賛発売中!★ 「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」 苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。 トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが―― 俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ? ※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

処理中です...