1 / 20
序の激 影王異物
第1話 水晶姫は見逃せない
しおりを挟む
紗耶屋水琴(さややみこと)は、眉間にしわがよるのを自覚した。
金剛派の貴族の一角として、水琴の家には、長く伝わる家訓がある。
流麗な筆致で流れるように書かれた巻き物は、現代の活字印刷に馴れたものには、読みにくいほどだ。
長々と、書かれたそれは。
水琴は、ひらりとスカートをひるがえして、その現場へと歩み寄った。
水琴の家訓を、一言で言えば。
「力こそ正義」。
弱いものは倒れ、強いものの糧となるのが世の定め!
その家に生まれ、育ち、いま毀誉褒貶も甚だしい光華諸学院の総代を務めるその、彼女にしても。
これはあまりにひどい。
そう感じたのだ。
取り囲んだ学生たちは、 水琴の歩みに、一刀両断されたかのごとく、道を開ける。
掲示板は、コルク素材でできていて、学生たちは、そこにてんでにサークルの募集やら、集会の知らせやら、豪の者になると自作の詩を貼り付けたりしているのだが。
いまは、びっしりと手紙のようなものが、貼られている。
小柄な少年は、それを剥がそうとして、何度も突進するのだが、その度にクラスメイトたちに阻まれて、失敗に終わっている。
少年は、
槇村流斗。1週間ばかり前に、転校してきたばかりだ。
沿海州の出身だと聞いた。
出会いからして、最悪だったし、細っこい体も、優しげな顔立ちも、水琴には入らない。
イジメ?
紗耶屋伯爵家のものなら、異口同音に、言うだろう。
「なぜ、やり返さない。」
と。
勝つ勝たないは、ともかく、抵抗しないことなど、この脳筋伯爵家には、辞書から抹消された概念なのだ。
だから。
なよなよのちびのやせっぽちの少年が、いじめられているのを見ても、 水琴はなにも思わなかっ
いや、むしろ、なんの抵抗もせずに、あいまいな笑顔でやり過ごそうとする槇村琉斗に、嫌悪感を抱いたほどだった。
だが、これは違う。
これは醜い。
水琴は、そう感じた。そう感じたときには体が動いていたのだ。
突き飛ばされて、尻もちをついた 槇村琉斗を庇うように、立ち塞がった。
掲示板に貼りだされていたのは、彼のもとに届いた家族からの手紙だった。
槇村琉斗をはやし立てていたひとりが、怒って、水琴をつき飛ばそうとして・・・すんでのところで思いとどまった。
「す、水晶姫・・・」
透明感のある硬質な美貌。めったに笑顔をみせないことから、彼女はそう呼ばれていた。
ただし、陰である。面と向かってそう呼ばれることは不快だった。
「退きなさい。」
怒るほどに、彼女の指示はシンプルになり、口にする単語は少なくなる。
ここらは、学院中の者が全員知っていた。
いや、知らない者もいた。 槇村琉斗である。
彼は、のろのろと立ち上がると、彼をいじめていたひとりに向かってこう言った。
「あのさ、これでもういいかな。殴ったり蹴ったりもいいし、ほかの荷物も諦めるけど、手紙だけははがさせてくれないかなあ。すごく嫌なんだけど。。」
「 紗耶屋さん。」
いじめの主犯格と思われる生徒、海堂淳(かいどうあつし)が 水琴に呼びかけた。うっかり彼女を突き飛ばしかけた生徒は、海堂の陰に隠れるように縮こまって、震えている。
「実際にこの手紙の内容は、風紀委員として、見逃せないものがあるんです。」
そう、海堂はクラスの風紀委員だった。
いわば‥ 槇村琉斗への、この一週間のいじめは、学校として公認のものだったのだ。通りすがりに、足を引っ掛けるという、シンプルなものから、話しかけない、食事に誘わない、彼が食堂のテーブルに座ると同時に周りのものが、席を立つといった精神的ダメージを狙ったもの。
