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第3部 元勇者の苦悩

元勇者と迷宮研究家と女伯爵

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医者に行くから、付き合えと言われて、約束の場所で待っていると、約束丁度の時間元勇者は現れた。
待ち合わせ場所まで案内してくれたモールは、オルフェに挨拶もせずに、そそくさと立ち去った。

どうも、「蛙」のメンバーたちはオルフェという存在を、わたしとパーティを、組むための一種のペナルティと感じているようで、同じパーティメンバーながら、できるだけ関わらないようにしようとしているのが見え見えだった。
そして、それは多分正しいのだ。

道を歩くだけで、気がついた者たちの目つきが、かわる。
なかには、わざとらしく舌打ちをしたり、帯剣した剣の鞘をぶつけてくる者もいる。
場所によって違いはあるだろうが、これは無礼だ。
わざとやられたら、決闘の申し込みだ。

三度。
たいした道のりでもない道程でオルフェは三回これをされた。

二度目までは見切って、相手の鞘を空振りさせた。
三回めの相手は、少したちが悪かった。

「偽勇者オルフェ!」
凛とした顔立ちの貴公子は、鞘をぶつけ損なうと、わたしとオルフェの間に無理矢理割って入った。
別に手を繋いでいたわけでもないので、これは難しいことではない。
「我が愛するサリア・アキュロンに、つきまとうその罪!
万死に値する。素直に立ち去るか、ここで魔法剣の前に倒れるか、二つに一つ、選ばせてやる!」

わたしを後ろ手に庇ってくれるその貴公子のお尻は、男性ではちょっといないような明らかに綺麗な曲線を描いていた。

「迷宮研究家・・・・」
オルフェは、困ったように頭をかいた。
「おまえの知り合いは、変人ばかりか?」

わたしは赤面した。
確かに「研究家」と揶揄されるように、わたしは、冒険者活動をしてないときは、部屋に閉じこもりっきりだ。
別に密やかな楽しみに耽っているわけではなく、さまざまに文献にあたったり、薬と素材を調合してみたり、いわゆる「研究」活動に励んでいる。
なので、個人的に知り合いと言える冒険者は数少ない。(かえって王立カレッジの講師連中の知り合いの方が多いくらいだ)

その中に、この困った元勇者のオルフェ、そのオルフェにパーティを追放されて殺されかけたルーク閣下、それにこのリティシア・バロンド伯爵の「王都三奇人」が勢揃いしているのは、全く持って困ったものである。王都三奇人を言い出したのは、わたしではなく、カレッジの講師の一人で、時期的には、オルフェのパーティ「狼と踊る」が失敗を続けて、評判を落とし、それに対抗するかのように現れたルークのパーティが最初の大手柄・・・魔族に誘拐されかけた第三王女を救い出す・・を立てた頃だった。
リティシア・バロンド伯爵は、若くして、名門バロンド伯爵を継いだびじょ・・・美丈夫で、どういうものか一度一緒に冒険に出ただけのわたしをいたく気に入り、結婚を申し込まれている、とそう言う間柄である。
わたしがオッケイしないのと、親戚一同(こちらも門閥貴族の名門揃い)がこぞって猛反対しているため、実現はしていないが、これは後継の問題を重要視している貴族特有の考え方による。

「ちょっと、バロンド閣下、わたしとオルフェは治療院に途中で・・・・」

「ち、治療院だと。」
端正な顔が苦痛と絶望に歪んだ。
彼女は、わたしのお腹とオルフェの股間を交互に見やると、剣を抜いて自分の首元に押し当てた。
「わたしが一番、見たくないもの・・それは偽勇者に嫁ぐ、おまえの姿だ、サリア。」

そんな直接に見るなよ。
そう言うことじゃないんだ。

「オルフェの腕の治療について今度どうするか、聞きに行くだけだ。」
「俺一人だと、難しいことを言われたときに自分の都合のいいように解釈しちまうからな。無理を言ってついてきてもらった。」

リティシアタ・バロンド女伯爵は、切っ先を下ろし、涙目で「じ、じゃあ・・」と言った。

「よ、よかったああ。よかったよお。」
道の真ん中でおいおい泣き出す貴公子。物見高い人々が人垣を作る。大変は、また偽勇者が誰かを困らせている、で済むだろうが、リティシアを知ってるものでもいるとまずい。
わたしはマントでリティシアの顔を隠すようにして、その場から連れ出した。

「最近、うちの影のものから、おまえらが何度もあってると聞いて、気が気ではなかった。」

まだ、鼻をぐすぐす言わせながら、大変残念な貴公子は言う。
「直接会って、確かめなければと思った矢先、おまえたちの姿を見かけたものだから、つい声をかけてしまった。」

あれを「声をかけた」と言うのだろうか。貴族社会は不可解なことだらけだ。
あと、家に代々使える暗部・・・「影」をそんなことに使うな。

あえて言う。
リティシア・バロンド閣下は悪いお人ではない。だが、オルフェと同じくらいには困ったお人柄なのだ。

「あと、おまえらがパーティを組んだという悪い噂も流れてきて・・・」
「ああ、それは本当だぞ?」

「なに!」
と再び叫んで貴公子は立ち止まった。

往来の真ん中なんだから、いちいち大袈裟なリアクションはなしで。

「本当なのか? サリア。」
「はい。」
「それは・・・ルーク殿下もご存じ・・・なのか?」
「はい・・・」
わたしは、オルフェをチラッと見た。わたしがルークと繋がっていることは隠しておいた方がいい。少なくとも今のところは。
「ご存知でしょうね。冒険者界隈では少しは話題になりましたから。」

暗部は・・影どもは一体何をやっておる・・・と、貴公子が難しい顔でぶつぶつ言い始めるので、わたしは「いや、言ってもC級の冒険者がパーティを組んだだけですから・・」と言い訳をするように言った。
全く思い込みが激しく性格と行動が苛烈ときている。
一度だけ、一緒に冒険を行ったが、平時にトラブルを巻き起こし、絶体絶命になってから少し役に立つという、2度と同じパーティで冒険はしたくない仲間だった・・・

「そうだ、リティシア、おまえも俺のパーティに来るか?」
「誰が行くかっ!」
「あ、すまん。俺のパーティじゃないな。リーダーは、サリア・アキュロンだ。だからサリアのパーティだな。」
「他のメンバーは・・・」

乗り気になったのか? 伯爵閣下。

「まだ募集中だ。今、決まっているのは『蛙が冠を被るとき』だな。」

「なに! ならモールもいるのか!」

明らかに彼女の目の色が変わった。
ぶつぶつと声にならない声で独り言を言っているのだが、唇を読むと

・・・サリアに・・・モールまで・・・これでオルフェさえいなければ・・・ハーレム・・・

「よしっ!」

顔を上げて、閣下はわたしたち・・・主にわたしに手を差し出した。

「わたしもそのパーティに参加しよう! よろしく頼むぞ、リーダー!」
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