放課後に呼び出されて、殴られた金銭をたかられるといったシンプルなものまで、ほぼクラスの半数がなんらかの形で参加して続いいていた。
これは、光華諸学院の悪しき伝統行事でもある。このくらいのことに耐えられないのならば、
光華の生徒ではない。戦う意志のないものは、去れ。
新入生たちの半数は、9歳で上級生たちからこれをやられている。
前にも述べたように、水琴は「力こそ正義」を教えられて育ち、己にも友人となる者にも、あるいは敵対者にしても、研鑽を常に要求してきた。
だが、その中である事実に到達している。
いじめられら者ほど、いじめる側にまわったときに、酷いことを平然とやる。
水琴は、掲示板を眺めた。
貼り出されているのは、槇村琉斗の家族からの手紙らしかった。
昨晩届いた郷里からの、仕送りの荷物は、本人の手に渡ることなく、解体され、服は切り裂かれて、教室の彼の席に詰まれ、金に変えられるもには変えられ、そして中に入っていた家族からの手紙は、こうして掲示板に晒されているわけだ。
踊るような筆致のなかなか見事な手紙は、遠い異国の地へ留学することになった彼の身を、案じるとともに、学業への邁進を叱咤激励するもので、その古風な言い回しから、祖父母からのものだろう。
内容は似ているが、簡潔で、筆ではなくペンで書かれた手紙は、父親のものだろうか。
母親からと思われる手紙は、かなり長く、便箋何枚にもわたっていた。
かなり息子を溺愛し、また遠い地に送ることに葛藤があったのだろう。
彼女がいかに、息子を大事に思っているかを綴るだけで、便箋2枚が消費されていた。
それから、延々と生活上の諸注意、生水は飲むな、とか歯を磨けとか、挨拶はきちんとしろとか、それが数枚にわたって続いたあと、再び、遠く離れた異国への留学が心配になったのだろう。
最初の2枚と同じ内容が、こんどは5枚にわたって、延々と語られていた。
これはこれで、かなり恥ずかしいのだが。
問題は次の手紙だった。
おそらくは、彼の姉からのものなのだろう。こちらは、細かな筆致で丁寧に書かれた手紙で、便箋では3枚と、母親のものに比べれば、かわいい分量だった。
だが、その内容は。
一言でいってしまえば、それは、槇村琉人と彼の姉の道ならぬ恋を暗示したものになっていたのだ。
金剛派の貴族の一角として、水琴の家には、長く伝わる家訓がある。
流麗な筆致で流れるように書かれた巻き物は、現代の活字印刷に馴れたものには、読みにくいほどだ。
長々と、書かれたそれは。
水琴は、ひらりとスカートをひるがえして、その現場へと歩み寄った。
水琴の家訓を、一言で言えば。
「力こそ正義」。
弱いものは倒れ、強いものの糧となるのが世の定め!
その家に生まれ、育ち、いま毀誉褒貶も甚だしい光華諸学院の総代を務めるその、彼女にしても。
これはあまりにひどい。
そう感じたのだ。
取り囲んだ学生たちは、 水琴の歩みに、一刀両断されたかのごとく、道を開ける。
掲示板は、コルク素材でできていて、学生たちは、そこにてんでにサークルの募集やら、集会の知らせやら、豪の者になると自作の詩を貼り付けたりしているのだが。
いまは、びっしりと手紙のようなものが、貼られている。
小柄な少年は、それを剥がそうとして、何度も突進するのだが、その度にクラスメイトたちに阻まれて、失敗に終わっている。
少年は、
槇村流斗。1週間ばかり前に、転校してきたばかりだ。
沿海州の出身だと聞いた。
出会いからして、最悪だったし、細っこい体も、優しげな顔立ちも、水琴には入らない。
イジメ?
紗耶屋伯爵家のものなら、異口同音に、言うだろう。
「なぜ、やり返さない。」
と。
勝つ勝たないは、ともかく、抵抗しないことなど、この脳筋伯爵家には、辞書から抹消された概念なのだ。
だから。
なよなよのちびのやせっぽちの少年が、いじめられているのを見ても、 水琴はなにも思わなかっ
いや、むしろ、なんの抵抗もせずに、あいまいな笑顔でやり過ごそうとする槇村琉斗に、嫌悪感を抱いたほどだった。
だが、これは違う。
これは醜い。
水琴は、そう感じた。そう感じたときには体が動いていたのだ。
突き飛ばされて、尻もちをついた 槇村琉斗を庇うように、立ち塞がった。
掲示板に貼りだされていたのは、彼のもとに届いた家族からの手紙だった。
槇村琉斗をはやし立てていたひとりが、怒って、水琴をつき飛ばそうとして・・・すんでのところで思いとどまった。
「す、水晶姫・・・」
透明感のある硬質な美貌。めったに笑顔をみせないことから、彼女はそう呼ばれていた。
ただし、陰である。面と向かってそう呼ばれることは不快だった。
「退きなさい。」
怒るほどに、彼女の指示はシンプルになり、口にする単語は少なくなる。
ここらは、学院中の者が全員知っていた。
いや、知らない者もいた。 槇村琉斗である。
彼は、のろのろと立ち上がると、彼をいじめていたひとりに向かってこう言った。
「あのさ、これでもういいかな。殴ったり蹴ったりもいいし、ほかの荷物も諦めるけど、手紙だけははがさせてくれないかなあ。すごく嫌なんだけど。。」
「 紗耶屋さん。」
いじめの主犯格と思われる生徒、海堂淳(かいどうあつし)が 水琴に呼びかけた。うっかり彼女を突き飛ばしかけた生徒は、海堂の陰に隠れるように縮こまって、震えている。
「実際にこの手紙の内容は、風紀委員として、見逃せないものがあるんです。」
そう、海堂はクラスの風紀委員だった。
いわば‥ 槇村琉斗への、この一週間のいじめは、学校として公認のものだったのだ。通りすがりに、足を引っ掛けるという、シンプルなものから、話しかけない、食事に誘わない、彼が食堂のテーブルに座ると同時に周りのものが、席を立つといった精神的ダメージを狙ったもの。
放課後に呼び出されて、殴られた金銭をたかられるといったシンプルなものまで、ほぼクラスの半数がなんらかの形で参加して続いいていた。
これは、光華諸学院の悪しき伝統行事でもある。このくらいのことに耐えられないのならば、
光華の生徒ではない。戦う意志のないものは、去れ。
新入生たちの半数は、9歳で上級生たちからこれをやられている。
前にも述べたように、水琴は「力こそ正義」を教えられて育ち、己にも友人となる者にも、あるいは敵対者にしても、研鑽を常に要求してきた。
だが、その中である事実に到達している。
いじめられら者ほど、いじめる側にまわったときに、酷いことを平然とやる。
水琴は、掲示板を眺めた。
貼り出されているのは、槇村琉斗の家族からの手紙らしかった。
昨晩届いた郷里からの、仕送りの荷物は、本人の手に渡ることなく、解体され、服は切り裂かれて、教室の彼の席に詰まれ、金に変えられるもには変えられ、そして中に入っていた家族からの手紙は、こうして掲示板に晒されているわけだ。
踊るような筆致のなかなか見事な手紙は、遠い異国の地へ留学することになった彼の身を、案じるとともに、学業への邁進を叱咤激励するもので、その古風な言い回しから、祖父母からのものだろう。
内容は似ているが、簡潔で、筆ではなくペンで書かれた手紙は、父親のものだろうか。
母親からと思われる手紙は、かなり長く、便箋何枚にもわたっていた。
かなり息子を溺愛し、また遠い地に送ることに葛藤があったのだろう。
彼女がいかに、息子を大事に思っているかを綴るだけで、便箋2枚が消費されていた。
それから、延々と生活上の諸注意、生水は飲むな、とか歯を磨けとか、挨拶はきちんとしろとか、それが数枚にわたって続いたあと、再び、遠く離れた異国への留学が心配になったのだろう。
最初の2枚と同じ内容が、こんどは5枚にわたって、延々と語られていた。
これはこれで、かなり恥ずかしいのだが。
問題は次の手紙だった。
おそらくは、彼の姉からのものなのだろう。こちらは、細かな筆致で丁寧に書かれた手紙で、便箋では3枚と、母親のものに比べれば、かわいい分量だった。
だが、その内容は。
一言でいってしまえば、それは、槇村琉人と彼の姉の道ならぬ恋を暗示したものになっていたのだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる